Past.Y The girl laughs for the day.


「私のレオはなぁ、優しい人なんよ」


 幼い頃からの、身体の弱い母の口癖はこれだった。


 小さい頃から母は、私の出生について詳しく語ってくれていた。


 母は私の父親であり母の父親である男と関係を持ってしまって、私という子どもを産んでしまった事。

 そういう産まれる筈のない子どもだからこそ、私の目がおかしかったり一族の血を少し受け継いでいるんだって事。

 母にはレオという年の離れた弟が居て、いつかその人に私の顔を見せてやりたいって事。

 でも、父親が怖くて家に帰る事が出来ない事。


 その度に私は頷いて、「叶えてあげる」と言って、死にそうな母を励ました。

 そんな幼少期だったから、私は必然的に情報屋という職業を意識して、そういう方面に進んでいた。

 母の願いを叶えてあげたい。頑張ろう。


 でも、願いは叶わなかった。

〈鬼狩り〉と呼ばれる、私の父であり母の父であるあの男の一族を撲滅させる法令が発令された。

 私達は何とかバレなかったけれど、かなりの人数が処刑されたと聞く。

 他の人達がどういう状況かは分からないが、恐らく父も母の弟も殺されただろう。


 私は決してそれを口にはしなかったけど、母は日に日に弱くなっていった。

 そして、死んだ。

 その日は仕事から家に帰ると、大量の睡眠薬の空き箱が転がっていた。


 悲しみよりも、哀れみよりも、母の今までの労に対して、私は敬意を払った。

 それから私は一人で情報屋稼業を営み、その中でシーと出会う事になった。


 彼とたまたま仕事の案件がかぶり、そこから親交へと発展していき、情報屋と"Knight Killers"のどちらにも片足を付けているような、微妙な存在として裏社会を暗躍していた。


 シーと仕事をする際、私達はある取り決めをしていた。


【お互いに助け合わない事】


 馴れ合いは互いの身を殺す。

 死ぬ時は一人で。

 それが暗黙の了解であり、ここで生きる人間の鉄則だった。


 そうやって仕事を続けて、私は懸命に母の願いであった彼女の弟を探す事に専念した。

 見つける為の金が無くなれば、人を殺した。

 特別な訓練は受けていないけれど、私は元々の才能があったのか、拳銃の扱いには長けていた。加えて、女であるという性の武器もあった。

 だから、失敗は殆どない筈だった。


 あの雨の日までは。


 金を貯めるべく人殺しをしていた時、撃たれてしまい、私は路地のゴミ置き場で身体を隠していた。

 肩と足に一発ずつ。

 私にも父の血は流れているようで、鋭い痛みと共にじわじわと傷は塞がる。

 だが純血ではないので、そのスピードは遅いんだろう。

 痛みに対する対価としては、致し方ないかもしれないが、意識が朦朧としている時には早く治って欲しいと思うのが、人間だと思う。


 死ぬのかなぁ。母さんの望みも叶えられずに、死んじゃうのかなあ。


「まぁ、いいけど...」


 そっと目を閉じて、寝ようとしていた時。

 すっかり裏社会に慣れた耳と手は勝手に動く。

 腰から拳銃を抜き取り、足音の主へその銃口を突き付けた。


「何?」

 私は眉を寄せて、その人物を見上げる。


 その人物は男だった。

 かなり背の高い、ふわふわ手触りのしそうな茶髪の、眠そうな瞳の男。

 私が銃口を突き付けてるのに、怯む事なく──、むしろ「おぉ...」と感嘆の声を上げているように聞こえた。


 死にたがりなのかな、この人。


「...用事?」

 極力口を動かしたくなくて、私はぶっきらぼうに彼へ訊ねる。

「お前、死にそうだから助けようと思って」

「...は?」

 思わず、頓狂な声が溢れた。

 だって助けるって?見ず知らずの人を?馬鹿だ、この人。

 見返りを求めるならば、もう少しまともな人間を選ぶだろうから、彼は本気で言っているのは分かる。


 私は拳銃を持ったまま、自分の前髪を掻きあげた。

 露わになる私の異常に、男は僅かに目を瞬かせた。

「私は、〈鬼神種〉の端くれなの。つまりは異常者だから、放っていいよ」

 流石に離れるでしょ。この国に〈鬼神種〉を知らない人間なんていないだろうし。


「.....いや、別にそれが助けない理由にならないし」


 でも、男は疑問符は浮かべたものの、私へ手を伸ばそうとしてきた。

「.....知らないの、〈鬼神種〉」

 私が訊ねると、彼はこくりと頷いた。

 更に私は驚く。この人は何者なの、本当にさ。世間知らずと言うか、世間から切り離された人、みたいだった。

「とにかく、肩を」

「放っていいってば。私は死んだっていいんだから」

 これは本音だ。

 他の人間と違う〈鬼神種〉は淘汰されている。それは普通でないとバレたら、私は殺されるだろう。なら、ここで今死んだって構いやしない。

 元々大して生きたいとか、思ってなかったし。


「..........帰る場所がないから?」


 男が深刻そうに私の顔を覗き込んで、私へ問いかけてきた。

「...家の事?家ならあるけど?」

 彼の言っている事がそうじゃない事を分かっていたけど、私は茶化すようにそう言ってみせた。

 見栄もあったかもしれないけど。

「.....俺はフェリ。なぁお前、射撃の腕は良いだろ」

「.....だったら何?」

「俺達の仲間になって欲しい。"Knight Killers"をしてるんだ、俺。...友達と二人で」

「.....貴方みたいな人が?」

 見た目とろそうな人なのに。人殺しなんて、絶対に出来なさそうな見た目してるのに。

「出会ったばっかの人間引き込んで、いい訳?」

「俺がいいと思ってるから」

 フェリは私へ手を伸ばした。

「どう?」

「.....いいけど。私もやりたい事があるから」

 フェリは首を傾げた。


「私は、母さんの願いを叶える。母さんの弟にどんな形であっても会って、母さんの事を伝える。それが私のしたい事だから。それは邪魔しないで欲しい」


「分かった」

 その言葉に安心したのか、それとも痛みだったのか、私とフェリさんの初めて会った時に交わした言葉は、これだけしか覚えていない。


 次に目が覚めたのは、ソファの上。見下ろしてるのは、フェリじゃなくもっと小柄な赤眼鏡の男。

 厳しい視線で、私を見ていた。

「.....あの、」

「アシュだ。お前の事はフェリから聞いた」

「...あぁ、そうですか」

 私はクラクラする頭を抱えながら、身体を起こす。

「あ、起きた?」

 フェリも居たようで、その声の方を向くと、彼はキッチンから出て来た。

 その手には市販の小さなプリンの容器が握られている。

「食べる?」

「...いえ、大丈夫です」

「そう...」

 食べるのを断っただけで、物凄く彼はしょげた。

「あ、で、そう。名前、聞いてないんだけど」

 思えば、確かに言っていなかった。

「.....私は、ユラです」

「ユラ、よろしくね」

「はい、よろしくお願いします」

「...よろしく」

 こうして、かなり歪な三人組の"Knight Killers"新生〈涙雨の兎〉が結成される事となった。


 最初は不信感しか持っていなかったけれど、フェリさんやアシュさんの凄さは日々を追う度に分かっていった。

 フェリさんは戦闘においては、狂人的に強かった。射撃の狙いに関しては私の方が上だけれど、彼は弾丸を連射しながら狙いを合わせ、確実にヘッドショットを決める。

 格闘技も優れていて、私はまだ彼に勝てた事はない。

 アシュさんもまた、銃の腕はまちまちだけれど、剣の扱いには長けているし、医術の腕も高い。

 バランスの取れた二人組だとは、すぐに察しはつく。


 年を重ねる度に、彼らの凄さが分かっていく。

 フェリさんの他人を助けようとする甘い考えや、アシュさんの罵詈雑言の嵐も未だに納得出来ない部分はあるけれど、それでも私は彼らとのチームは辞めないと思う。


『..........帰る場所がないから?』


 フェリさんのあの質問に、当時の私はひねくれてちゃんと答えなかったけど、今ならちゃんと答えられる。

 そう、母さんが死んでから、私も帰る場所なんて無かったんだ。

 でも、二人の居る場所が帰る場所になってるんだ。









 だから、私は、皆と居ると思うんだ。

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