Episode.30 Don't fight alone, and let's confront it together.

 三人は走っていた。

 バイクは二人乗りである為、足として使えない。加えて、音を出す乗り物は相手に気取られる。

 故に、三人は廃屋へと足を使って向かっていた。

 その道中ポツポツと、小雨が降り出した。傘を差さなくてもいいが、ずっと当たっていると全身を濡らしてしまう。

 それはユラがもし外に居れば、拳銃の行使を不可能にするという事になる。

 体術も上手いユラではあるが、男相手に勝てた試しはない。

 それを知っているフェリとアシュは、カヴィよりも焦燥に駆られていた。


 三人は目的地へ辿り着いた。そして、すぐに玄関前で座り込んでいるユラを見つけた。

「っユラ!」

 その声と足音に、ユラはのろのろと顔を上げ、三人の姿をきちんと捉えると表情を綻ばせた。

「っはは、フェリさんにアシュさん、カヴィくんもお揃いで」

 ユラはへらりと笑ってみせた。

 だが、その外傷は酷い。特に右腕は真っ赤に染まっており、そこに落ちた雨の滴は赤い水滴となって地面へ垂れていく。

「よく、分かりましたね」

「.....シーさんが、教えてくださ」

 カヴィが状況を説明しようとした時、フェリがすたすたとユラへ近付いて、パンと頬を打った。乾いた音が鳴る。

 その行動にアシュやカヴィは勿論、ユラも驚いていた。

 素の状態のフェリが誰かを叩いたり殴ったりなど、たった今が初めてだったからだ。

「..........ユラ、俺が怒ってる理由は、分かるよな」

「.....元々、怒られるのは想定内です。フェリさんが怒ってるのは、想定外ですけど」

 じんじんと酷く痛む頬を押さえる事もせず、ユラはフェリの目を見据えた。

 濡れた髪の毛の合間から、ユラの十字の瞳が覗く。フェリはそれを見ていた。

「俺が許したのは、シーの所まで。どうして一人で突っ込んだ?」

「分かりません。ただ、どうしてか身体が勝手に向かってました。あいつの事なんて、叔父さんの情報を得る為だけの繋がりでしかない筈なのに。身体と口は勝手に動いて、気付いたらあの男と殺し合ってた」

 フェリはしゃがんで、ユラの赤い右腕の袖を捲り上げる。

「っう.....」

 それを見て、カヴィは思わず口元を押さえた。


 右手と手首の周りに、赤い線がぐるりと入っていた。そこから赤い血液は零れ、肉と肉同士が繋がろうと手を伸ばしている。時折手を離してしまった肉がだらりと垂れ、傷口のグロテスクな紅色がちらりと顔を覗かせる。


「......自分が普通の人間じゃないからって、命を無駄にしたら駄目。それは、馬鹿がする事だよ。俺みたいな」

「自覚あんのかよ」

 アシュがぼそりと呆れたように言う。

「ねぇ、ユラがしたい事は何?その人と戦う事が、ユラがすべき事?」

「.....違う。叔父さんを、『咲宮玲央』を見つける事が、私の為すべき事」

 フェリの問いかけに、ユラは小さく首を振るいながらそう言った。

「そうなら、無茶したら駄目」

「.....はい」

 フェリは傷口に出来る限り当たらないように袖を元へ戻し、ユラのぐっしょりと濡れた身体を抱える。

「っフェリさんっ?!」

 今まで表情を崩さなかったユラが、フェリのその行動に慌てふためく。頬を打たれても、顔一つ崩さなかったというのに。

「疲れてるだろ」

 その言葉にユラは押し黙る。


 〈鬼神種〉の治癒能力の欠点はもう一つ存在する。それは肉体及び精神疲労だ。

 人なら数日かかる治癒を僅か数秒の間に終わらせるのだ。身体への負担は人よりも遥かに高い。


 それはユラとて例外ではない。

 三人の足音が聞こえるまでは、少しばかり気を失っていた。それでもまだ身体には、疲労が残っている。

「...観察眼、凄いですね」

「ずっと居るから、何となく分かる」

「成程」

 ユラはくすくすと笑い、目を閉じた。それから今にも消え入りそうな声で、呟いた。

「手首、もし取れたらくっつけてください」

「..........はいはい」

 フェリの返答に安心したのか、すぐに寝息が聞こえ始める。

 アシュがそこでのろのろと口を開く。

「.....お前がユラを平手打ちしたのは、想定外だった」

「俺も。俺達よりユラは痛覚に敏感だから、殴らないように傷付けないようにしてたんだけど...。抑えられなかった」

 フェリはユラの頬を叩いた手を見た。

 いつも見ている手と変わらないというのに、何故かいつもの手と違って見えた。

「アシュも、いつもそう思ってた?」

「.....まぁな」

 アシュはそれだけ呟くように言い、すたすたと先へ歩いて行く。

「フェリさん」

 後ろを付いていたカヴィが、フェリへ声を掛けた。

「何?」

「ユラは、シーさんとどういう関係なんですか?依頼人と受理する人にしては親しいというか...。〈涙雨の兎〉の元メンバーという感じもしませんし」

「それは詳しく話してもいいけど...、出来ればユラが話すまで待ってて。俺達が勝手に話していいものじゃないから」

「.....分かりました」

 カヴィは少し歩みを早めて、ユラの顔を覗き見る。

 あどけない年相応の寝顔からは、彼女が"Knight Killers"の一人であるという事実を窺わせない。

「早く帰ろう」

「はい」

 三人は行きよりも早足で、その場を後にした。

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