Episode.28 I hate you the most.

 次の日。

 フェリとユラの姿は、ボロ酒場にあった。

「任務は達成した」

 今回の依頼主であるボロ酒場の店員へ、フェリはそう言った。

「お疲れ様でした」

 彼は形式ばった言い方でそう言い、カウンターの奥へと引っ込んでいった。


 今回のテロリスト討伐は政府からの依頼だった。

 政府からの依頼は、大抵はこのように酒場の店主や店員に持ちかけられる事が多い。

 そして報奨もまた、彼らから受け取るのだ。

 政府の重鎮であればある程、顔を見せたくないという心理が働くのだろう。


「お待たせしました」

 店員は厚い封筒を持って来て、フェリとユラの目の前に置いた。

 フェリはそれを受け取り、中身を見た。かなりの金額が収められていた。それをフェリはユラへ手渡し、ユラが丁寧にポーチの中へ入れる。

「.....あれ?」

 そこでユラは違和感に気付いた。それから店内を隈無く見回す。

「どうしたの、ユラ」

「.....シーが、いない」

 その言葉に、フェリはユラと同じように辺りを見回した。

 確かに、いつも居るシーの姿はどこにも無かった。

「.....馬鹿は風邪引かないんじゃないのかな?」

「シー、馬鹿なのか?」

「冗談ですよ。まぁ、あの暇人がこの場所に来てないのは違和感が」

「シーさんなら、斬られましたよ」

 呼吸をするように、店員はグラスを拭きながらそう言った。フェリとユラは目を丸くする。

「斬られた、って」

「そのままです。誰にやられたとかは知りませんが」

「何で知ってるんだ?」

 フェリの素朴な疑問に、店員の男はグラスを拭く手を止め、ポケットをまさぐった。

 そして、フェリが迷子にならないようにユラが使っている通信機器に似た物を見せた。

「こんな仕事してますから、情報屋との連絡はよくするんです。だから、番号を知ってまして。昨日の夕暮れ、出て行ったかと思えば、すぐに連絡がありました。それで駆け付けたら、血濡れでして。手当てをした後、そのまま帰って行きました」

 フェリはちらりとユラの顔を見た。

 顔色は変わっていないものの、彼女の拳は握り締められていた。

「...帰ったんだね?」

「えぇ、恐らく。そこまで酷い傷は負ってない筈ですから」

「ふぅん.....」

「...ユラ、行って来てもいいよ。俺、一人で帰れるから」

「凄く不安ですから、途中までいいですか?」

 ユラはフェリの手首を握って、すたすたと足早に店を出て行った。


 いつもよりも急ぎ足なユラに引っ張られるように、フェリはずるずるとついて行った。

「ごめんなさい、フェリさん。私、あいつとは縁を切ってるのに」

「いいよ」

 だんだんと〈堕天使〉の看板が見え始めた。

「早めに帰ります」

「気を付けて」

 フェリを〈堕天使〉の店の前まで送ると、ユラは踵を返して走り出した。その背をフェリは見送り、二階へと向かった。



 ユラは早歩きと駆け足の間くらいの早さで、すたすたと路地裏を歩いて行く。

 彼が何処にいるのか、何も知らないユラだが、分かるような気がした。

 懐かしい自身とシーの旧アジトへ、ユラは上がった。

「シーっ!」

 そしてユラは扉を蹴破り、中へ押し入った。

「.....傷に響くから、大声は止めてくれ、ユラ。あと、ドア」

 廊下の壁にもたれかかって、不機嫌そうな顔をしたシーが、腹を押さえながらユラを見ていた。

「.....何だ、本当に平気そうじゃん」

 ユラは拍子抜けしたように言い、さっさと部屋へ上がりシーの横を通り過ぎる。

「おい」

 シーの制止も聞かず、ユラはリビングへ入る。

「うわ」

 ごちゃごちゃと物の多いリビングに、ユラは嫌悪感たっぷりの表情をする。

 元々ここが綺麗だった記憶を持ち合わせている事や、普段過ごす〈涙雨の兎〉のアジトの異様なまでの整頓された環境に身を置いていた為か、あまりにも汚く映った。

「.....片付けは?」

「してる。ゴミはないだろ」

「確かに食べ滓みたいなゴミはないけども。こんな資料、ゴミ同然でしょ」

 ユラは床に散らばっていた綴じられた資料を摘む。

 それから、ユラはシーを見た。

「怪我の具合は?」

「どれもこれも浅い傷だ。血量が多かったように見えて、案外身体は問題ねぇよ。安心しろ」

「.....そ。で、誰がやったの?」

 シーはそこで口を閉じ、僅かに視線を泳がせた。

「.....恐らく、頭領ドンの雇った人間だろう。あいつは、本気で〈涙雨の兎お前ら〉を殺そうとしてる。金目当てでな」

「そう、そこが分からない」

 ユラは資料を机の上へ置き、自身を手の平を見た。

「金なんてあの人にとったら、手に余る程あるでしょ。この歓楽街は確かに年々人は減っているけど、収入に変動がある程の減りじゃない。なら何の為に?"Knight Killers"という存在が邪魔なら、昔っから排除する筈。何で今、私達に狙いを定めてるのか...。分からない」

「.....理由なんて、ないのかもよ。ただただ、血を求める飢えた獣のように、大量の死を求めてるのかもしれねぇだろ」

「.....或いは、フェリさんやアシュさん、私に何らかの恨みを抱いているか、とかね」

「カヴィの可能性は?」

「彼はまだ仕事をし始めだから、恨みを買う事はまだない筈だけど?」

「違う。カヴィの家と頭領ドンが繋がってる可能性は無いのか。カヴィを取り戻せと、指令が出たのかもしれないだろ」

「.....あの時、殺し損ねた人間が、って事?」

「エノ・カンパニーに恩を売っておけば、いつか必ず何かが好転するのかもしれない。そう思って、あくまでも〈涙雨の兎〉は囮として、本質はカヴィを狙ってる。...そういう可能性、ありそうだろ?」

 くつくつとシーは笑って、己の腹へ手を当てた。

「.....襲った人間が何処にいるのか、分かる?」

「分かってても言わねぇ。そこへ突っ込む心算つもりだろ。俺があの二人に怒られる」

「言って。目的が何なのか、聞きに行くから」

 ユラの真剣みを帯びた声音に、シーは目を丸くした。

「阿呆か」

「私はもう、シーみたいな情報屋じゃない。自分で得たい物があるなら、自分から手に入れなきゃいけない。金は払う、だから教えて」

 シーは少しだけ口篭り、それから溜息を吐いた。

「.....そこの丸テーブルの一番上。そこに全部書いてある」

 ユラは後ろを振り向いて、シーに言われた場所から数枚綴じの資料を手に取った。

「.....でもユラ。一人で行くな。死ぬぞ」

「.....さぁ、ね」

 ユラはそれを丸めて手に持ち、シーの額を小突いた。

「ここから先は、私自身が決める。教えてくれてありがとう、シー。早く元気になってね」

 その資料を小さく折り畳み、ユラは再度家の中をぐるりと見回してから、ドアの取れた玄関から出て行った。

 その後ろ姿を、シーは見続ける事しか出来なかった。




「.....ユラ」

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