Episode.27 Shadow of unrest approaching steadily.

 男の身体がぐらつき、手からころりと剣が落ち、それはアシュの鼻先スレスレで地面を打ち鳴らした。

「アシュ、大丈夫っ!?」

 煙のせいか、やや薄汚れているフェリの方を、アシュはぼんやりと眺めてから小さく頷いた。

「.....良かった」

 フェリはほっと溜息を吐いて微笑む。それからアシュへ近付き、手を差し伸べた。

 アシュはフェリのその手を取ろうとして──、背後で揺らめいた影を見逃さなかった。

「っフェリっ!」

 男は死んでいなかった。

 首からおびただしい量の血を噴きながらもなお、落ちていた剣を拾い上げ、フェリの背中目がけて振り下ろそうとしていた。

「もー、」

 間の抜けた声が、響いた。

 パァンと、甲高い発砲音も響いた。

「殺す時は確実に。頭の部分を狙ってくださいよー、たいちょ?」

 ユラは薄く笑み、煙の吹く銃口にふーと息を吹きかけた。その後ろには、カヴィも居た。

「隊長は、止めて」

「はーい」

 ユラはニコッと笑い、男へ近付いた。

 彼はまだ動いていた。目をぎょろりと動かして、自分の命を奪い取ろうとしている女を己の記憶へ刻みつけるように、ひたすら睨んでいた。

「...さよなら、お兄さん?」

 ユラはその眉間に遠慮容赦なく、弾丸を叩き込んだ。


 静かになった踊り場で、ユラはもう動かなくなってしまった男の死体を見下ろしていた。それから顔を上げてフェリとアシュの方を向き、

「怪我の方はどうなんです?お二人さん」

 何事も無かったかのように、ユラは訊ねた。

「大丈夫、俺は擦り傷も負ってないから」

「俺も」

 平気だ、とアシュが言おうとして、唐突にフェリが脇腹の傷に触れてきたせいで、その言葉をすぐに飲み込み、鋭い痛みに身体を震わせた。

「大丈夫じゃない」

「.....っ、勝手に触るなっ!」

「はいはいお二人さん。とにかくここにずっと居ても警察に捕まるだけなんで、とっとと帰りましょ?フェリさん、アシュさんよろしくお願いしますね」

「うん」

 ユラはカヴィの手を引っ張って降りて行き、フェリはアシュの身体を姫抱きの要領で抱き上げた。

 それは一般的な感性を持つ男性にとっては、かなり恥ずかしい状況になる。

「っおいっ!」

 アシュも恥ずかしさが七割、嬉しさ三割で、声を荒らげてフェリに言う。が、フェリは何処吹く風と気にした様子もなく、さっさとユラとカヴィの後を追う。

「.....痛いなら、無理しないで動かないで」

 キツい口調でフェリに窘められ、アシュは暴れていた動きを止めた。そして、フェリの肩に首を埋める。

「痛い」

「だろうね。アシュが食べないから、身体の線が薄いままなんだよ。だから浅い傷で済む傷も深くなる」

「うるせぇ、食っても太らねぇんだっての」

「.....ユラが羨ましがりそうだよね、それ」

「私?」

「わわっ、ユラ!急に止まるの止めてっ」

 四人のそんな風景を、一人の男は笑顔で見ていた。



 場所は変わる。

 "Knight Killers"の依頼紹介場所兼酒場であるボロ酒場から、ある程度飲み終えたシーはふらふらと自宅のある建物へと歩いていた。

「あー.....、喉痛ぇ。飲み過ぎたかな」

 シーは喉仏を擦りながら、掠れ気味の声を出す。

 狭い路地を、のっそのっそと歩いていると、不意に一人の男とすれ違う。

 シーは数歩歩いて行き、ピタリと止まって後ろを振り向いた。

 すれ違った男もまた、足を止めた。

「.....誰、お前」

 カラン、と音を立てて、シーの黒いコートから刃物の刺さった四角形の鉄板が落ちた。

 シーの扱う細身のナイフとは違う、ゴツゴツとした刃に棘のあるナイフだ。

「情報屋のシー、だな」

 独特の聞き取り辛くなる程の低音で、男はそう訊ねた。

 シーはへらりと笑いながら、しかし気を抜く事はしない。

「そうだけど。もし依頼ならもう引き受けないよ。アンタみたいな殺し屋に雇われたくないから」

 殺し屋、という単語に、男の親指がピクリと反応する。

「.....何故分かった」

「あれ?正解?いひひひ、当たっちゃったぁ」

「答えろ」

 男の気迫に不気味な笑みを止め、シーは途端真面目な顔へと変貌する。

「そんな筋肉ムキムキな一般人がいてたまるか。一目で分かる。まぁ仮にそういう...、トレーナーとかの仕事だとしようか。それでもおかしいのは、この時期のコート.....。暑くない?」

 同じく黒いコートを着ているシーをじとりと見て、男は何も言わずに己の身体を見た。

 出来る限り筋肉を隠す為、分厚いコートを着ていたのが、どうやら仇となってしまったようだ。

「最後に。こんな返し刃なんて、"Knight Killers"でも使わねぇ。これは独特な物だ、逸品物って言っても過言じゃない。そんな代物を持てるのは、殺し屋だ。それも...、元軍人のな」

 さぁっと二人の間に風が流れた。

「.....隊長の知り合い?それとも軍医さんの方か?」

「両方だ。俺の依頼主は〈涙雨の兎〉の血の雫を所望している」

「それは困るな。あそこには俺の元相棒が居るんだ。いつか取り戻す、大切な相棒がね」

 本人にそう言った事はただの一度として無いが。シーは口の中でそんな事を呟いた。

「それなら残念だが、諦めろ。あれらはいつか必ず死ぬ」

「用件は」

 その男の言葉へかぶせるように、シーはそう言った。

「〈涙雨の兎〉のメンバーに俺が入っていない事を知っていて、俺へ声を掛けた理由は?」

「.....〈涙雨の兎〉の本拠地を知りたい。それだけはどれだけ調べても得られなかった。前に一度、市場に来ていたフェリ・アシュ・カヴィの後を雇い人に尾けさせたが、死んだ。それからも、奴等は外へ出ない。出る時はいつの間にかあの酒場に居る。帰りを追おうとしても、俺の足では流石にバイクには追い付けない」

「.....だから、情報屋に聞きたいと」

「あぁ、教えろ」

 それは最早脅迫に近い、強要だった。

 シーはニヤリと笑って言い放つ。


「さっきも言っただろ?『もし依頼ならもう引き受けないよ。アンタみたいな殺し屋に雇われたくないから』ってさ。いひひひひ」




「...............そうか」




 シーはするりとナイフを取り出し、男もまた同じようにナイフを抜いた。

 そして、二人はほぼ同時に地を駆けた。

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