Episode.26 A dance of the shooting that two people dance.
フェリとユラは縦一列に並んで、建物の奥へとずんずん進んで行く。
廊下にはカツンカツンと、二人分の足音が鳴るばかりで、人の姿は一切見受けられない。
「だーれもいませんねぇ」
ユラはわざと大きめの声を出して、フェリへそう言う。
「そうだね」
フェリはそう言いながら拳銃の銃口を上へ向け、躊躇なく引き金を引いた。すると少ししてから、そこから血の雫が滴り落ちてくる。
「.....隠れてるっぽい」
「前の方はお任せします。後から追いますから」
フェリはずれていたネックウォーマーを直し、小さく頷いた。それから出来る限り背を低くし、空いている片手を床へ付ける。足は前後に開く。
「どん」
ユラの声を合図に、フェリは一気に前へ駆け抜けていく。
隠れていた人間は突然動き出したフェリへ銃口を向け、ユラには近場に居る人間のみしか銃口を向けない。
それこそが命取りである。
場所を知ってしまえば、ユラの方が遥かに有利なのだ。
狙いを定める早さ、正確さ。身体のしなやかさ、身軽さ。
それらの要素を持ち合わせた彼女に適う者はいない。
フェリは立ち止まる事なく走り抜け、壁に触れると同時にユラの方を向き、拳銃を抜いて天井を撃ちまくる。
弾の装填が追い付かないのではないか、と思わせるが、二人は何も言わずとも息の合った戦い方で、無慈悲に残酷に命を奪っていく。
僅か数分で、そこは血の雨の滴る場所となってしまった。
「.....忍んでるとは、ニンジャのような人間達でしたねぇ。軍隊はこんな事も教わるんですか?」
「暗殺部隊は多分。俺は特攻部隊だったから、詳しくは知らない」
「へぇ。なかなか面白い体験が出来ましたっと」
ユラはととっと近付いて、行き止まりの壁をぺたぺたと触る。戻る気満々だったフェリは、ユラのその行動を不思議に思いながら見ていた。
「どうしたの?」
「.....さっきフェリさんが触った時、妙な音がした気がして...。気の所為じゃないといいんですけど」
ユラはそう言いながら残っていた拳銃の弾丸を取り出し、新たな別の種類の物を入れる。フェリはそれに目を丸くした。
それはかなりの威力を誇る、高価な弾丸だったからだ。しかもそれを六発分、ユラは丁寧に装填した。
「.....暴発したら、すみませんね」
ユラは数歩離れて、拳銃を構える。
そして、連続して発砲した。
いつもよりも重低音な発砲音が鳴り響き、壁に穴が開く。
煙の吹く銃口を吹いて、ユラは穴から中の様子を覗き見る。
「暗くて見えないですねー。変な音がしてるのは分かるんですけど」
「任せて」
フェリはトントンと壁をノックして、それから全身全霊の力を込めて、飛び蹴りを喰らわせた。
轟音を響かせて、壁はあっさりと崩れた。
「相変わらず、耳良い」
「どうも。ま、逆に言えば耳しか良くないんですけれど」
そこでユラは不自然に言葉を区切り、訝しげに眉を寄せた。そして未だ砂煙の立つ大穴の中を早足で歩いて行く。
「ユラ?」
フェリはその後ろを追った。
ユラは奇妙な音の鳴る箱の前に立った。
それを見ただけでぞわり、と嫌な予感が背中を伝う。
ゆっくりと箱へ手を伸ばし、箱の蓋を開けた。
中には残り一分半を赤い点滅文字で示す、黒い爆弾が入っていた。それには一枚の小さなメモが入っていた。
ユラの気持ちとそのメモの内容は、奇しくも一致してしまった。
「.....
ユラはくるりと踵を返し、フェリの手首を掴んだ。そして状況の読み込めていないフェリを、半ば引きずるように連れて行く。
「ど、どうした」
「爆弾っ!あと一分程度で爆発しますっ!!」
フェリはそれに目を丸くして、今度は逆にユラを引っ張る形になる。
玄関近くまで辿り着いた時、爆発音がユラの耳に届いた。
「爆発」
ユラのその言葉にフェリは立ち止まり、素早く大きな柱の裏へユラを抱き込みながら、身を小さく屈める。
勢いよく砂煙が舞い、肌を焼くような熱気が襲う。ビリビリと大音量が空気を駆け抜けていき、暫くして静かな静寂が訪れた。
「ユラ.....、大丈夫?」
「.....何とか、生きてます」
ふるふると頭に付いた砂をふるい落としながら、フェリの胸から顔を退かす。フェリはネックウォーマーを小さく動かして、咳を一つした。
「.....そこまで威力の強いやつじゃなかったのか」
「助かりましたね」
ふぅ、とユラは一息つき、ふと思い出したように先程の文面を口にした。
「.....ルーザー...」
「ユラ、それどこで見たの」
唐突なフェリの素早い反応に、ユラは目を丸くする。しかも彼の顔は真剣そのものだった。
「...さっきの、爆弾が入ってた箱に貼ってあったんで。何か意味、分かるんですか?」
「.....嘘って意味。敵が陽動を使ってる事を、示してる」
「っそれ!」
フェリの考えとユラの嫌な予感が的中してしまった。
二人は立ち上がり、急いでカヴィとアシュの居る建物を目指した。
「フェリさん!ユラ!」
建物まであと少しという所で、二人は息を切らして走って来るカヴィと出会った。
フェリには嫌な予感がした。
「アシュはっ」
「中で男の人とっ!」
カヴィが言い終わる前に彼の横を通り過ぎ、フェリはアシュの残る建物の中へと入って行った。
「え、えと.....」
「カヴィくん、私達も行こうっ!」
「う、うん!」
その後ろを少し遅れて、ユラとカヴィが追った。
時計の針は、フェリとユラが壁を壊す前に戻る。
粗方撃ち終えた狙撃班のカヴィとアシュは、荷物の片付けをし始めていた。
「それじゃ、フェリ達ん所に行くか」
「了解です」
アシュは望遠鏡をポーチへ入れ、一歩階段の方へ踏み出そうとした瞬間。
背筋が凍るような殺気を感じた。
その感覚を、アシュは知っていた。
「カヴィ、先に行ってろ」
「へ?」
唐突な提案に首を傾げているカヴィへそっと近付き、胸倉を掴んで背を屈ませた。そして耳元で小さく呟く。
「フェリに伝えて来い。ここに来いって」
真剣みを帯びた声音に、カヴィは首を動かさないように注意を払い、同じく小声で言葉を返す。
「は、はい」
カヴィはそのまま後ろを振り向く事なく、足早にその場所から逃げた。
完全にカヴィの気配が消えてから、アシュは目線を上の階の階段の方へ向けた。
「.....いつからそこに居た。出て来い」
身体を襲って来る殺気に負けぬよう、語尾を強めながらアシュは言い放つ。
少ししてから、ぬっと男が階段から降りて来た。
背丈はフェリよりも高く、軍人崩れらしく筋骨隆々の男だった。まるで筋肉の塊であるかのように。
剃り上げられた頭髪は黒く、眼光は飢えた獣の如く鋭い。
手の中にある剣はアシュのそれよりも長く、きちんと手入れされている。
「.....最初から、気配を殺して居った。あの若造は気付かんだが、新参者か?」
「そんな所だ。で、お前は俺達を殺す機会を窺ってたのか」
「如何にも」
男はグッと柄を握った。アシュも腰の剣へと手を伸ばす。
「我らは紅い三日月、差別せし王族貴族を殺す事こそ、我らの生きる意味。赤きバンダナは革命の証」
男はそう言いながら、空いている片手で赤いバンダナを取り出し、剣を持つ手の手首に巻いた。
「我らの邪魔をする者は、殺す」
「.....結局、殺したがりかよ」
アシュが剣を抜くのと、男がアシュへ剣を振るったのはほぼ同時に起こった。
金属音と火花が飛び散り、二人は一旦退いた。
「暗殺か」
男の力の運び方に、アシュは体勢を整えて剣を持ち替える。
「我らは止まらない。平等な世界を造り上げるまで」
「諦めろよ。この世界はもう助からねぇんだってよ!」
アシュは一気に背を低くし、足の腱を狙う。
が、筋肉に阻まれ、小さな傷にしかならない。
「チッ...」
アシュは体勢をまた直し、再び斬りかかろうとした時。
爆音が轟いた。
そこはフェリとユラが居る、あの建物であった。
「っ!?」
アシュは思わずその方向へ気を取られてしまう。
「隙あり」
それを逃さず、男はアシュの腹部へ斬り掛かる。
「っぐ」
アシュは素早く反応したものの、剣先が掠り血の雫を脇腹からぼたぼたと垂らす。
「.....っは、あぶね、」
「...向こうは死滅。残りは俺だけか」
どうやらあの爆発はそういった合図のようだ、とアシュは男の言葉でそう判断する。
フェリやユラの事は心配だが、大丈夫だと自身へ言い聞かせる。
数々の修羅場をくぐってきたが故の安心感が、アシュの心には確かに存在していた。
「っ負けられねぇな」
「俺も。仲間の無念は晴らさねばならぬ」
その言葉を合図として、再び二人は一気に間合いを詰める。
二本の剣が踊る。火花を散らし、相手の命を奪わんと。
が、それもあっさり終わってしまう。
カンと間抜けな音を鳴らして、アシュの剣は弾かれ、空を舞って男の背後へ転がっていった。
アシュは僅かに目を見開き、男は嘲笑うように口角を上げた。
「...さらばだ.....っ!」
短い時間で、アシュの思考回路はぐるぐると回る。
今から走って剣を取りに行く。それは、男の背後へ回る事になり、男の背後から斬り殺す。
それとも──、どちらか片方の腕を諦めて、それへ気を取られてる間に顎を殴るか。
覚悟を決めたアシュは、左腕をちらりと見て、それを出そうとした時、
「アシュっ!!」
フェリの鋭い声がアシュの動きを止める。
それと同時に発砲音が鳴った。
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