Episode.24 The past and real mirror alignment.
「あーあー、マイクテスト中でーす。フェリさん、聞こえてますかー」
『バッチリ聞こえてる』
「音量の調節も問題無さそうですね、そちらはどうですか?」
『平気。いつもと変わらないから』
「了解です。周りを見るので、一旦切ります」
ユラはイヤホンのコードの先の丸くなっている部分に付いているボタンを押し、通信を切ってから周りを見る。
あのパーティーから数日後。
〈涙雨の兎〉は四人である任務を行なう事にした。
それは、テロリスト集団の殲滅というかなり物騒な仕事内容であった。
フェリはスナイパーが狙撃しやすい高い建物が多い事、また人数が比較的少ない事を再三確認して、この仕事を受ける運びとなった。
フェリとユラは近接部隊。つまり、力で持って近くの敵を排除する。加えて、カヴィとアシュが張っている狙撃地点を越えさせないようにする役目も担っている。
カヴィとアシュは遠距離部隊。遠くの敵やフェリとユラが気付かない位置にいる敵を狙撃するのが役目だ。アシュがカヴィへ指示を出し、また近くに来ている敵を排除し、カヴィはひたすらに狙撃を行なう。
そのような布陣となっていた。
「さて、と」
ユラは頭と目を少し出して、戦局を確認する。
誰も未だ動きを見せない。見えるのは守備を任されているとみえる、比較的遠距離攻撃に向いた拳銃を抱く、赤いバンダナを頭や腕に巻いた若者が数人。
赤いバンダナ。これが彼らの目印である。
どういう意味が込められているのかはユラは知らないし、そもそも知った所で何か意味を成す訳でもない。その情報は無意味だ。
「じゃあ、殺りますか」
何か簡単な仕事を始めるように軽い調子で、淡白にそう言った。
ユラは腰から拳銃を取り出し、それからポーチの中から手榴弾を取り出した。
歯でピンを噛んで抜き、放り投げる。
それは綺麗な放物線を描いて空中を舞い、地面に着地したと同時に激しく爆発した。
近くの人間には押し込まれていた破片が飛び散り、辺り一面を灰色の煙が渦巻く。
それを合図に、ユラとフェリが動く。
ユラは駆け出したと同時に、引き金を引き人ではなく煙を撃った。
弾と煙に混ざる火薬が擦れ火花を散らし、煙全体が爆発を起こした。
「流石」
どこからかフェリの声が聞こえたのをユラは聞き逃さない。
「どーも!」
煙が晴れる。
フェリの姿はもうなく、死ななかった負傷者数名がユラを見ていた。
「手は抜かないよ、軍人崩れさん達。私は"Knight Killers"、〈涙雨の兎〉」
近くに転がっていた相手の拳銃を手に取り、銃口を上へ向けて一発撃った。
「さぁ、殺し合いの開幕だ!」
無邪気な子どもの笑みを浮かべ、ユラはそのままその拳銃で相手へ向かって行った。
「合図が出た」
フェリとユラの居る場所から少し離れた廃ビルの三階。
望遠鏡を構えたアシュと、狙撃銃のスコープで一人の頭に狙いを付けたまま、スコープを睨み続けるカヴィが居た。
「あの、その」
「もう撃っていい。躊躇うなよ」
「っ.....」
カヴィは乾いた口の中を唾で湿らせ、ゆっくりと引き金に指を置く。しかし、引く事がなかなか出来ない。
アシュはその動きを見て、聞こえぬ程小さく溜息を吐いた。
「....こうなると分かって、選んだ道だろ」
「..........はい」
「なら迷うな。生きる為には、人の屍の上に立たなくちゃいけない。.....少なくとも、今の俺達はそうだ」
「屍の上に...っ」
カヴィはそれだけ呟き、引き金を引いた。
酷く簡素な動きだというのに、とても重たかった。
カヴィは恐る恐る片目を開け、スコープを覗く。そこには、首から血を流し身体を痙攣させている赤いバンダナの男が倒れていた。
それ以上は見ていられず、カヴィはスコープから目を外す。
「...死に、ましたか?」
それを訊ねるだけでも、カヴィは精一杯だった。
「あぁ、死んだ」
「.....そうですか」
カヴィの複雑な顔を見て、しかしそれに対しては何も言わなかった。
「ほら、ユラのサポートだ。次、そこから右へ平行に動かせ」
「はい.....」
「...すぐに慣れろとは言わないが、出来る限りはやれ」
「っ分かってます.....っ」
カヴィは額に流れた汗を拭い、スコープを覗きながら位置を動かしていく。
アシュはそんな彼を見て、奇妙な感情を抱いた。ぐるぐると渦巻くような、気持ちの悪い感情を。嫌悪感でない事は確かだが、ずっとこの感情でいたくないと思えるような、そんな思い。
それが何なのかは、上手く言葉に言い表せなかった。
だから口を閉じたまま、望遠鏡で狙いを覗いていた。
『フェリさん、とりあえず適当に動いてて構いません。っとと、あーえっと、行き止まりだからって適当に破壊するのとかは無しの方向でお願いしますねー。建物、壊れますから』
「流石にそこまではしない」
『やりかねないと思ったもんで』
楽しげな笑い声と戦闘音の聞こえるイヤホンを耳に、フェリは誰もいないロビーにある一室に身を潜めて、ユラの声と周りの音に耳を傾けていた。
「じゃあ、終わったらこっちに来てよ」
『勿論。あ、死なないでくださいね』
それでユラの声は消え、変わりに戦闘音ばかりが流れるものへと変わってしまった。
手を抜けない戦いになるのは当然だ。
今回の任務。非常に要望に見合った良いものだったのだが、唯一の懸念点は軍人崩れの人間が多いという点だった。
それはつまり特殊な訓練を受けた猛者ばかりがいるという事を意味し、普通の人間では到底敵う相手ではない。
ユラの早撃ちや、カヴィとアシュの支援があるからこそ、同等の力を振るう事が出来ている。
一人なら、すぐに死んでいるかもしれない。
「...さて」
フェリは首元をネックウォーマーで覆い隠し、腰を上げる。丁度、外の様子を見に来たらしい赤いバンダナの男達の背中が見えた。
フェリはゆっくりとそこから離れつつ拳銃へ手を伸ばし、一気に駆けて至近距離から弾丸を一人一発ずつ撃ち込む。
びちゃっ、とフェリの頬に返り血が付く。
それでスイッチが入った。
「ふひ、ひひひひひひっ」
歪に口元は歪み、背中を向けていた人間は全員が絶命する。
そして、背後からする殺気にフェリは後ろを向いた。
様子に気付いた人間がやって来たのだ。恐らく今までの人間とは違う、軍人崩れの男達ばかりだろう。
だが、今のフェリには関係ない。
彼の目には皆等しく敵であり、目の前から排除すべき対象だからである。
銃弾の雨を走りながら見えているかの如く躱し、近くの男の腹を力一杯ぶん殴る。男が腹を押さえて蹲ったのを確認する事なく、バンっと首を撃った。
それから一気に身を低くして、下から顎めがけて銃弾を撃ちまくった。
それを終えると、弾が無くなった己の拳銃を腰へ収め、転がっている拳銃を奪い取って肩へ一発撃った。
しかし、その男は倒れない。流石は精神の強い軍人らしい強さの見せつけ方だった。
「ふはっ」
だが、相手が悪かった。
フェリは弾の出さなくなった拳銃を投げ捨て、その男へ飛びかかる。
肩を被弾したものの、そんなものは最早、今の彼にはどうでも良かった。
飛びかかったと同時に、フェリは男の両頬を交互に激しく殴打する。
力の限り。男の口から嘆願が聞こえても、フェリはニヤニヤと笑ったまま、ひたすらに相手を殴る。彼を殴り殺す勢いで。
その時だった。
感じた事の無いような肌を刺す殺気に気付き、殴っていた男を盾にするように勢いよく持ち上げて──、それとほぼ同時に男の腹部が撃ち抜かれた。
そこは、先程までフェリの頭があった位置である。
フェリは男を投げ捨て、弾丸が飛んできた方向を睨む。
そこには若い男が居た。首に赤いバンダナを巻いた彼は、フェリやアシュと同じくらいの年齢を感じさせる。気さくそうな青年である。
「流石、現役を退いても、強さは健在ですね」
男はにこやかに笑いかけ、拳銃を腰のホルスターへ入れた。フェリはその一連の動作を見続けた。
「どうも、お久し振りです。...殺戮人形さん」
その言葉にフェリは僅かに拳を強く握り締めた。
アシュ以外の人間の言葉で、フェリは初めて休んでいた理性を呼び起こす。
「..........誰、お前。何で知ってるのそれ」
フェリは頬にこびり付く血を拭い、ゆらりと身を起こす。それからネックウォーマーを外した。
「元北の防衛ラインで働いていた、軍人です」
そこはフェリとアシュの居た、軍の戦場であった。広い施設だが、もしかしたら一度くらいは顔を見合わせているのかもしれない。フェリはそう思った。
「...ごめん、あんたの事覚えてない」
「でしょうね。貴方とは一度も会ってませんから。でも、噂はお聞きしてましたよ」
カツン、と靴の音を鳴らして、男はフェリへ近付いた。
「負け無しの最強軍人。ただただ欠点なのは、敵味方構わず殺そうとする所と方向音痴。まさに、少し出来の悪い殺戮人形です」
「.....そう、かもな」
「おや、認めちゃう感じですか?まあ、いいですけど。こんな世間話をしたい訳でもないんで。むしろ、俺は貴方を殺したくて堪らない」
彼と会話して初めて、彼の声から余裕が消えた。
「そんな貴方が、人間なんかじゃない貴方が、アシュさんの隣に平然と居るのが、腹立たしいです」
「.....アシュ、さん.....って、アシュの後輩なのか?聞いた事な、「知らないでしょうねっ!!」」
あまりにも唐突な声の荒げように、フェリは目を瞬かせる。
「化け物みたいな貴方と一緒に居るような、そんな平凡な御方ではないんです!若くして軍人と軍医という正反対の二足の
まくし立てるように、彼はフェリを睨み付ける。フェリは何も言わなかった。それをいい事に彼は言葉を止めない。
「俺が軍人を辞めてこんな落ちぶれた徒党を組んだのは、貴方を殺す為だ。あの人は貴方ばかりに囚われすぎている。貴方があの人にとっての何かは知らないが、どうせ力で何もかもを捩じ伏せたんだろう?化け物...っ!」
フェリは何も言わなかった。ただ、小さく溜息を吐いた。
それは静寂な空間によく聞こえた。
彼の殺気を孕んだ瞳を、フェリは見た。
「アシュは、いい奴だ。でも、完璧じゃない」
フェリは少しだけ息を吐いて、それから目を閉じる。
脳裏を過ぎるのは、これまで彼と共に生きた時間の断片。忘れてはならない、大切な思い出。
「アシュはずっと無理をしてた。だから、休ませてあげるべきだ。.....あのまんまだったら、いつかきっと壊れてたから」
本人から聞いた事はないけれど、少なくともフェリはそう思っていた。
きっと、偽りの性格を演じる大変さは分かち合えないだろう。それはフェリがそんな事をした事がないからだ。だから、側で彼を支える事しか出来ない。
アシュがあの日、フェリへ手を差し伸べて助けてくれたように、フェリもまたアシュの支えにならなくてはならない。
それが恩返しというものだ。
「.....あの人の事を知ったように.....っ!」
男の手が腰へ伸びたのを見逃さず、フェリは身体を床すれすれまで低くしつつ拳銃を抜く。
頭上を弾丸が通り抜け、それを感じてからフェリは彼との距離を詰めた。
火花が散る。
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