Episode.23 Which is the piece of the game?

 六人は死体の館となってしまった紫雲の館を後にし、〈堕天使〉へと歩を進めていた。

 重苦しい雰囲気のせいで、誰も何も喋ろうとしない。

 そんな沈黙の中、口を開いたのは意外にもフェリであった。

「ねぇ、カヴィ」

「は、はい」

「カヴィはさ、どうしたい?」

「え、.....と」

 そこで口篭るカヴィに、フェリは言葉を続ける。

「俺達が助け出して、別の...もっと良い組織へ渡す方法だってあった。でも、俺達は今、カヴィに人殺しの道具を持たせようとしてる。.....これは、良くない事だ、多分。だから、聞く。カヴィはこれからどうしたい?」

「.....どう、したい」

 カヴィは言葉を詰まらせる。


 今まで、自分の意思で何かを決める経験など無かった。

 父の意向で存在を隠され、彼の指示の中で生を繋いでいた。それが『当たり前』だと思っていた。

 誘拐された時もそうだ。誘拐犯の言う事を従順に聞いて生きていた。自分の意思と言えばそうかもしれないが、殆どは誘拐犯の都合に合わせて動いていた。

 そして、今。初めて自分の意思で何かを決定しようとしている。

 その重さに、上手く言葉が発せない。

 暫く沈黙が続いた。

 そして、カヴィの唇は震えながらも言葉を紡いだ。


「.....俺、は前にも言った通り...、ここで頑張りたいです。それは皆さんに強制されてるからじゃない、これは俺の.....、俺の意思だ」


「そうか.....」

 フェリはそう呟いた。感情の起伏に乏しい静かな声音だった。

「...これからどうしますか?とりあえず私達、目を付けられてるみたいですけど」

 五人の背後をトボトボ歩いていたユラが、背中へ声を投げかける。

「まぁ、暫く身を潜めても食っていけるだけは蓄えてるからな。かなりの人数に狙われるようなら、依頼は受けないようにするか」


 "Knight Killers"という仕事上、自らが同業者に狙われる事は少なくない。その為に、〈涙雨の兎〉では出来る限り貯蓄をする。

 いざという時に、活動を抑えて他のチームから目を反らさせる為に。


「.....いや、カヴィの為に一つ受けよう。簡単なのが良い」

「...大丈夫なんですか?」

「アシュがいるから。ね」

「何でも俺任せか」

 アシュは呆れたように言うが、嫌だとは言わない。

 カヴィが〈涙雨の兎〉に留まると決めた以上、それ相応に力は付けなければならない。多数に少数で挑む場合が多いからだ。

 少なくとも自分の命を自分で守れるくらいには、カヴィに力を付けなければならない。

「ユラ、フェリのサポートは任せるぞ」

「方向音痴の件でしょう?大丈夫です。銃声で方向が分かるみたいなので、ガンガン撃ちまくります。あっ、勿論他人の拳銃で、ですけど!」

 悪戯っ子のような笑みを浮かべて、ユラはふふんと鼻を鳴らした。

「ほ、本当に大丈夫、なんですか?」

 その会話を聞いているメィは、恐る恐る口を挟む。

 命を狙われていると知ったのにも関わらず、彼らはいつもの調子で─むしろいつもより楽しげに会話をする。

 そんなメィの肩を、リツが叩いた。

「大丈夫、こいつらは滅多な事じゃ死なねぇよ」

「そ、そうですか...」

 それでもまだ不安げなメィに、リツは優しく微笑みかける。

「俺達は俺達の心配だ。他人の面倒まで見れるのか?」

「.....そう、でしたね。ありがとうございました」

「ん」

 メィの笑みに、リツも同じくらいの笑みで返した。


 月明かりの夜道。六人の歩いた後を一陣の風が吹いた。











「あれくらいで死なれてたら、困ってたな。今回のは、想定内だ」

 街の様子が映った映像を見ながら、暗闇の中で男はほくそ笑む。

 画面に映る血塗れの床と死体を肴に、赤ワインとチーズケーキを口へ運ぶ。

 いずれも一般人には手に入れられない逸品である。

 否、そもそも映像機器を持ち合わせている事自体、相当な金持ちである事を窺わせている。

 口の中と腹の中を満たした男は、頬杖を付いて画面を切り替える。


 そこには四人の顔写真があった。

 どれもカメラのレンズを見ておらず、また木の葉が多く映っていたり、人混みに紛れていたりと、隠し撮りである事を想像させる。

「元手駒の情報屋、ユラ」

 白い矢印が、木の葉の合間から映された写真に触れる。

「エノ・カンパニーの隠された次男、カヴィ」

 白い矢印はつうっと動き、手を引かれて外へ逃げ出している写真へ移る。

「軍医にして戦場を走り軍鬼と言わしめた軍人、アシュ」

 白い矢印は画面上部へ動き、夕刊を開いて記事を読んでいる写真へと向かう。

「戦場を駆ける狂気の死神、フェリ」

 白い矢印は隣へ動き、美味しそうにバーのカウンター席でプリンを頬張っている写真へ移った。

「さぁ、楽しもうか。ゲームボードに乗せられている事に気付いて俺へ辿り着けるか、それとも全員仲良くあの世行きか」

 男はサングラスをズレを直し、にんまりと口角を上げて笑う。








「ゲーム開始だ」

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