Episode.22 Dance; dance; dance.

「フェーリぃーさんっ!」

 ユラは敵の顎に銃口を当てて顎骨から脳幹までを一発で一気に粉砕し、その後ろにいるフェリへ目を向ける。

 虚な碧玉は、ユラを捉えるとにぃっと歪に口元を歪ませた。

 フェリの瞳に『ユラ』は映らない。今の彼の目には全ての人間が敵だ。

 その事を長く戦闘を共にしているユラは、よく理解していた。

 だからこそ、その視線がカヴィへ向かぬよう自らへ引き付ける。


 フェリの戦い方はシンプルで、かつ男らしい戦い方だ。

 殴る。蹴る。撃つ。斬る。単語で説明出来る動作を、相手を捩じ伏せるように素早く行なう。何度も動きを見ていれば躱し切る事が出来るが、初対面の人間では、見切る前にあの世行きである。


 ユラはフェリの攻撃を避けつつ、彼の背後を狙う敵や拳銃を持つ相手を次々に狙う。フェリもまた、ユラとの一騎打ちを邪魔する者達だとして、周りの人間を排除していく。


 二人はひっきりなしにステップを踏む。そこがパーティーの舞台であるかのように。

 拳銃のバンパンという音色は拍手の音となり、それは男や女の悲鳴と混じり合い、一種の曲を構成していた。

「っ止まれぇ!」

 それは、唐突に切られた。

 だが、フェリとユラは気にする事なく、残り数人の命を削り取る為のステップを踏んだ。

「止まれと言っておるだろうがっ!!」

 荒々しく絶叫する声に、ようやくユラだけが手を止める。


「っカヴィくんっ!?」


「ご、ごめん、なさい」

 カヴィの首筋に、老紳士の黒光りする剣が握られていた。その取っ手は先程まで持っていた杖と変わらない。仕込み杖だったようだ。

 フェリの動きに気を取られすぎていた。ユラは口の中で舌を打つ。

 ユラがカヴィの元へ駆けつけようとした瞬間、反対側に隠されていた老紳士の拳銃の銃口がユラへ向く。そして躊躇いなく引き金を引いた。

 足を踏み出したばかりのユラには躱しきれない。被弾するのは確実だ。

 奥歯を噛み締めたその時、死体の積まれた山の中からユラの目の前に人間が立つ。


「全く、無料タダで美味い酒にありつけると思ったらこのザマだ」


 鈍い金属音が鳴り、ユラへと向いていた弾丸の進行は阻まれる。

「..........シー」

 ナイフを片手に持ったシーが、老紳士とカヴィに向けてほくそ笑む。

「まぁ、俺の惚れた人間に手ェ出すのは黙って見てられないなぁ、いひひっ」

「.....おのれっ!」

 老紳士はカヴィの首筋に付けていた剣を滑らせようとした。






「遅い」







「は」






 気付いた時。剣を持っていた老紳士の腕は切り飛ばされていた。

 ごろり、と床に転がった手からは杖がカンカンと音を鳴らし零れ落ちる。

「ふはっ、はははははっ」

 にたりと裂けるフェリの口角。

 空気を切り裂くかの如く持ち上がるナイフ。


 老紳士は最後に何を見たのか。

 天使か、悪魔か、それとも死神か。

 それは彼のみぞ知る。



「.....フェリさん」

 全てを消し終わり、赤いカーペットの上に立つユラは、死体と化した老紳士を睨むフェリへそう声をかける。

 そのままカヴィを殺せる位置に、戦闘狂と化している彼が居るからだ。

 シーが自らの命を犠牲にすれば助けられるかもしれないが、そんなものは沢山ある頭髪から一本の特定の髪の毛を見つける程の可能性でしかない。


 つまり、ほぼ不可能だ。


 それをよく知っているユラは、敢えて自分へと気を引く。

 迎撃する可能性も考慮し、シーは殺気を殺しつつ黒いコートの中に隠しているナイフの柄の近くへ手を置いた。

「フェリっ!」

 その時、鋭いアシュの声が緊迫していた空間を駆け抜けた。

 それを合図として、フェリの澱んでいた瞳が元の目へ切り替わる。それを見て、ユラとシーはふっと肩の力を抜いた。

「.....カヴィ、大丈夫?」

 何度見ても慣れないフェリのあまりの変わりように驚きつつも、カヴィはこくこくとしきりに首を縦に振った。それを見てフェリは安堵するように微笑む。

「アシュ」

「こっちは大丈夫だ、誰も何も無ェよ」

「はぁ?この服の汚れっ!誰に弁償してもらうんだよお!しかも少しだけ皿の破片で切ったしさぁ!」

「私は避けてくださいと最初に言いました」

「弁償代ねぇ...。そりゃあリツさんでしょ?」

 先程まで殺し合いをしていたとは思えないゆったりとした空気感に、カヴィはただただ息を呑むばかりだった。


「あのさ、この人なんだけど...」

 フェリはつん、と靴の先で死体をつついた。

「シー、この男は頭領ドンか?」

「...そうだな。アンタの質問に正しく答えるなら、『さぁ?』だな」

「え」

 シーとフェリのやり取りにユラが目を丸くする。

「そんな、偽者じゃない筈...っ。この人は頭領(ドン)だよ。シーも覚えてる筈だよ?だって会ってるでしょ?」

「まぁ、な。でもそれは顔だけの話だ。身体の隅々─髪の毛から爪の垢まで、この人間が頭領ドンだという調べをしてない。つまり情報はまだ不確定だ。だからこそ、俺は断言しない」

「それは...っ、確かにそうだけど!」

「ユラ、昔からの悪い癖だぞ。思い込みが激しい。それはそうだ、と決めつけ過ぎだ。もっと柔らかく考えろ.....。例えば、」

 シーはそこで言葉を止め、遠慮なく死体へずかずかと近付き、目の閉じられた顔へ触れた。

 そして、皺とシミのある頬へ触れ、男の皮膚をビリビリと引き剥がす。


 現れたのは、中年の男だった。白目を剥いて絶命している。

 フェリとシー以外は、その光景に目を奪われていた。

「影武者を立てていた、とかな」

 シーはにやりと笑い、その皮膚を投げ捨てた。

「.....金持ちは、やる事が違い過ぎるだろ...」

 顔面体フェイスマスクを作るというのは、職人に膨大な金銭を払う事になる。一人ひとりに合わせた唯一の逸品を作るのだから当然なのだが、少しでも傷が入ればそれはもう使い物にならない。

 ようは、殆どが使い切りと同義なのだ。

 それを作らせるなど、命を狙われている高位官僚のような金のある人間しか出来ない所業である。

 だからこそ、誰もがその可能性を頭から無いものだと思い込んでいた。

 幾ら何でも、たったこの時の為だけに顔面体フェイスマスクを作りはしないだろう、と。


「...声は。...この人喉に仕込んでるように見えないけどっ」

「ユラ、その時から騙しが入っててもおかしくないだろ」

「っ!?そんな昔から.....」

「慎重なじじいなんだ。それくらいするだろうよ。にしても、困った事になったなぁ、〈涙雨の兎〉さん?」

 シーは不敵な笑みと不気味な笑い声を上げながら、フェリやアシュ、ユラの顔を見ていき、カヴィの目を見ると顔の動きが止まった。

「君は...、人数合わせ?」

「は、初めまして!〈涙雨の兎〉に新しく加わった、カヴィです!」

「まぁ、知ってるけど」

「シー、あんまりカヴィくんを揶揄うなよ。彼はまだ外を知って間もないんだから」


「だからこそ、早めに手放すべきじゃないのか?」


 シーの言葉に、周りの空気は一気に冷めていく。

「連れ出した責任感からその考えは失念してるかもしれねぇが、お前らは頭領ドンに狙われてる状況だ。経験の浅い人間が居たら、そいつから死ぬぞ?」

 経験から来るその言葉は重かった。カヴィはキョロキョロと、フェリとアシュに目を向ける。

 二人は口を真一文字に結び、真剣な面持ちで彼の言葉に耳を傾けていた。

「ま、俺には関係ない事だけどよ。おっと、忘れる所だったわ。ユラ」

「..........何?」

「貸し、だからな」

 シーはユラの髪の毛を掻き乱すように撫でてから、バルコニーの方へ歩いて行き、暗闇の外へ消えていった。


「..........どうするんだ、お二人さん」

 リツの茶化した口調に、二人は何も言わなかった。

 ただただ、その場を奇妙な空気が彼らを飲み込んでいた。

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