Episode.21 Aria of each battlefield.

 ユラはカヴィの指定した男の位置を把握し、ナイフでその方向に居る人間の喉を狙う。

 いつもなら少しばかり手加減して急所を避けるようにしているが、今はそんな余裕などない。

 ユラの身だけを守っている訳ではない。カヴィの命も守らねばならない。

 足払いを掛けて傾ぐその瞬間に喉を、ナイフの切っ先で抉るように突く。銃声が聞こえれば、出来る限り背を低くして躱す。それは流れ弾として別の人間に被弾する。

 数の差だけを見れば圧倒的に不利なのは分かるというのに、それをものともしていない。

 ユラはようやく目的の男の元へ辿り着き、手首を切り落として拳銃を奪い取る。適当に血を拭い、それから手近に居た人間の頭へ、瞬時に狙いを定めて撃ち漏らさずに五人を殺す。

 弾が無くなり玩具の銃と化した拳銃を投げ、カヴィへ目を向ける。

「次の人間はっ?」

「その位置から右へ五人目っ」

「了解した」

 ユラは血濡れたナイフを握り締め、息を軽く整えてから間合いを詰めていく。


「...なんだ、あれ.....」

「.....王宮のある方向からだな。パーティーの余興か何かか?」

 二人は目を凝らしながら北を見る。だが、詳しい事は一切分からない。

「...もしかして、襲われてる...とか?」

「まさか。王宮に忍び込むとか、とんだ馬鹿だろ。有り得ない」

 アシュは肩を竦めてそう言い、身体をグッと伸ばす。

「大分楽になった。付き合ってくれてありがとうな」

「うん、気にしな」

 その時言葉を掻き消すように、甲高い銃声が背後のパーティー会場から鳴った。

「ユラだ」

 すぐにフェリは言う。そしてもう一度、「ユラだよ」と確信するように言った。

 普通の人間には二発程度の銃声に聞こえるのだが、ユラはその間に六発を撃っている。彼女の狙いの素早さかつ正確さを知り得る人間で無ければ決して分からない、まさに神業と呼んでもおかしくない所作だ。

「っ!」

 アシュは急いでバルコニーの窓を開ける。が、王宮の煙に気を取られている間に鍵を掛けられたようで、全く開かない。

「っくそ!」

 ガンッとアシュは力任せに窓を蹴るが、頑丈に作られているのか割れない。ならば、と拳銃を取り出そうとするが、今日の恰好はいつもと全く違う。拳銃を持ってきていなかった。

 嫌な汗がアシュの背を伝う。

「フェリ、どうするっ」

「.....壊す」

「いや、今無理だって俺が蹴って見せたろ」

「俺とアシュじゃ、違う」

 フェリはきっぱりとそう言い、アシュを後ろへ下がらせる。それから短く息を吐き出し、拳を鍵近くの窓ガラスへ勢いよく当てる。

 パンッと小気味よい音を鳴らして、窓ガラスは粉砕された。ガラス片がフェリの腕を突き刺し、スーツの黒へ染みを作っていく。

「っなんで...」

 アシュは言葉を詰まらせる。渾身の蹴りを叩き込んだのに間違いないというのに割れず、何故フェリの拳だと割れたのか。呆けているアシュへ、フェリは痛まない反対の手で彼の額を軽く小突く。

「人間は自己防衛を無意識に働かせてしまう。それはアシュだって同じだ。でも俺は、」

 昔からそういうのを無視するように訓練されたから。

 フェリは薄く微笑み、そう言った。

「っそういうのっ、もう止めろ!」

 苛立ちを乗せた声音で叱りつけ、それからアシュはスーツの裾を捲り、傷の具合を診る。

 服の生地のお陰か、そこまで酷い傷は負っていなかった。その事実にアシュは安堵の息を吐く。

「もうするなよ」

「.....考えとく」

 肯定をしないフェリに、アシュはけっ、と吐き捨てるように言い、バルコニーから会場へと移る。


 死屍累々。喉から血を流す踏みつけられた死体が転がっていた。

「っフェリ」

「分かってる。アシュはリツとメィを探して」

「ああ」

 アシュはフェリの手を見て、それから人の少ない方向へと駆け出した。

 フェリは近くに転がっていた血に染まったナイフを取る。

「ふふ.....」

 その瞬間。


「ふは.....っ!」


 見ている風景が、鮮やかな物へと切り替わった。


 ズキズキと微かに痛む腕など、最早どうでもいい。目の前にある有象無象の人間達の命を奪う事しか、今の彼の頭にはない。

 背後から音もなく素早く近付き、下から上へと切り裂く。

 血飛沫に気を止めず、それへ気を取られている女の喉へナイフを投げた。甲高い悲鳴にゴポゴポという耳障りな音が混じり合い、それを鳴らしながら女は絶命。

 武器が無くなった彼を殺そうと、愚かな男はナイフ一本で突進して来た。

 フェリはそれを既に怪我をしている方の腕で防ぎ、突き刺さったのも構わずにそのまま相手を床へ叩きつける。それから腕からナイフを素早く抜き取り、男の心臓を躊躇いなく一突きした。


 明らかな敵の数の減り方に、ユラは口角を上げる。

「フェリさんっ!」

 仲間が気付いてくれたのだ、と。

「カヴィくん!」

「は、はい!」

「フェリさんに敵だと思われないように、気を付けてね!」

「はい?」

「あの人、こういう時に人が変わるからさ。君もちょっとは見たでしょ?彼の目」

 彼の目の事は覚えていない。ただ血に染まった彼の姿だけは、脳裏に鮮明に焼き付いていた。

「まぁ、気を付けて。私が出来る限りは守るけど、フェリさん相手に守り通せるかは、分からないから」

 嘘偽りを感じさせない、本気の声音。それ故に事実であると、カヴィは理解した。こくりと頷く。

「よし!」

 フェリが戦っている事を知り、俄然殺る気満々になったユラは、拳銃とナイフ片手に猛進を続ける。

 その二方向からの進撃に、老紳士の皺が深くなった。


「リツーっ!!」

 アシュは小柄な身体を活かして、襲って来る敵を流れるように躱していき、リツとメィの姿を目だけで探していく。敵を見つける目というのは、軍人時代の頃に養われた。今回はそれの応用である。

「アシュっ!」

 リツの声がアシュの耳へ届く。が、周りの敵の多さに彼の姿は見えない。

「リツっ!メィっ!」

 必死に彼らの名を呼びながら、声のした方向へと走り出す。

 その時前方から、パリンと皿の割れる音がした。

 目の前にいた男が、頭から血を流して前へ─アシュの立っている方向へ倒れてくる。

 それを跳び躱して、音を鳴らした張本人へ目を向ける。

「ふぃー、何とかなりました...」

「流石、メィだ!勇ましい格好良い!メイドの中のメイド!」

「何故でしょう。褒められてるのに嬉しくないです」

 むすっとした顔と口調で、小脇に数枚の皿を抱えたメィが、丸テーブルの上へ仁王立ちで立っていた。その丸テーブルの影に隠れるようにして、リツはメィへ声援を送っている。

 普通は男が女を守るべきではないか。

 一番最初に、アシュはそんな素朴な疑問を抱いてしまった。

 メィは皿を一枚水平に構え、そのままえいやっと投げる。それは綺麗なカーブを描いて、アシュの背後を狙っていた女の目元へ当たる。

 パンッと音が鳴って、女の目尻からどくどくと血が流れた。

「.....ありがとうな」

 その正確な狙いの定め方に驚きつつ、アシュはメィへ礼を言う。

「いいえ!全然問題ありませんから」

 メィは人の良い笑みを浮かべて、丸テーブルの上から次なる相手を睨む。

「リツ、何か武器ないかっ」

「ある訳ないだろ!俺は普通のパーティーだと思ってたんだもんっ!」

 一般的な答えに「だよな」と、アシュは半ば諦めて嘆息混じりに言う。

「こ、このナイフは駄目か?!」

 リツは床に落ちていた肉切り用のナイフをアシュへ見せた。アシュは首を振るう。

「攻撃力に欠ける。ンなもん使えねぇよ」

「じゃあこのフォークは?」

「痛い、ってだけで済むだろうが」

「スプーン!」

「フォークよりも弱いだろ」

「皿っ!」

「メィが使ってる。ただでさえ拳銃の扱いが上手くない俺が、無駄に投げても困るだけだ」

「じゃあ、グラス!酒も入ってるから酔っ払うかも」

「馬鹿か。使えないに決まってるだろ」

「じゃあ....、じゃあ.....、俺が持って来た拳銃っ!」

「俺は拳銃使えな.....、あ?お前今、なんて言った?」

「へ?」

 リツは少し考えて、

「......拳銃?」

「それっ!」

 リツはスーツの上着のポケットから黒塗りの拳銃を取り出し、替えの弾倉一つも一緒に取り出した。

「でもお前、命中率低いって」

「フェリとユラに比べて、だ。普通の軍人レベルには持ってるつもりだっての!見縊みくびるなよ」

 その拳銃を半ば奪い取り、動作を手早く確認する。

「殺ってやる」

 アシュは小さく呟き、メィの方へ視線を向けた

「メィ、援護する。十二人までなら殺れる」

「アシュさんの判断にお任せします!」

「っ了解」

 アシュとメィの共闘が始まる。

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