Episode.20 Shooting sound of the standing ovation.
毒に対する耐性は人よりはある。軍人として生きてきた年月は長いからだ。
だが耐性があると言っても、人がすぐに死ぬような量を盛られてもある程度の時間動いていられる程度の耐性なので、必ずしも全く効果が無い訳では無い。
平均よりもやや下回る身体の大きさであるアシュであれば、猶更身体への回りはフェリよりも早い。
「あー...、痺れる」
「.....大丈夫?...俺がもう少し早く帰ってれば、アシュ...、こんな事になってなかったのに。舞い上がってて.....、ごめん」
「.....いいよ、俺も悪かったし」
闇の深い世界でしか、生きていなかった。
そんな人間は初めて浴びる陽の光に、少しばかり心踊らせていたのかもしれない。自らの自覚のない間に。
アシュはふっ、と笑い、手すりにもたれかかる。
「俺も、舞い上がってたかもしれねぇから」
軍人として幼少期を生きてきた、昔から血生臭い世界しか知らなかったというのに。気付けば様々な世界の形を目にして、楽しくなっていた。
「...やっぱり、駄目だな。俺」
何もかもが──、人間としても欠如している。
「...そんな事ない」
フェリが強ばった口調で、アシュの目を見てそう言う。
「アシュは、駄目じゃない」
フェリには、それだけしか言えなかった。
心の底から思っていない言葉は、アシュはきっと求めていない。彼の求めるものはいつだって、フェリには与えられないものなのだから。だが、数年来の付き合いというのは阿吽の呼吸というのが生まれるもので、何が彼にとって今必要なのかは理解出来る。
けれど言ってしまえば、それだけの力でしかない。
「...アシュは、駄目な奴なんかじゃ.....」
ただただ覚えたての言葉をしきりに使う幼子のように、フェリはその言葉を繰り返すしか出来なかった。
「...フェリ、ありがとう」
口下手な事を理解しているアシュは薄く微笑み、未だ痺れの残る腕を何とか持ち上げてふわふわの髪の毛を梳く。
「ん」
フェリは嬉しそうにはにかみ、アシュが撫でやすいように頭を下げる。
それは至福の時であった。
「大分良くなった?」
「まぁ、さっきよりは収まってる。単なる痺れ薬だったみたいだな。ったく、何の為に盛ったんだか...」
アシュは眉間に皺を寄せ、考えに耽る。その答えはフェリにはよく分かっていた。
女装したアシュを見る周りの目。
狙いを見つけた狼のような、フェリの存在を邪魔だと睨んでくる目。
言い表せない不快感を、フェリはずっと感じていた。
だからこそ気を紛らわせる為に好物のプリンを探したし、アシュから離れればその視線から外れると思ったのだ。結果としてはアシュを危険な目に遭わせてしまったのだが。
「.....ね、アシュ」
「ん?」
ピタリと梳く手を止め、アシュはフェリの真剣な表情を覗き込む。
「アシュは、俺の
他の人間に渡して傷つかせたくない。
フェリのその言葉にアシュは息を詰まらせる。そして、返答しようとした。
その時だった。北の方角から銃声が鳴り、煙が上がったのが二人の目に映った。
「ユラ、知り合い...?」
「ほぉ、なかなかの男を侍らせておるでないか。どうやって捕まえたんだ、お前みたいな人間不信が」
老紳士は口元を手で覆い隠し、ふぉっふぉっと愉しげに笑う。
ユラの作り笑顔は変わる事なく、ただただ老紳士を見ているばかりだった。
「あの.....、ユラ」
「...この人は昔の仕事の上での上司だよ。情報の受け渡しの仲介人だった。そして──、」
ユラはカヴィの一歩前に立ち塞がり、そして言葉を続ける。
「この歓楽街一番の古株で、金に目がないここのオーナーだ」
それを合図とするように、周りの空気が一変する。カヴィは慌てて周りを見回した。
全員が食事を楽しんでいるように感じるというのに、その空気は重苦しく息が詰まりそうになる。
少しでも気を抜いたら、あっさりと殺されてしまいかねない。
「...大丈夫、カヴィくん。君を死なせはしないから」
そんな彼の心情を悟ったユラは、老紳士の目を見ながらそう言う。
「何ですか?〈涙雨の兎〉に用事があったんでしょう?リツさんが私達をここへ連れてくると予想して、貴方は彼へ招待状を渡したんでしょうから」
「流石、頭の回転の早さは随一だのぉ」
彼は満足げに笑い、それから白髭のある顎を撫でる。
「殺しじゃよ、お前らのな」
はっきりとした口調で、彼はそう言った。
「ころ.....っ!?」
「当然だろう坊主?"Knight Killers"という殺人鬼集団が殺されぬ道理はないわ。〈涙雨の兎〉には大分莫大な利益が引っ付いておる。この紫雲の館を再建してもお釣りが出るくらいのなぁ」
ガチャガチャと、周りから音が鳴る。ちらりと視線を動かすと、パーティードレスやスーツを着た男女が、各々の武器を持って待ち構えている。
「なら、この料理らにでも毒を盛ればいい。そうすれば私達は死んでたでしょう?」
「花を持たせる為さ。なぶり殺しは面白みがない」
「.....ふぅん、あっそうですか。この守銭奴」
ユラはへらりと笑いながら暴言を吐き、腰へ手を当てようとして──、それが出来ない事に気付いてその手を止める。
「...その口が聞けるのは今の内だけだ。ユラ、もう一度儂の手元へ戻って来い。そうすれば命は助けてやろう」
「.....願い下げ。私みたいな奴よりも、フェリさんやアシュさんみたいな人を生かした方が世の為だ」
「残念だな...」
老紳士は薄く笑み、こんこんと杖で床を思い切り叩いた。すると、手近に居る人間からユラとカヴィへ襲いかかる。
ユラは小さく息を吐き出し、軽く拳を握る。カヴィの胸倉を掴んで引き倒し、彼の背後から命を狙っていた男へ顔面パンチをお見舞いする。
それでふらついている間に、ユラはカヴィの手首を掴んで壁際へ向かう。
「自ら袋小路を選ぶとは...」
老紳士の言葉には耳も貸さず、ユラはカヴィへ目を向ける。
「カヴィくん、拳銃を持ってる奴を教えて」
「は、はい!」
ユラは忍ばせておいたナイフを片手でクルクルと回し、不意にそれを止める。刃の先は空へ向く。
「私はまだ夢を叶えてない。ここで死ぬ訳にはいかないんだよねっ!」
「前から四番目、右から五人目です!」
「了解」
カヴィの指示の言葉を合図に、ユラはナイフをその方向へと向けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます