Episode.19 The beautiful petal has poison.

 結果、ここにはプリンはなく、代わりにあるのは高級感溢れるゼリーやケーキばかり。飲み物も年代物のワインやシャンパンが種類毎に丸テーブルへ置かれている。酒を飲めない人用には、水と炭酸水のみが申し訳程度に用意されていた。

「何か飲む...?」

 心なししょげているフェリは、アシュへそう訊ねる。

「...そうだな。お前に任せる」

 分かった、とフェリは言って、適当なものを選びに、ふらりとアシュから離れて行った。

 アシュは近くの壁にもたれかかり、他の人間より少しだけ焦げ茶の髪の見えるフェリを目で追った。

 方向音痴の彼の事だ。アシュを見失う可能性は非常に高い。むしろ、絶対にやる。

 だからこそ、そういう場合になった際にすぐに助けられるよう、常に目で位置を確認した。


 フェリは辺りを見回して、どんな酒が美味いかを吟味しているようだった。

 別にアシュにはこだわりは無いので、何でも良いのだが、彼なりに思う所があるのだろう。

 そうしてのろのろとろとろしていると、一人の派手な厚化粧をしたピンクのドレスの女がフェリへ声を掛けた。

 フェリは目を丸くしつつも、身振り手振りで現状を説明しているようだった。

 すると、そこから堰切ったようにどんどんと華やかに着飾った女達がフェリの元へ集まってきた。

 戦闘時には狂気的な男へ変貌するフェリだが、元々顔立ちはよく、加えて女性相手には優しく接する人間である為、なかなかアシュの元へ戻って来れなくなっている。

 けっ、と思わずアシュは悪態を付いた。

 その時だった。視界の端にふらりと、一人の若い男が現れた。


「こんにちは、素敵なお嬢さん」

 お嬢さん、というセリフに無性に殴りたい衝動に駆られたが、アシュはにこりと微笑んで見せた。

「何ですか?」

 出来る限り女声に近くなるように、努めていつもより高めの声を出す。

 彼から漂う強い香水の匂いに顔を顰めそうになるが、長年の経験による猫かぶりの上級者プロであるアシュは顔を一切崩さない。

 にこにこ、と不快感を一切与えない人の良い笑みを見せてみせる。

「良ければ、ご一緒にどうですか?」

 男は手に持っていたシャンパンの入ったグラスをアシュへ差し出した。そこでアシュはちらりと、フェリへ目を向けた。彼はまだ女性達の相手に追われていた。

「.....お連れの方ですか」

「えぇ、まぁ」

「ですがあちらはあちらで楽しまれているようですし、僕らも遊んで良いと思いませんか?」

 あれのどこを見て『楽しんでいる』と評価出来るのか。困っている、の間違いである。

「...お生憎、お、.....私は貴方に興味無いのですが?」

「...それは残念です。ではこのシャンパンだけでも飲んで頂けませんか?貴方の為にウェイターから頂きましたから」

 胡散臭さにアシュは躊躇うが、ゆっくりとグラスに手を伸ばし、中身をこくりこくりと飲み干していく。

 そして、「ありがとう」と言って、そのグラスを男の手へ叩き付けた。

 パリンと小気味よい音が鳴り、男の手に細やかなグラスの破片が突き刺さる。

 周りの人間は男とアシュへ目を向けるが、「男女間のいざこざだろう」とそこまで注視せずに、自らのパートナーとの至福の一時へと戻っていく。

「っな、なんで..........」

「何で?お前、そんな事言える立場じゃないだろ」

 アシュはべーと赤い舌を出す。


ヤク、盛ろうとしただろ」


 その言葉に、男は額に冷や汗を流してアシュをただただ見つめるばかりだ。

「悪いな。昔の軍事訓練仕事の一貫で、こういうのの対処にゃあ慣れてんだ。この量じゃ効かねぇよ」

「アシュ、声と言葉」

 そこへ、ようやく華やかな女性達を振り切ったフェリが、アシュの元へとやって来た。

「.....ッチ」

 男はフェリをギロリと睨み、それから血の流れる手を押さえて人混みへと紛れていった。

「.....アシュ」

 完全に男の姿が見えなくなってから、アシュはフェリの身体へずるずるともたれかかる。

「っはぁ...、何とかバレてねぇか」

「流石アシュだった。で、状態は?」

「手足の痺れ。立ってんの、辛いくらいだ」

 ふーふー、と肩で息をしながら、アシュはへへっと自嘲気味に笑う。

「...外行こ。風に当たった方が良い」

「ん、連れてけ」

 アシュは手を動かすのも辛いのか、ぶるぶると細かく振るわせながらフェリへ手を向ける。フェリは優しくその手を取り、夜風に当たれそうなバルコニーへと向かった。


 その一部始終を、ユラとカヴィは同じケーキを食べながら見ていた。

 二人が食べているのは紅色のベリーケーキ。苺やブルーベリーがふんだんに使われた、高級嗜好品の一つである。

「いやぁ、フェリさんってば、格好良いねぇ。よくぞあのけばけばしい女達から逃げ切った!」

「アシュさん、大丈夫なんですか?ユラさんの読みだと薬盛られて、って」

「あくまでも見た感じ、だけどね。ま、アシュさんも伊達に軍人出身じゃないから、ある程度の対処出来てると思うけど」

 何でもないのように、ユラは微笑んでケーキの最後のひと切れを口へ運んだ。

「ふー...美味しかった!もう一皿貰ってこよ。カヴィくんは?」

「まだあるんで大丈夫です。ユラ、よく食べるね」

「他人の金で食べる飯は非常に美味しいからさ!」

「理由が酷い」

 カヴィのツッコミにユラがへらりと笑い、ケーキの置いてある丸テーブルへ向かおうとした、その時だった。

 どん、とユラが走って来た若い男とぶつかり、

「っとと」

 身体のバランスを崩してしまう。

 ユラは誤ってカヴィではなく、その横にいた老紳士の肩を持った。


 その瞬間、老紳士が使っていた杖がぶんっと空気を割くように動く。

 ユラはそれをまるで見切っていたように、腰から万が一に備えていた拳銃を首筋へ付ける。が、それより早く老紳士の杖はユラの首元を狙い澄ましていた。

「振り向きざま、その初速では手練相手には通用せんぞ」

「...誰もこれだけとは言っていませんよ」

 こつん、とユラは空いた手で頭を叩いた。

「今の貴方の年齢ならば、頭突きで脳震盪を起こしやすいでしょ?」

 ユラの言葉に紳士は心底愉快そうに笑った。ひとしきり笑い終えると、紳士はユラの前髪の奥に隠れる双眸を見据え、愛おしいものを見る目付きで微笑んだ。

「久しいな、ユラ。また別嬪なお嬢になったなぁ」

「お久しぶりです、頭領ドン

 ユラは恭しく頭を下げ、その不敵な笑みに負けじと微笑み返した。

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