Past.A The mask man hides the true character.

 軍事学校にいた頃から、成績は悪くなかった。可もなく不可もなく、普通くらい。

 ただこの社会でのし上がるには、俺の身体はどうにも小柄らしく、それ故に他の脳筋共に目を付けられて俺へ群がってきた。



 ので、真っ先に自分より大きい人間を倒す術を身に付けた。


 人を殺す事に大した躊躇いの無かった俺は、だんだんと成果を上げた。

 故に、優等生として周りに評価されて、それに似合うように俺も優等生として振る舞った。

 それが功を奏してか、ここよりも前線に配属された。


 結論から言えば、悪くはなかった。

 カモにして来ようとする人間もいなかったし、前線の方が楽しいと思っていたし。

 ..........ただ、一つ挙げるとすれば。


「本日付けで配属されました、軍医兼兵士のアシュといいます。よろしくお願いします」

 俺の自己紹介の時に、端の方で壁に寄りかかって寝ていた長身の男の事だ。


 俺の自己紹介を聞かなかった事に関しても少し苛立つが、見るからにとろそうだった。

 すぐに死にそうな男だ、と直感で思った。

 だから個人的にあまり彼と関わらなかったのだ。

 俺は、どうせすぐ死ぬような人間とわざわざ深く関わろうとする人間じゃあなかった。


 そんなこんなで数ヶ月過ぎた頃。俺は初めての非番を貰った。

 新しい場所に慣れる為に、ほぼ丸々一ヶ月間ぶっ通しで働いていただけに、身体のあちこちが疲れていた。

 ふわ、と欠伸をして廊下を歩いていると、外の広場の景色が見えた。

 部屋とはまた違う、温かさを感じる陽射しの広場が、俺には魅力的に感じた。

「.....外で寝るか」

 裏口から外へ出て、昼寝に良さそうな場所を探していた。

 そもそも訓練所と戦場と部屋での行き来しかしていなかったので、周りの事はよく見ていなかった。


 それもあってキョロキョロと観察しながら歩いていたせいで、足元を見るのを疎かにしてしまっていた。

 とん、と何かにつまづく。

「す、すみません.....」

「ん.....んん...」

 その呻く声に、聞いた覚えがあった。


「いや別に...」

 地面に転がっていたのは、あの男だった。

 同じ隊に居る為、彼の名前や成績は嫌でも知っていた。

 戦場に立てばその場に立つ敵はなし。成績は誰よりも高い、子どもの頃から教育されていたという噂も聞く。

 殺戮人形の異名を持つ男。

 フェリ。


 何となく、彼の眠そうな瞳を見て、俺はすぐに距離を取ろうと、矢継ぎ早に言葉を繋いだ。

「本当にすみませんでした。それでは」

 その考えは見事に正解だったようで。

「ねぇ、俺と手合わせしてよ。アンタ強いんだろ?」

 面倒事に巻き込まれる事となった。


 フェリはその噂に恥じぬ程に強かった。

 拳の出し方、蹴りの繰り出し方。

 年齢は俺と大差ない筈なのに、動きが歴戦の戦士のようで、他の人間との格が違い過ぎる。

 彼の拳が振るわれる度に、俺がそれを躱して次の一撃を叩き込む度に、彼は「ひひ」と喉の奥から笑う。

 緑の瞳はカッと見開いており、口元は薄く笑んでいる。

 その表情はまさに、『戦闘狂』という言葉が似合う。


 でも、俺も伊達に俺よりガタイのある背の高い人間を打ち倒していない。

 伸ばされた手を素早く持ち、そのまま背負い投げる。

 倒れたフェリは目をパチパチさせながら惚けていて、俺の顔をじいっと見た。

「.....俺、投げられたの、初めて」

「そうですか、それじゃあ」

 俺は早急にその場から離れたくて、手を離して来た道を戻る。


「.....ねぇ、疲れない?」


 その足を止めた。それが何を示しているのか、『優等生』はすぐに察しはつく。

 今まで、俺の猫かぶりがバレた事は無かった。なんで今しか会話した事ないような人間に、あっさりバレたんだ。

 でも、何故だか悪い気はしなかった。


「.....疲れるに決まってるだろ、クソ野郎が」


 俺のまんまの言葉を聞いて、フェリはまた目を丸くした。でも、元々の面識が薄いせいか、それ以上の事は何も言われずに俺へ手を差し伸ばしてきた。

 俺はそれを手に取る。

「...ほら、早く起きろ」

「っん」

 フェリの身体を起こし、俺とフェリの視線がかち合う。

「あ、名前言ってない」

「知ってるからいい。お前も俺の名前知ってるみたいだし」

 こうして、俺とフェリは知り合いから友人になった。


 フェリは凄い軍人だが、関わりを持って分かった事は、他の人間が持っている普通を一切知らないのだ。


 読み書きも知らないし。

 生への執着も知らないし。

 食い物にしても、そもそも菓子という物を知らなかったし。

 でも、当たり前を知る度に楽しそうに瞳がキラキラする。

 それが面白くて、俺は色々教えてやった。


 その内にフェリ一人で特殊部隊を作る話が出ている事を、俺は耳にした。

 それを聞いてすぐ、俺はフェリの部屋へ駆け込んだ。

「おい、フェリ!」

 特殊部隊の編成の話はどうなんだ、と。

 彼は悪びれる素振りもなく、淡々と言った。引き受けようと思う、と。

「は?」

「だってアシュが危険な場所に行かなくて済むし。俺は、全然、大丈夫」

「何だよ、それ」

 フェリによると、俺が特殊部隊としてフェリと二人で出る話があったらしい。

 だが、どう考えても二人で敵陣に突っ込んで生きていける程、ここは甘くなどない。

 一人なら、尚更なのに。

「...馬鹿だろ」

「でも、アシュには生きてて欲しいからさ。...初めて出来た友達だから」

「っふざけんなよ!」

 俺は怒りに任せた言葉と共に、思い切りフェリの頬を殴った。

 フェリは目を瞬かせて、殴られた頬を擦っている。

「誰がお前一人にするかよ、阿呆!少しくらい頼れ馬鹿」

「........ごめん」

 俺の剣幕に驚いたのか、フェリは小さく呟くように言った。


 俺は直感する。

 このままフェリは軍に所属したまんまだと、こいつは殺されてしまう。

 敵にじゃなく、味方の策略によってこいつの命を奪われてしまう。

「ここに居ても、あれだな。フェリ、紙とペンある?」

「あ、あるけど...」

 フェリは机からペンと紙を出した。

 俺はそこへ、『こんな所辞めてやる』と書き殴って折り畳み、フェリと共に上司の元へ歩いて行く。


 一応そいつと直談判するものの、意味はなし。

 俺は上司の顔に退軍届を突き付けて、フェリと一緒に軍から出た。


 行く宛も何をするとも無かったけど、こいつと一緒なのは楽しかった。

 戦場を駆けている時には気付かなかったが、実はかなりの方向音痴だという事も知れたし。

 南地区にやって来た俺とフェリは、俺の昔からの友人であるリツに世話になる事にした。

 お気楽能天気な奴だが、いい奴だ。

 この腐りきった世界を、狂いに狂って楽しんでる節はあるが。


 彼から仕事を貰い、リツの酒場の空いた二階で生活する事になった。


 酒場での仕事は、戦場に比べると味気なくてつまらないが、これが普通なんだと考えて働いていた。

 その内にうずうずしていた。剣を握り慣れていた手が、拳銃を持ち慣れた手が。

 それは日を重ねる毎に強く、俺の心を殴り付ける。

 素直になれと、喚く。


 そんな日々の中である日、フェリが俺へこう切り出してきた。

 "Knight Killers"をやりたい、と。

 その職業に対してはよく知っていた。何でも屋よりの殺し屋。

 フェリの口から語られる事は、俺が今まで考えていた事と似ていた。

 すっかり失念していたが、そうか、その仕事が確かにまだあった。

「フェリ、お前さ.....。折角人を殺さなくても生きていけるようになったのに、またやるのかよ?」

 俺の口から溢れる建前。

「.....そうだけどさ」

 フェリはそんな建前にも気付かず、口ごもってしまう。

「.....分かったよ、フェリ。やってやろうぜ」

「っいいの!?」

 何もかもが、俺の建前でしかない。

 フェリへ罪を擦り付ける為の言葉だ。

「俺はいいよ。お前がやりたい、っていう事あんまり無いからな」

 俺は笑ってフェリに応えた。フェリは嬉しそうにはにかむ。

 純粋無垢な彼は、俺のドロドロした気持ちなんて一生気付かないだろう。


 あぁ、きっと。

 俺達は戻れない、一線を越えた。

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