Episode.18 Each expectation doesn't cross.

 六人はリツの案内の下、パーティー会場である紫雲の館へとやって来ていた。


 紫雲の館。それはこの歓楽街の頭領ドンの持つ婦女子達を集める為の屋敷である。

 豪華絢爛を具体化したような紫塗りの館は、色彩に富んだ歓楽街の中でも随一の奇抜さと大きさを誇り、周りから一目置かれている。


 そんな人間と何をどうやって知り合いになり、招待券を得られるまで親しくなれるのか。

 ただの自称イケメンバーオーナーの顔の広さは凄まじいものがある。

「よし、ちょっと待ってろー」

 リツはごちゃごちゃと胸ポケットを漁ると、封筒を取り出す。それを黒塗りの門の前に立つ、いかにも護衛者な厳つい顔の男へ、気さくな笑みと共に手渡した。

「よろしく頼むよ。友人は好きに入れていいって言われたからさ」

「..........合言葉は」

 唐突に、厳つい顔の男はリツへそう言い、眉を顰めた。

 リツは笑みを固めたまま、男の目をじいっと見ていた。

「.....おい」

 それに耐えられなくなり、アシュが片肘でつつく。


「.....さぁてねぇ」


「「「「「っ!?」」」」」


 その言葉に、一同が息を飲んだ。

 いけしゃあしゃあと、リツは『知らない』と答えたのだ。

 全員が驚いてリツの背中を睨んでいると、厳つい顔の男は身をずらした。門の入り口の横へと。


 それはつまり、入れるようになったという事である。


「...どういう事.....?」

 リツはニッと笑って五人へピースをする。

 どうやら、元々合言葉に関しては知っていたようである。

 アシュからえも言われぬ殺気を感じたユラだが、何も言わずに黙認しておいた。


 そのまま中へ入ると、外から見るだけでは実感出来ない豪華さを一同は目の当たりにする。

 紫色の石で作られた噴水が対称的に置かれ、天辺の噴水孔から薄紫色の水を噴き出している。その周りは色とりどりの薔薇の茎、地面には薔薇で玄関までの道が作られている。

「.....凄い」

「いやぁ、金持ちは違いますねぇ!ここまで権力を押し付けてくるとは、いっそ清々しいです」

 ユラは嫌味を丁寧に混ぜ込みながら、淡々と言い放って見せた。

 カヴィはキョロキョロと辺りの絢爛を見回しながら、隣に並ぶユラの肩に触れる。

「.....何でここはこんなに金を持ってるんですか?」

「あ、そうか。カヴィくん、知らないもんね」

 ユラは「教えてあげる」と言って、いつもより幾分か落とした声量でカヴィへ説明していく。


 ここのオーナーは歓楽街を設立するにあたって尽力した、歓楽街きっての古株なのだという。

 故に、ここに店を構える者、あるいはここを根城とする者は、彼へ上納金を捧げなければならないという規則を作り、それを強要した。それが歓楽街に店が集まり出して数年後の事。

 上納金を出さなかった者の末路は、この歓楽街の人間であれば、誰もが知っている。

 "Knight Killers"による暗殺。この一点である。


「何度か、そういう依頼受けてるんだよねー、私達。その度に依頼金を受け取らない代わりに上納金免除なのさ。そもそもリツへ払う家賃にも、上納金込みで払ってるし」

「じゃあ、フェリさん達はお知り合いって事...?」

「顔見知りではないかな。ここの爺さんは変人なんだよ。いっつも誰かを雇ってそいつに仕事の依頼をさせるの。.....まるで、自分の姿を誰にも見せたくないみたいだ」

「だからこそ、リツにあの爺さんが招待券を渡した真意が分からねぇ」

 二人の会話を聞いていたらしいアシュはそう言い、リツの背中を睨んだ。

 その視線に気付いたからかは分からないが、リツはタイミングよく後ろを振り返り──、アシュを小馬鹿にするようににんまりと笑んだ。


 アシュが拳を固く握り締めた時、玄関がゆっくりと開き始めた。

「.....凝ってるなぁ」

「流石金持ち」

「.....わぁ...!」

 玄関が開くと共に六人の目に飛び込んで来たのは、赤いカーペットの敷かれた床と煌びやかに照らすシャンデリア、そして華やかな衣装に身を包んだ老若男女が、ワイングラス片手にパーティーを楽しんでいた。

「...ここ全体がパーティー会場ってわけかー。やっぱ凄ぇな、頭領ドン

 感心するようにアシュは周りを見た。その腕をフェリが取る。

「何...「俺の近くに居て」...は?」

 フェリは真剣みを帯びた声音で、アシュの目を見た。アシュはその目の色に気圧されるように、ゆっくりこくりと頷いた。

「...じゃー、こっからは別行動って感じで!ほら、メィ」

「ちょ、勢いよく引っ張らないでくださいよ、マスター!」

 メィの手首を引っ張りながら、リツは人混みの中へと消えて行った。

「じゃー、カヴィくん。私らも行きますかぁ?」

「え、フェリさんとアシュさんは」

「二人は二人。私達は『お邪魔』でしょ」

 ふふ、と含み笑いをユラはして、カヴィの腕を取ってリツ達の後を追うようにして二人は消えて行った。


 残された二人は、ただただ喧騒をぼんやりと眺めていた。

「.....何か、食いたいのあるのか?」

「プリン」

「即答かよ」

 煌びやかな装飾の数々を目の当たりにしつつも、フェリは変わらなかった。アシュはフェリに分からぬよう小さく笑み、

「よし、じゃあプリン探しだな」

「うん」

 そのまま歩いて行こうとするアシュを、フェリは慌てて引き止めた。その理由が分からずに、アシュは怪訝そうに眉を顰める。

「転けたら、危ないから」

 アシュはそこで改めて、今日の恰好がいつもと違うのだと認識する。

 差し出された手を取り、何故だかふと懐かしさを覚えた。

「.....どうしたの?」

 フェリが不思議そうにアシュの顔を覗く。アシュはくすりと笑って、

「...俺が手を引いてたのにな」

 フェリはアシュのその言葉に僅かに口を動かして──、それから「そうだね」と優しく言った。

「よし!行くか」

「ん」

 フェリの背中を見てそれから手を見て、アシュはただただ微笑んだ。

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