Episode.17 Party by a strange human being.

 そして、その日はやって来た。


「...マジでやるんだよな」

「マジでマジで!」

 アシュはユラの部屋で座り込んでいた。その部屋の隅には、すっきりとしたユラの部屋を物珍しそうに見渡しているメィが立っている。

 ユラの布団の上には、今からアシュの着るドレスが置かれている。

「ほら!男性陣も着替えてるから、アシュさんもさっさと済ませましょ?」

「俺も男だ!」

 アシュはそう言って二人をじとりと睨んだ。


 ユラとメィは、既に衣装を身にまとっている。

 ユラはワンピースのようなふんわりとした白いドレス。腰の辺りには色みを出す為か、淡い赤色の薔薇があちこちに小さくあしらわれたベルトをしている。

 相変わらず前髪が長い為、幽霊のような雰囲気を醸し出していたものの、今はアシュをしっかりサポートすべく、ピンで前髪を留めている。

 それ故に、彼女の美しさは際立っていた。

 メィはいつものメイド服に似た、白と黒を基調としたゴシック・アンド・ロリータのような衣装を着ている。メィ自身が選んだ訳でなく、リツからの提案なのだそう。

 彼の美的センスが凄いのか、それさえも似合ってしまうメィが凄いのか。

 何れにせよ、あまり違和感はない。


「さっ!アシュさん!やってやりましょうね!」

 ユラは晴れやかな笑みと共にそう言い、アシュの脳内には厚い雲が現れた。


 一方、フェリとアシュの二人部屋では、フェリとカヴィ、リツがスーツに着替えていた。

「あーもう!ネクタイくらい自分で締めろよ!」

 リツは頬を膨らませて、固結びになっているフェリのネクタイを解いていた。


 接客業をこなすリツは、日頃からネクタイをしている人間や、また自身も時折ファッションの一貫としてネクタイを締める事がある為、卒なくこなしていた。

 また全く外に出る事のないカヴィだったが、流石有名な会社の社長の息子と言うべきか、一通りのドレスコードに関する学習はきちんと受けていたようで、所々で少し手間取りつつも、何とかネクタイをする事が出来た。


 困ったのはフェリである。

 一切そういった知識のない彼は、スーツなど勿論着用した事などなく、自分の事で四苦八苦しているカヴィの代わりに、リツが一からフェリの手解きをしていた。


 フェリはリツの手つきを睨みながら、溜息を吐き出す。

「.....む、難しい」

「慣れれば楽勝だって!それより今日はお前が待ち兼ねた日なんだから、楽しそうにしろよ」

 当然の事をリツに言われ、フェリは小さく頷いた。


「っ出来ました!どうでしょうか!」

 そこへ、カヴィはリツへ何とか着付けた黒のスーツ姿を見せる。

 リツは手際よくフェリのスーツを整えつつもカヴィへ視線を向けて、頭の先から足の先まで間違えがないか最終確認をする。

 ここは流石飲食店経営をしてるだけある、と言うべきだろうか。同時に複数の別事象をこなしているのに、彼の頭は至って冷静そのものである。

「よし、問題ない!」

 リツは口角を上げ歯を見せて微笑み、カヴィはそれに対して後ろ頭を軽く掻いた。

「ほら、お前も。出来たぞ」

「.....おー...!」

 フェリはぺたぺたと自分の身体に触れ、スーツの質感や首元の締め付け具合などを確かめる。

 そしてポツリと、

「自分が着てるとは、思えない」

「いや、着てるからな」

「こんなの着た事なかったから」

 フェリは自嘲気味に笑った。


 数年前の自分はこんな風になると想像していただろうか。否、決して想像しないだろう。

 昔の彼の想像など──、どうやって一人で複数人を殺すか。それだけだろう。


「.....楽しみになってきた」

「そっか!それなら誘いがいがあるってもんだな!」

 リツはフェリの笑みを単純な楽しさから来るものと受け取り、他にも修正すべき点があるかどうか、隈無く確認していく。

「完璧だな、流石俺」

「自分で言うと格好悪いですよ」

「うるせぇなぁ、カヴィ。こういうのは自画自賛してこそ花になるんだよ!俺の場合のみな!」

 トンデモ理論を口にするリツを、フェリとカヴィは真顔で受け流した。


 三人がリビングへ向かうと、既に女性陣はソファで寛いでいた。

 リツは開口一番、少しばかり震えた声音で、彼女へそう言った。

「.....化けるもんだな」

「うるせぇ、殴るぞ」

 彼女─アシュは、軽口を叩くリツをギロリと睨み付けた。


 アシュはワインレッドのイノセントドレスに白色のファーを肩に乗せている。黒の靴はそこまで高さもなく、歩きやすさを重視しつつもお洒落な雰囲気を醸し出していた。

 元の顔立ちの良さも相まって、美女である。


「似合う」

「嬉しくない」

 膨れっ面でアシュはフェリを睨む。

 フェリは苦笑いして、アシュの耳元に近付く。


「ありがと」


「.....おぅ」


 そんなフェリとアシュのやり取りを小耳に挟みながら、ユラはその声が他に聞こえないようにかつ話の流れを変えるべくパンと手を叩いた。

「さてさてさて!それでは向かいますか!」

「そうだな!.....にしても、メィも似合うなぁ!ゴシック・アンド・ロリータ、可愛い!!やっぱり俺の見立ては間違って無かったかっ!」

「.....恥ずかしいから、やめてください」


 バーのオーナーは、店員の娘の手を取って、

 元軍人で現殺し屋の男は、女装をした古くからの相棒の先導をし、

 元情報屋の女は、世間を知らない青年の様相を褒めた。


 何とも奇天烈な組み合わせの彼ら六人は、〈堕天使〉からパーティーの行なわれた会場へと、その足を向けた。

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