Episode.16 I lose you in a dream many times.

「ん...」

 フェリはゆるりと目を開ける。

 何も無い真っ暗闇の空間に、彼は居た。

 それだけで彼はあぁ、と思い出すように納得した。ここは夢の中である、と。

 数ヶ月に一度のペースで、彼はこのような夢を見る。否、見させられているという言葉がしっくりくる。

 何故ならば。


 夢の中の彼は、ただただ見ている事しか出来ないからだ。


 フェリの目の前には『フェリ』が居た。まだ若い、十代半ばの頃の自分。その目の前には凍てついた視線を『フェリ』へ向ける、『アシュ』が居た。彼もまた、若い頃の見た目に戻っている。

 『フェリ』は手に持つ剣の切っ先を『アシュ』の首元へ向け、嘲笑うかのように口角を上げた。歪んだ笑みだ。

 『アシュ』の口が微かに動き視線が交わると、『フェリ』は『アシュ』を斬り殺す。

 鮮血が黒い空間を塗り、彼の呼吸だけが音の無い空間に谺響こだまする。


 それが終わると、また最初からこの映像は始まる。

 終わりのない、夢の世界だ。


 目を閉じたくても、どうしてか閉じられない。

 『アシュ』を助けに行きたくとも、身体はちっとも動こうとしない。


 嫌な夢だ。

「.....フェリ」

 死にかけの彼の口から零れるのは、いつだって。

「........フェ...リ」

 フェリの名と、それを紡ぐ度にごぽりと零れる血液のみだ。




 目を開けると、年季の入った飴色の木目が目に飛び込んだ。

 少しして、ここが自分とアシュの部屋にある自分のベットだと理解する。理解して──、首を捻った。

「.....あれ?」

 記憶を辿る。

 リツとカヴィと一緒に〈堕天使〉に居た記憶は持ち合わせているが、そこから何故ここにいるのかが思い出せない。

 こういう時は、決まってフェリは酒を飲んでいる場合が多い。経験則から、フェリはアシュがここへ運んでくれたのだろう、と頭を働かせる。

 働かせると、頭痛がした。二日酔いとすぐ分かる。

「.....また、怒られるな」

 そんな事を考えると、不意に苦笑いが込み上げてきた。

「...さて」

 ゆっくりと立ちくらみを起こさないように立ち上がり、そのままのんびりとリビングへと向かった。

「.....あ?起きたか」

 アシュはキッチンに立っていた。

 やかんの水を沸かしており、その横にはフェリとアシュそれぞれ専用のマグカップが二つ、並べて置かれていた。

「.....おはよう」

「今、夜の七時だぞ。五時間おやすみだったなお前」

「...そりゃどうも。カヴィとユラは?」

「二人は〈堕天使〉で働いてる。それが家賃に充てられるらしいぞ」

「助かるな。後でお礼言お」

「まず俺に言う事あるだろ?」

 ん?、とアシュは得意げに微笑んで、フェリへ訊ねる。フェリは少しだけ目を丸くしてからはにかんで、アシュへ近付いた。

「...アシュ、いつもありがとう」

「.....ん、許す」

 アシュは満足そうに微笑み、やかんがカタカタ鳴り出したのを聞いて、火を止める。

「.....何飲むの?」

「熱燗」

「...............」

「冗談だってーの、紅茶淹れるんだよ」

「俺も欲しい」

「そう言うと思って、二つ用意してんだろ」

 アシュは得意げに笑み、コンコンとコップをつついた。

「じゃあ俺はパックを出すね」

「おー」

 フェリとアシュは手際よく紅茶を用意していく。


 そして、二人はソファに並んで座り、熱々の紅茶を啜る。

「美味しい。アシュは上手いよね、料理」

「お前がやらなさ過ぎなんだよ。少しでもやれば上達するかもしれねぇってーのにさ」

 アシュは呆れたようにそう言い、「あちっ」と小さく声を上げて肩をピクッと動かす。

「大丈夫?」

「っちち...。ん、大丈夫.....」

 ちろりと舌を出して、熱を冷ますように何度か扇ぐ。それからアシュは夕刊を手に取った。

「...何て書いてあるの」

 あまり文字の読めないフェリは、アシュの肩へ顎を乗せて新聞の暗号のような文字を睨む。

「.....俺達がパーティーに参加する日に、王宮でもパーティーだとよ。随分と王様ってのは羽振りがいいんだな」

「.....殆どお飾りみたいなもんでしょ?だってこの人、俺達とそんなに変わらないでしょ年齢とし


 ニコールディア王国の国王は、十数年前に行なわれた〈鬼狩り〉によって反対派が生まれ、彼らに殺されたとされている。

 『されている』という言葉を使うのは、詳しい死因を民衆が知らないのだ。

 それから、彼の息子であるナツ王へと政権が移り変わり、Knight Killersは活発に動くようになった。

 平たく言えば『舐められている』のだろう。

 その動きを抑えるべく、今回のパーティーが行なわれるのかもしれない。


「.....アシュ?」

「...んぁ、悪い。ボーッとしてたな」

 アシュはぐしゃぐしゃと自身の黒髪を掻いた。

「.....やっぱ、アシュ、パーティー止めとく?」

「..........あ?」

 フェリは少し寂しそうに目を伏せて、そう言った。

「いや.....。あの時は周りの雰囲気に流されて言ったのかもしれないから。アシュが嫌なら、止めるってリツに言ってもいい...よ」

 もじもじと、効果音を付けるならばそういう感じだろうか。

 アシュは小さく溜息を吐き出し、コップを机に置いた。

「..........馬鹿野郎。お前は行ってみたいんだろ、パーティー」

「.....そりゃね。行った事ないし、見てみたい好奇心はある」

「なら、いいよ協力するさ。お前はお前の好きなようにしたらいい。俺も俺の好きなようにするから」

 アシュはしょげた顔のフェリへ笑いかけ、額の髪の毛を梳くように掻いた。

「.....アシュが」

「...なに?」

「アシュが自分の事がどうでもいいみたいで、嫌だなって思ったから」

 それだけ、とフェリは言って、アシュの肩に顔を埋めた。

 フェリの脳内にはいつもの夢がこびり付いていた。彼の血を吐きながら告げる言葉も、酷く耳に付いている。


 手放したくない、大切な相棒だから。


 嫌な事はしたくないし、自分の気持ちで振り回したくなどない。

 改めて彼の口からそう聞き、フェリは小さく安堵の息を吐く。

「満足したから、いい」

「.....よく分かんねぇけど、それなら俺もいい」

 お互い、ふふと笑い合い、紅茶を同じタイミングで飲み干した。

「アシュは優しいな」

「俺のセリフ」

 そこからまた、まったりとした雰囲気がリビングを包み込んだ。

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