Past.F Lonely murder mechanical doll.


 記憶がある頃には、親や兄弟というものは存在していなかった。

 だから、俺には親という物がどういうものなのか分からないし、無償の愛なんていうものは縁遠い言葉だった。


 幼少期の記憶は、同い年くらいの十数人の子ども達と一緒に、髭を蓄えた軍人にしごかれていたものばかり。

 他の子に比べて、俺は物覚えや能力値が高かったみたいで、そいつによく褒められていたと思う。

 それが他の子達から疎ましく思われている理由で、仲間外れになる原因である事も、子どもながらには理解していた。

 でも何も言わなかった。

 彼らには仲間という縋る物があるが、俺には軍人に褒められるという事以外には何もなかったんだから。


 ただただ認められる為に、俺は殺し方を学んだ。

 早く殺す方法。狙いを正確に定めて、躊躇いなく引き金を引く方法。ナイフで仕留める方法。急所を捉える方法。

 感情を知るよりも先に、文字よりも先に。

 強く、強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く。


 気付けば俺と一緒に頑張っていた子達は誰もいなくて、俺は軍隊という名前に縋る以外に、生きていく方法を無くしていた。

 それを手放したらもう、俺に残るものなんて何も無いんだから。

 だから、俺は軍に務める事にした。


 大人の中に混じっても、俺は他の人よりも成果を出した。

 他の人達は子どもの頃からしごかれていないから、そこで大きな差が出ていたんだろう。


 子どものくせに。生意気だ。

 よく罵られて、蹴られて殴られた事も覚えてる。

 でも、やり返しはしなかった。面倒だし。

 そう思って無視していたら、やがて扱われなくなった。


 まるで、俺という存在がいないように。


 別に良かった。小さい頃から一人には慣れていたし。


 寝て起きて、飯を食って、罪があるのかどうかも分からない敵を殺して。

 それをしていれば、少なくとも生きていけるから。


 そうやって数年は過ごしていたある日。

 非番だった俺は、軍の基地の広場でひと眠りしていた。

 いつも通りの暗い階段を歩いていた夢は、蹴られた衝撃に覚めてしまった。

 目を開けて見上げると、『まずい』という顔をした赤縁眼鏡の小柄な男。

 僅かに瞬いて、俺はその人物が誰であるかを理解した。


 彼の事は知っていた。

 ここへ配属される前から優等生として有名で、有能な軍医であるにも関わらずに、剣を用いて特攻する戦いをする。その場所に死体と赤い血だまりを大量に作り、刀や身体を赤く染める程激しい戦い方から、軍鬼と呼ばれている男。

 アシュ。


「す、すみません.....」

「いや別に...」

「本当にすみませんでした。それでは」

 向こうは申し訳なさそうに顔を顰め、さっさと離れて行こうとした。

 そのまま行かせても良かったのに。


 俺は、


「ねぇ、」


 引き止めた。








 それから、俺はアシュと行動を共にするようになった。

 アシュの他人に対する仮面かぶりっぷりには驚いたものの、元からの面識が薄かったので、特に面食らう事もなかった。



 彼からはたくさんの『普通』を教わった。

「それ何、アシュ」

「はぁ?お前、プリンも知らねぇの?」

嗜好品お菓子なんて食わねぇもん」

「食い気より眠気か...。.....ほらよ、一口やるよ」

「っ!いいの、アシュのなのに」

「良いって言ってる内に食わねぇと、食べさせねぇぞ」

「食べる」

 甘い物が美味しい物だって事。


「新聞読めるのか」

「普通だろ、どうした?」

「俺、文字読めないから、凄いなって」

「...今までどうやって記録書書いてたんだよ」

「口頭」

「面倒臭いな、それ」

「でも分かんないから」

「.....はぁ、教えてやるよ。上手くねぇと思うけど」

 文字の読み書きが知識の幅を広げてくれる事。


「おい、いつまで項垂れてんだ、帰るぞ」

「足痛い.....。動きたくない」

「死ぬだろうが、いつまたここに敵が来るとも知れないのに」

「別に.....。死んでもいいとは思ってるから。自分は生きたいと、思えてないし」

「..........馬鹿」

「痛っ?!」

「餓鬼か、お前。...俺は、お前の手を引いて帰れないんだから、自分の足で歩いて来いや」

「.....っ」

「その為の、居場所くらいにはなってやっから」

 俺の帰る場所に誰かが居てくれるって事を、友達と約束する温かさを。



 アシュは優しくて、俺に色々教えてくれるから、毎日が楽しくて仕方なかった。

 でも、そんな日々も終わりを告げる音が鳴る。


 俺一人を特殊部隊として編成し、戦場で戦えと命じられた。

 かなり前から出ていたらしく、今回は敵の殲滅の為に俺を押し出す事になったらしい。

 まぁ、俺とアシュの二人で特殊部隊の案も出ていたらしいが、俺以外には優等生を演じ続けていたアシュは、軍にはまだ必要人材とされていたらしい。


 俺は、引き受けてもいいと思った。

 それでアシュがいい所に就けるなら、別にいいと思ってた。

 でも、アシュはそう言った俺を殴り、紙に何かを書き殴って、それを持って上司の元へ行った。


 アシュは必死に、俺の為に抗議してくれた。

 でも、上の決定は変わらない。


 だからなのか、アシュはにこりと優等生らしく笑って、二つの封筒を突き付けた。

 退軍届、と書かれているそれを、上司は酷く驚いているようだった。


「フェリを使い勝手の良い人形だと思ってんじゃねぇよ、クソ野郎共が」


 顔立ちの良いアシュは綺麗な笑みで中指を突き立て、俺の手首を掴んでさっさと部屋から出て行った。

 あの時の驚いていた上司の顔に、俺は初めて「ざまぁみろ」と思った。


「はー、とりあえずどうするかな」

 荷物をまとめながら、アシュはぼやく。

「...俺は、アシュに任せるよ。お前の居る場所が俺の帰る場所だから」

「っ.....。ふん」

 二人でくすくす笑いながら、俺達は軍隊を後にし、ここから離れた場所に行こうという事になって、国の南地区に拠点を構える事にした。


 そこでアシュの友人であるリツに出会い、彼の酒場で働く事を条件として空いていた二階を使わせてもらえる事になった。

 最初は仲良くなれるか心配だったけど、リツは気さくで明るい人間で、アシュとはまた違う感じで友達になれた。


 その内に、"Knight Killers"という職がある事を知った。

 外の情報をあまり知らなかった俺は、軍以外に人殺しの仕事がある事に驚いた。

 人の命を奪うには安い値段で、仕事は回っている。

 でも、この腕が役に立つのかもしれないとは思った。

「.....ねぇ、アシュ」

 その考えを、俺はアシュへぶつけてみた。

「フェリ、お前さ.....。折角人を殺さなくても生きていけるようになったのに、またやるのかよ?」

「.....そうだけどさ」


 上手く言葉には出来ないけれど、ムズムズするのだ。

 誤って皿を落として切って血液を流した時に、アシュの手から紙で切って血が零れる度に、その身体を裂きたいと思ってしまうのだ。


 恐らく、だけれど。もう、戻れない場所に来てしまっている。

 俺は人を殺めすぎた。


「.....分かったよ、フェリ。やってやろうぜ」

「っいいの!?」

「俺はいいよ。お前がやりたい、っていう事あんまり無いからな」

 アシュは歯を見せて、にっと笑ってくれた。


 その日が俺達〈涙雨の兎〉の結成の日。

 忘れられない、大切な思い出が始まる日になったんだ。

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