Episode.13 I'm generous with you and am strict with oneself.

 翌日。

 カヴィとユラは二階のカヴィの部屋に、フェリとアシュは〈堕天使〉の裏口に居た。

 彼等の目の前には、今朝リツから譲り受けた飴色をした酒の空き瓶が数本程、ダンボール箱の上に並べられている。

「スコープの十字を瓶の真ん中を合わせてみて」

 カヴィはユラからのアドバイスを聞きながら、覗き込んでいるスコープの十字を銃と共に慎重に動かしていく。

「あ、合わせた」

「ん、了解。今そのシリンダーには実弾じゃなくて当たっても痣になるくらいの威力にしかならないゴム弾が詰めてある。六発ね。とりあえず引き金を引く事からだよ」

「分かった」

 カヴィはゆっくりと引き金に指を置き、少しの間息を止める。

 そして、引き金を引いた。


 最初に鳴るのは空気を叩く音。それから瓶の派手な音が鳴る。

 それは別々のようでいて、ほぼ連続して鳴った。

 その音に驚き、カヴィはビクッと肩を震わせてスコープから顔を離した。

「ヒット!」

 ユラが楽しげな声を上げて、パチンと指を鳴らした。

「当たった...?」

「うん、見てみなよ」

 ユラに言われるまま、カヴィはスコープを覗き込む。

 そこには粉々に砕けた瓶の破片と、無事である飴色の瓶がまだ残っていた。

「命中箇所はー?」

 ユラが声高らかに階下の二人へ訊ねると、

「ど真ん中」

 アシュの冷静な声が聞こえてきた。

「おー、凄いじゃんっ」

 そのままユラに次々と急かされながら、カヴィは次なる狙いを定めて、引き金に指を置いた。


「.....初めてで真ん中は凄い?」

 フェリは、隣で路地の灰色のコンクリート製の壁にもたれかかるアシュへ訊ねる。

 アシュはあー、と少し呻いて、何かを思い出すように眉間に皺を寄せて唸る。

「...凄いんじゃね?」

「ふーん...」

 フェリはピンときていないのか、曖昧に返答を返した。

 アシュはそんなフェリの様子を見て、それから補足を入れた。

「軍事学校だと、それなりに優秀な人材だな」

「それなら凄いな」

 フェリはそれで合点がいったようで、何度も頷く。その様子にアシュは小さく溜息を吐いた。


「おー!朝から何してんのー?」

 その時、裏口の扉が勢いよく開かれ、満面の笑みを浮かべたリツがひらりと手を挙げた。その後ろには、メィもついてきている。

 店の開店に備えた朝の支度が、一段落着いたのだろう。

「お前.....。俺さぁ、要らない瓶あるかって聞いた時に聞いてきただろ『何に使うのか』って」

「そうだっけ?まぁ、いいだろ!」

 ゲラゲラと豪快に、リツはアシュの肩を叩いて笑う。アシュはそれを嫌そうな顔をして、しっしっと手で払い除ける。

 それを見て、フェリがぽつりと呟いた。

「今日、いつにも増して楽しそうだね、リツ」

 フェリがそう言うと、リツは今以上に顔を輝かせて、「そうなんだよ!」と声を張った。

 そして、ポケットから白色の封筒を取り出した。


「.....何それ」

「招待状」

「は?」

 アシュは不思議そうに首を傾げた。リツは不敵な笑みを浮かべる。

「常連の爺さんに貰ったんだよ!で、親切な俺はお前らを誘ってやろうと思ってな」

 にっ、と歯を見せて微笑み、ピラピラとその封筒をチラつかせた。

「いっつも仕事以外じゃあ外に出ないお前らに、俺は外へ...、しかもパーティーに連れてってやるんだぜ?勿論来るだろ?」

「嫌だ、面倒臭い」

「俺は別に...、楽しそうだからいいけど」

 正反対の二人の返答に、リツではなくアシュが目を丸くした。

「お前...、外出たがりだったのか?」

「ん...。リツの言う事は納得出来るし。美味しい食べ物、食べたいし」

 フェリはそう言ってふにゃっと笑った。

 それを見てリツはフェリと肩を組み、アシュへニヤニヤした笑みを向けた。

「どーするのかなー、アシュくーん?」

「っ.....」


 面倒事は基本嫌いな、楽して生きたい性格のアシュだ。

 彼の天秤には今、面倒事に関わりたくない心と、フェリと一緒にパーティーに参加出来るという心が揺れ動いているだろう。

 悶々と眉を寄せてその天秤をぐらつかせているアシュへ、フェリはくいっと彼の服の袖を引いた。


「行きたい」


 その言葉が、アシュの天秤を完全に傾かせた。


「何の話してるんですかー?」

 そこへ、カヴィとユラが降りて来た。

 メィが話をよく理解していない二人へ、簡単に今までの説明をして、ユラが乗り気になって、カヴィもそんなユラのノリに流されるように肯定するように頷いた。

「で、お前らが行くのは問題ないんだよな。ただ、これはペアチケットなんだよ」

「.....ん?」

 そのリツの言葉に、アシュは間の抜けた音とも声とも言えない物を漏らした。

「ペア、つまりー...、男女一組って事さっ!」

「あの、このメンバーで女性は二人ですよね、今の所」

 カヴィの的確な言葉に、リツは鼻歌を歌いながらするりとアシュへ近付いた。


「この中で、一番向いてるよなぁ女装」


「巫山戯んなっ」

「おっとぉ!」

 振りかぶったアシュの拳を、リツはひらりと身体を反らして躱す。

「でもそうしないと参加出来ないんだよー」

 ちらり、とアシュはメィへ視線を送ると、彼女は気まずそうに視線を伏せた。恐らくリツに口止めされていたのだろう。

 彼女を責める事も出来ず、喉まで出かかった文句を何とか押し込む。

「俺はしないからな、お前がしろよ」

「それ、身長考えてから言えよな」

 『身長』という言葉が出た瞬間、アシュの目が見開かれ、リツの腹部に渾身の一撃が叩き込まれる。

 リツは悶絶してその場に蹲り、声にもならない言葉を漏らして、その場でひたすらに呻く。

 それに手を差し伸べて助ける者は居らず、リツの悶絶姿を尻目に会話は続く。

「でも、フェリさんがやるよりはアシュさんが似合いますけどねぇ」

「あぁ?」

 アシュは眉間に皺を寄せ、人を視線だけで殺さんばかりの眼差しで、ユラを睨みつける。

 ユラは「おー怖」と、茶化すように言って、降参の意図を示すように両手を挙げた。

「そういう話なら、俺はっ」

 行かねぇ、と口にしようとした時、フェリの顔がアシュの目に入る。


 傍目からは大していつもと変わりのない表情だが、付き合いが長く加えてフェリへ特別な想いを持つアシュには、フェリの僅かな表情変化の機微には敏感だ。


 口角の僅かに下がってしまった表情。

 フェリは少し残念だと感じているのだろう。


 ぐ、とアシュの文句を言う為に開けられた口からは言葉になり得なかった息が漏れる。

 アシュはそれからそっぽを向いて、ぼそりと呟く。

「.....フェリは、パーティーに行きたいのかよ」

「...うん。まぁ、食事のマナーとか色々あるかもしれないけど、でもその、.....見てみたいな、って」

 少し恥ずかしそうに言葉を躊躇いながら言う彼の言い分に、アシュはぐらぐらとまた別の物を乗せた天秤を動かしていた。

 そして──、


「.....分かった。今回だけ、この一回だけだからな!」


 苦渋の決断をしたアシュは、フェリへ吐き捨てるように言い、大分息を整えたリツに視線を落とした。

「行ってやるよ」

「よし.....!似合うような可愛いドレスは、メィが選ぶから...」

 はぁはぁ、と息を乱しながら、リツはにんまりとアシュへ笑いかけた。そして親指を空へ向けて立てる。

 そのいい笑顔をしたリツの顔面に、アシュは遠慮容赦なく蹴りを叩き込んだ。


「やっぱ、アシュさんはフェリさんに甘いなぁ...」

 ユラはくつくつと愉快に笑いながら、先程カヴィが割った瓶の下部を持ち、近くに転がっていたガラスの破片が刺さったゴム弾を拾う。

「...なかなかどうして、才能がなくてもいい人間が、こういうのに長けちゃうのかなぁー」

 誰にも聞こえないよう、ゴム弾へと小さく囁いた。

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