Episode.12 I feel that it doesn't know the name either.

 フェリとアシュ、カヴィは朝ご飯を食べ終わると身支度をしてから、国の中央部にある市場へと向かった。

 この場所でなら、ある程度の物は揃えられる。

「ベットと服、下着に...後は何がいるかな」

「布団だろ」

「あ、そうだね」

「あ、あの聞いてもいいですか」

 フェリとアシュが並んで歩く身長差のある背中へ、カヴィは声を掛けた。二人は不思議そうに眉を寄せて振り返る。

「その...普通に街歩いて、大丈夫なんですか?」

 カヴィの言葉に二人は仲良く首を捻ったが、カヴィにとってはとても疑問であった。

 "Knight Killers"とは、殺し屋を生業とする者達が殆どだが、元のベースは何でも屋である。

 顔を晒していると、昔に関わりのあった人間に見つかった場合、警察などに通報されてしまうのではないか。カヴィはそれを危惧している。

「あー、気にすんな。そんな奴らに殺られるくらいなら、とっくに俺達は死んでるし。それに警察に言うとか、無理だ」

「へ」

「"Knight Killers"に何かを頼んでる時点で、その人も犯罪者だからなぁ。だからその事をわざわざ言うのは厳しいかもな」

 でも心配してくれてありがとう、とフェリはカヴィの頭を軽く撫で、目的の店へと歩いて行こうとして──、アシュが彼のパーカーのフードを引っ掴んだ。

「........何?」

「そっちじゃねぇ、こっちだ」

 カヴィは街に来るのが初めてなので、右も左も分からない。フェリとアシュは何度も来ているであろうから違う筈なのだが──。

「.....うん、分かってる」

 フェリは誤魔化すようにふわりと目を泳がせて、アシュの足を向けている方へと歩みを戻した。


 まず三人は下着や服を買い揃え、それから重く荷物になるベットの木組みを買った。

「.....大荷物ですね」

 カヴィはぼやくように呟き、フェリが三等分に分割した荷物を持ち歩いた。

「さて、帰るか」

「飯、どうする?ここまで来たし買って帰るか」

「それ、賛成」

 大荷物を各自が手提げながら、持ち帰る事が可能な唐揚げを小さい箱に詰められた物と、おにぎりの二つセットを人数分購入した。

 それを提げて、三人は帰路へと着く。


 市場から路地へと入ったその時だった。

 アシュはその路地に手に持っていた荷物を置いた。

 カヴィが唐突な行動に眉を寄せて、その真意を訊ねようと口を開いた時。


 アシュは路地へ入って来た若い男の身体を押し倒していた。

「っ!?」

 カヴィは息を飲み込む。

 アシュは余裕綽々の笑みを口元へ浮かべ、若い男の上に乗り胸倉を掴んでその黒の双眸を覗き込んだ。

「お前さぁ...、バレてねぇって思ってたの?」

 アシュの問いに、男は何も答えない。余裕のある表情のまま、アシュの眼鏡の奥の赤い目を見ている。

 そしてまた、唐突に。パンッと銃声がカヴィの後ろから──、フェリの手の内から鳴った。

「ひっ」

 カヴィの口から悲鳴が漏れるのと、フェリが拳銃を腰のポーチに押し込んだのは同時だった。

 フェリは口元にほんのりと得意げな笑みを浮かべ、アシュの下敷きになってすっかり青ざめた顔色の男へ目を向けた。

「.....気付いてないと思ってた?あの相方に俺達を殺してもらおうとしてたんでしょ?」

 カヴィは目を丸くする。


 先程まで普通に話していた。ご飯も話し合いながら買い、ここまでの道中も他愛ない無駄話をしながら歩いていた。

 それなのに、フェリとアシュは彼らの事を把握して、今の所一番賑わっている食物の売られている店の集まりで対処した。

 ここならば喧騒によって拳銃の音も紛れるであろうし、他の人からもあまり見えない。


 カヴィは理解する。彼らは誠にプロフェッショナルであると。

 プロの殺し屋、"Knight Killers"だ、と。


「馬っ鹿だなー。見る目がねぇよ。選定の目がねぇ」

 フェリ、とアシュが声を掛けると、フェリは少し目を瞬かせ、首を傾けた。

「銃」

 溜息と共に吐き出された単語に、フェリはポーチに片付けたばかりの拳銃を取り出し、アシュへ投げ渡した。

 アシュは弾丸が入っているかを確認して、必死に泣き言を呟いている男の額へゴリッと押し当てた。

「ま、さよならな」

 アシュはあっさりと引き金を引いた。

 男は血液と脳漿を路地にばら撒きながら死んだ。


 ふー、と長く息を吐き出して、アシュは男の上から退き、フェリへ拳銃を返した。

「...い、いつから気付いてたんですか」

 カヴィは震えた声音で、荷物を持ち直している二人へ訊ねた。

「ついてきたくらいからだな」

「下手くそだった」

 二人は特に何でもないように言い、むしろこの状況ではカヴィがおかしいようだ。

 カヴィはだらしなく舌と涎を垂らし、脳漿を撒いて死んでいる男を少しだけ睨み、フェリとアシュの後を追った。


 それからは特に何もなく、三人は歓楽街の〈堕天使〉の二階─〈涙雨の兎〉のアジトへと戻って来た。

「ただいま」

 フェリがそう言って玄関を開けると、ガチャと嫌な音を鳴らした。

 フェリの眼前に入って来たのは、黒光りする穴。すん、と鼻を鳴らすと火薬のような匂いがこびり付く。

 それが銃口である、とはすぐに分かった。


「........ユラ」


 そして、それを構えている犯人の正体もまた、すぐに分かる。


「へへっ、おかえりなさい」

 ユラは構えていたスコープ付きの狙撃銃を下ろし、にこやかに微笑んだ。

「それ、どうしたんだよ」

 アシュの素朴な疑問に、ユラはあぁ、と相槌を打つ。

「倉庫を掃除してたら、置いてありましたよ。前に報酬で貰ったんでしょうね。誰も遠距離なんてしないから、倉庫に追いやられていた、という感じかと」

「あー...」

 冷静なユラの論理付けに、アシュは納得するように頷いた。

「ま、兎も角!それらはこっちだよー」

 ユラは身を横へずらして、三人が奥の部屋へ通りやすいように動いた。

 フェリとアシュの後ろを、カヴィとユラが歩く。


 件の部屋に入ってすぐ、フェリとアシュの口から感嘆の息が漏れた。

「...ユラ、頑張ったな」

「ふふー、でしょ?」

 その部屋は横に広い形をしていた。

 右側には大量にダンボール箱が積まれており、所々にはしまりきらなかったのか、弾丸のパックや非常食などが顔を覗かせている。

 その反対は一部屋というには少し狭い、しかし綺麗に埃が取り除かれ、水拭きも施された綺麗な床がある。

 ユラ一人がこれを午前中の内に済ませたのなら、とても大変な仕事だっただろう。

「ユラ、ありがとう」

「いえいえ、どーいたしまして」

 ユラは狙撃銃を元々入っていたケースへ直しながら、ひらりと手を挙げた。


 早速、三人は買ってきた物をテキパキと組み立てて置き、作業を手早く終えていく。

 ユラはアシュから手渡された昼ご飯に顔を綻ばせ、それらを皿へ盛り付ける為に、キッチンへと向かって行った。

 ベットの組み立てにはやや手こずったものの、それ以外は滞りなく済まされた。

「ほいほーい、ご飯持ってきましたよー」

 そこにタイミング良く、ユラが二つの大皿に盛り付けたおにぎりと唐揚げを持って、部屋へ戻って来た。

 作業も終わっているので、カヴィの部屋で皿を囲んで全員で昼食を摂る。

「いやぁ、家族が増えるっていいですねぇ」

「そうだな。仕事の幅も増えそうだし」

「カヴィくんが銃とか剣とか持つイメージ無いですけどね」

「つか、ひょろっちいし無理だろ」

「アシュさんが言えた義理じゃない気が...、何でもないでーす」

「.....教えて頂ければ。ここに居てもいいって言われてる以上、俺、頑張るんで」

 カヴィの途切れ途切れの言葉に、フェリとアシュ、ユラは顔を見合わせる。


 少しの沈黙が流れ、

「狙撃銃、やってみる?」

 ユラが口を開いた。


「近距離だといざって時の対処も覚える必要があるけど、遠距離ならアシュさんが近付いて来た敵を倒したらいいし」

 それに狙撃銃かれも勿体なくないしね、と付け足すようにユラは言った。

 そして、賛同を求めるようにユラはフェリとアシュへ視線を投げかけた。

「俺は、いいよ。カヴィが頑張ってくれるなら、それは賛成」

「...どうなっても知らないからな。俺がフェリ以外のサポート役に回るのは、嫌だけど」

「カヴィくんのサポートはフェリさんのサポートですよ!アシュさんっ」

 ユラの言葉にアシュは「分かってるっての」と乱暴に言うと、手に持っていたおにぎりを食らった。

「ま、明日から色々教えるよ」

「は、はいっ」

 その時、じんわりとカヴィの胸の内に暖かな気持ちが込み上げてきた。

 そのえも言われぬ感情がせり上がってくるのを、カヴィは胸の奥へ押し込むように、大きめの唐揚げを口へ放り込んだ。

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