Episode.10 The blue eyes knew the dirt.
四人はカヴィの父親の書斎に来ていた。
大量にある本の詰められた本棚、部屋の窓際には年代物と思しき飴色の机と椅子が置かれている。
至って普通の、どこにでもある書斎だ。
「.....変わった所はねぇ、か」
「いーや、こういう所に変なのあったりするよー?」
た、と、え、ば、と言葉を区切りながら、手近の本棚の本へ触れていく。
「こういう所に隠し扉のスイッチがあるの、小説だと定石だよねぇ」
「.....ここが全てとは限らないからな。手分けして探すぞ。カヴィも、ここに来たからには手伝えよ」
「はいっ」
「...頑張って」
「お前もやるんだっての!」
四人は手分けして隈無く探していく。
その時だった。カヴィが誤って何も言わずに本棚の本の一つに触れた。
「うわっ!?」
「おー.....!」
ユラの思惑通り、静かなスライド音を立てながら、カヴィが触れていた本棚がずれて別の扉が見つかる。
ひゅう、とユラが楽しげに口笛を鳴らし、フェリとアシュは目を丸くした。
「お手柄だよ、カヴィくん!」
「あ、ありがとう、ユラ」
「行こ」
フェリを先頭に、四人は隠し扉を開けて中と侵入した。
そこは暗がりの部屋だった。
書斎に置かれていた本棚よりも大きな棚が黒いカーテンを掛けて部屋の殆どを埋め尽くすように鎮座し、その中央には大きめの天蓋付きベットが置かれている。
「...ここ、何?」
カヴィが呟いたと同時に、パッと照明が点く。
ベットの横から、一人の男が出て来た。聡明そうな見た目をした四十代に見える、黒いスウェット姿の白髪混じりの男は、ギロリと四人を睨んだ。
「お前達...、生きて帰れると思うなよ」
地を這うような、低く呻くような声。
カヴィをあの地下の部屋へ戒めていた自身の父親の声に、カヴィは指先一つ動かせなくなってしまった。
それに勘づいたのか、ユラがカヴィを守るように前へ出る。
「それは俺達のセリフ。いったい十何人の人間を殺したんだ、あんた」
「はぁ?迷惑はかけていない筈だが?屑を殺して私のコレクションとして集めて何が悪いっ!?」
男は吐き捨てるように言うと、ベットの横のサイドテーブルをまさぐり、何らかの操作をした。
すると、黒いカーテンが幕を開けた。
棚に埋め尽くされていたのは、ホルマリン漬けになった人間の頭部。それは厚いガラス瓶に収められている。
黒い髪は男女共に短く切り揃えられ、テープで瞼が固定されて、濁った青の目を
カヴィはうっと呻いて両手で口元を押さえ、ユラは不快感を顔いっぱいに見せる。フェリとアシュは顔色一つ変えずに、ただただ男を見ていた。
「気持ち悪...」
そして沈黙を破るように、アシュは苦虫を噛み潰したような表情で、吐き捨てるように言った。
「.....これぞ至高!まさに美しい!天の授け物だよ、彼らは」
濁った黒の瞳は周りに飾られたコレクションを見回して、その内の一つの中身の入ったガラス瓶を指でなぞる。
「この子、身体は醜かったんだが、この瞳!見てみろ!臆した感情を具体化したようで、あぁ美しい...。この男は少々煩かったから顔のあちこちに傷が入ってしまっているが、それでもこの空を反映した瞳...、堪らないと思わんかね!!」
血走った眼で狂った言葉を紡いでいく男は、ゆっくりとカヴィへ視線を移した。
「これだけのコレクションを持つ私だが、会った事の無い瞳がある。そう、私はまだ出会った事がなかったのだよ。...世の中の汚さを知らない、穢れのない純な瞳をね。それを得る為に、子を作りそして、穢れから遠ざけたのだ」
「...そんな理由で、カヴィを閉じ込めたのか」
フェリは片眉を寄せて、グッと拳を握り締める。
「...カヴィくん、大丈夫?」
「...大丈夫です」
カヴィは奥歯を噛み締め、太腿を強く握った。その時、ユラから受け取った拳銃が指先に触れた。
「当たり前だ!
男は歓喜の声を上げ、ぱちんと指を鳴らす。
すると、サイドテーブルがガタガタと震えて引き出しの横が開く。中からは大きなどす黒い鋏が現れた。
「それでたくさんの人の首を刈り取ったのか」
「あぁ!この刃!我がエノ・カンパニーの発見した金属で作られた特注品なのだよ!」
カチャンカチャンと金属音を激しく打ち鳴らして、男は四人へ鋏の刃を振り下ろした。
「カヴィくんっ」
ユラは叫ぶように言い、動けなくなっているカヴィの身体を突き飛ばす。
そんなカヴィの真横を男の鋏が通り抜ける。
「殺す」
「分かった」
「了解」
フェリとユラが拳銃を抜く。アシュも柄へ手を置いた。
「カヴィぃぃぃぃぃぃ!!!」
男は他の三人など見ていない。カヴィしか、カヴィの黒髪と青の瞳にしか執着していない。
それを誰よりも、カヴィ自身が知っていた。
「ごめん、父さん」
フェリの弾丸が鋏の向きを変え、ユラの弾丸が足を撃ち抜き、アシュが男の背を裂いた。
そして、カヴィはポケットに入れていたユラの拳銃を構え、男の額に狙いを付けて、引き金を引いた。
パンと乾いた音と共に、弾丸はカヴィの父親の額を撃ち抜き、彼の狂った脳を破壊した。
「...任務完了かな」
肩で息をして目の前で血を流しながら倒れる自分の父親を冷たい目で見ながら、そんなユラの言葉をカヴィはぼうっと聞いていた。
警察が来る前に、と、四人は急いでエノ・カンパニー社長宅を後にした。
少し広めの路地を、フェリとアシュが先頭を歩き、ユラとカヴィが後ろを歩いた。
静かな月明かりのみに照らされた夜の路地に吹く風は、酷く冷たかった。
「.....お前、これからどうするんだ?」
アシュは数歩後ろを歩くカヴィへ訊ねた。
「...分からないです。知り合いなんて、どこにもいませんし」
「...フェリさんが面倒見るべきじゃないですか?フェリさんが助けたいって言ったわけですしさー」
ユラがそう言うと、フェリは少しだけ考えるように首を傾け、くるりと後ろを振り向いて立ち止まった。
「俺らと、"Knight Killers"の仕事やる?」
「は?」
「お?」
「え.....」
フェリの口から溢れた提案に、他の三人は口々に単音を漏らした。
「駄目?」
「っお前馬鹿だろ?どう考えてもど素人にいきなり"Knight Killers"に勧誘するとか、本当に馬鹿だよなぁ?!」
「私は賛成だけどー」
楽しそうだし、と付け足してユラはカヴィを見上げた。
「お遊びじゃねぇんだぞ」
「うん、そうだね。でも、このまま誰かに引き渡すのも...ね」
フェリの意図する内容を理解したアシュは、小さく息を吐いてカヴィを睨み上げた。
「カヴィ、お前、人を殺せるか?」
アシュの言葉の重さに、カヴィは頷けなかった。
視線を空にさ迷わせ、それからアシュへ目を合わせた。
「分からない、です」
震える声音でそう言った。
アシュはその答えにふん、と鼻を鳴らし、フェリを見上げる。
「明日、付き合えよ」
「うん、約束だからね」
アシュはそのままつかつかと歩いて行った。フェリはその後ろをついて行き、カヴィは状況が読み込めずに、オロオロとし始める。
「大丈夫。アシュさんは、とりあえず君の事を家に置くのは認めてくれたみたいだから。うーん、ベット無いから...、今日はリビングのソファで寝てね!」
ユラはカヴィの手を握り、フェリとアシュの後を追う。
その夜風は、熱い頬を優しく撫でた。
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