Episode.9 In the sea of dark blood.
「....."Knight Killers"」
カヴィは扉にもたれかかり、座り込んだままそう言う。
ユラは手持ち無沙汰になった手を数度握り、伸ばすのを止めてカヴィへと近付いた。
「そうだね、私は殺し稼業を主な仕事としてる、救われようともしない死神さんさ」
「...どうしてここが、何で俺を」
大分声が出るようになり、カヴィは溢れてくる質問をユラへとぶつける。
「ま、それは後々話すとして...、とにかく逃げるよ」
ユラはカヴィの背にある扉に触れた。カヴィは邪魔にならないよう、身体をずらす。
「.....蹴破れない硬さだなぁ。んー、とすると...」
ユラは頭の中でカチカチと素早い速度で計算し、先程手榴弾で爆破した床穴を見る。
突破口はあそこしかない訳だが、ユラ一人の身長では天井には指先すら届かないだろう。そう、一人ならば無理だが──。
「ね、カヴィくん。私を肩車出来る?嫌なら踏み台になって欲しい」
「で、出来ます!」
「よし、お願いするよ」
カヴィはこくりと頷き、座り込んでいたのを膝立ちへと体勢を変える。ユラがカヴィの首を跨ぐと、ややふらつきながらもカヴィは立ち上がった。
「お、重い?」
この場所から脱出する為にはしなくてはならない事とはいえ、ユラも"Knight Killers"云々の前に、一人の女性である。男に重いと思われていないか、ドキドキしながらそう言う。
「だ、大丈夫です」
カヴィのその返答にユラは小さく息を吐き、安堵の笑みを浮かべた。
「よし、真っ直ぐに」
幾分か気持ち穏やかに、ユラはカヴィへ指示を出す。
それを受けているカヴィもまた、ドギマギしていた。
人と触れ合う機会など指で数えられる程度にしか無かったのが、急に関わる事になった上に肩車をしている事によって、ユラの太腿が首に当たっているのだ。
勿論スパッツ越しであるが、人付き合いさえままならないカヴィには女性の足が間近にあるという事実には、ややきついものがある。
「ごめんね、肩借りるよ」
ユラはカヴィの肩車を止めさせ、カヴィの肩に片足を乗せたかと思うと、そのまま床へとしがみついた。
ギシッと嫌な音を立て、パラパラと木屑が落ちたものの、ユラはそのまま上りきる。
「少し待ってて」
「はい」
ユラはキョロキョロと周囲を見回して、手頃な大きさのサイドテーブルをまずは下へ落とす。
「それだけで上がれそう?」
「.....たっ、多分」
木屑の上へと落ちたサイドテーブルを移動させ、それから天井もとい一階の床へと手を掛ける。
ユラがその手を引いた。
ズルズルと引き上げて、カヴィはその眩しさに目を細めた。
カヴィの部屋は夜になると自動的に照明を落とされる為、ここまで明るいのは昼間だけだ。初めての体験に、ドキドキと胸を高鳴らせる。
「...さーてと、フェリさんとアシュさんと合流だな」
「仲間、ですか?」
「...まぁ、そうだね。仲間よりは家族に近いかもしれないけど...。ま、そこは置いといて」
にひひ、とユラは歯を見せて笑い、予備の拳銃を取り出してカヴィへ手渡す。
「これ...っ」
カヴィは初めて触れる人殺しの武器に言葉を飲み込む。
「いいよ、貸してあげる。六発だから、無駄撃ちしないようにね」
ユラはウィンクして、そう言った。
「.....あ、ありがとうございます、ユラさん」
「...敬称は要らないよ。私と君、見た所同じ年なんだから」
「え、いや...。俺、貴女を一回」
そこでカヴィは口を噤む。
カヴィがユラに距離を置きがちなのは、誘拐された際に助けてくれたユラの首を絞めた事が原因であった。
何も無いように親しげに接してくれるユラに、カヴィは有難みを感じると共に、申し訳なさも感じていた。
その様子にユラは溜息を吐いて、つかつかとカヴィへ近付き、
「.....あれはあれ!今は今!」
ぱちんと軽い音を立てて、カヴィの両頬を叩く。
「死にかけた本人が気にしてないんだから、カヴィくんは気にしなくていいの」
ユラは微笑んで、カヴィの青い瞳を覗き込む。カヴィは前髪の隙間からチラチラと覗く、十字架の入ったユラの紫の眼差しを見た。
「わ、分かった、ゆ、ユラ」
「ん、合格」
ユラはカヴィから目を離し、背をかがめる。カヴィもまた同じ姿勢を取って、ユラの後を追う。
その姿勢で開いた扉から、ユラは顔だけを覗かせる。
戦闘音から察するに、近場で戦闘が起こっていると予測していたユラの思惑通り、玄関にはフェリが居た。
その緑の目は見開かれ、口からは薄笑いが溢れている。身体は血塗れだ。彼が怪我を負う場合など滅多に有り得ないので、恐らく他人の血液だ。それがどす黒く服を染めていた。
その姿は、まさに狂人。完全に戦闘狂のケが色濃くなっている状態にあった。
今出くわせば、戦闘経験の浅いカヴィは勿論、戦闘経験値のあるユラでさえも、瞬殺であろう。
アシュの姿は見当たらないので、彼に頼むわけにもいかない。通信機器はアシュがフェリの道案内を担当するので、必要ないと荷物を軽くする為に置いてきてしまっている。
「.....もう、しょうがないよねぇ」
ユラは意思を固める。
「カヴィくん、そこで絶対に動かないでよ」
「お、おぅ」
カヴィの言葉を聞き、ユラは拳銃を握り意を決する。
ユラはその部屋から飛び出した。
「フェリさんっ!」
ユラがフェリへ声を張り上げると、フェリの顔がユラの方へと向いた。
くひ、とフェリの口から奇妙な笑い声が漏れると、彼の身体はユラの目の前にあった。
「っ!」
ユラはそれを素早く躱すと、フェリの頬に狙いを付ける。
フェリは腰の拳銃へ手を伸ばすが、体術で仕留める方が早いと考えたようで、身長と相応に長い腕でユラの細腕を掴み、一気に廊下へ投げ飛ばす。
「っうっ!」
背中への強烈な痛みに顔を顰めるも、痛みにばかり気を取られるわけにはいかない。襲いかかるフェリの弾丸による次なる一手を転がり避ける。
「フェリさんってばぁっ!」
ユラは一瞬で狙いを定め、フェリのネックウォーマーに隠れている左頬と耳に当たらないような位置に、弾丸を掠らせる。
「っ!?」
その痛みに息を飲むフェリと、ふぅと短く呼吸をして息を整えるユラ。
見開いていたフェリの眼が徐々に落ち着き、いつもの眠そうな瞳に戻っていた。
「.....ユラ」
「...やっと、元に戻ったっぽいね、フェリさん」
ユラのニッとした悪戯っ子の笑みにフェリは苦笑いして、ユラへ手を伸ばした。
その手を借り、むくりとユラは起き上がる。
「あの子は?」
「そこ」
ユラが指差した先をフェリは向く。カヴィは物陰に隠れていたのを出て来て、小さく一礼した。
「えと、誰.....だっけ?」
「か、カヴィです」
「あ、そうそう。そうだった」
フェリは思い出したようにしきりに頷き、カヴィへ手を差し伸ばした。
「俺、フェリ。よろしく」
「よ、よろしくお願いします....」
カヴィは恐る恐るその手を握り、フェリはそれで満足したのか、パッと手を離した。
「アシュさんはー?」
そんな二人を尻目に、ユラは呑気にフェリへ訊ねる。
「あっち」
フェリは玄関の前の門の方向を指差した。ユラはととっとそこへ向かい、フェリもまた彼女の後を追う。カヴィもそこへ向かった。
「あ?見つけたのかよ」
返り血の付着した頬を拭い、裂けて命の散った肉体が花のように散り落ちた赤い池の
その手に持つ剣の刃も赤に染められ、その赤は瞳や眼鏡、それと対照的な彼の病的な真白の肌と相まって美しく映える。
不機嫌そうに歪められた眉辺りだけが、彼の美しさを損なわせていた。
「.....派手にやりましたね、お二人共」
「フェリが殆どだよ。俺は死に損ないを殺しただけだ」
「アシュもイキイキしてたじゃん...」
ぷくっとフェリはネックウォーマーの下で頬を膨らませる。アシュは特に何も言わずに、剣にこびり付いた血液を払い、腰の鞘へ収めた。
「で、お前か。カヴィってーのは」
「は、はい」
鋭い視線で下から睨み上げられ、カヴィは射竦められたように、手の指一つ動かなかった。
「アシュ」
それに気付いたのかいないのか、フェリはこんっとアシュの頭を小突いた。
「睨み過ぎ」
「うるせ」
「あのー、夫婦漫才してんのもいいですけど!早くしないと警察来ますよー」
いつの間にか目を離している内に、ユラは二階の階段に腰を下ろしていた。
「そうだね、行こう」
「え、えと、どこに」
「お前の親父に会うんだよ。殺す為にな」
アシュのさらりと吐かれた言葉に、カヴィは小さく身震いした。
「お前の親父、俺達の街で無差別に...いや、決まった見た目の人間しか殺してないけど、とりあえず大量の人間を殺してるの、知ってるよな」
「.....っはい」
「それ、俺達からすると困るんだよ。〈涙雨の兎〉としても、南地区の歓楽街に身を置く人間としても、ね」
「だから、今回は依頼とかじゃないけど、ま、要するに邪魔だから殺すわけさー」
簡単な言葉で、ユラはカヴィにも分かりやすく教えた。
フェリは少し顔を曇らせるカヴィに、そっと視線を合わせた。
「俺達はカヴィの父さんを殺す。この先はきっとカヴィには辛いから、ここから出て自由になってもいいよ」
カヴィは唾を飲んだ。
ここから逃げる事を今なら選択する事が出来る。
フェリの先程までの状態や、アシュの剣の腕を見れば、恐らく父親の惨殺は免れないだろう。
それから目を反らすなんていう、そんな事が出来るだろうか。
否、
「.....いえ、行きます」
カヴィはフェリの目を見つめ直し、そう口にした。
「俺は、あの人の口から真実を知りたい」
「.....分かった」
フェリは視線を外し、不服そうにまゆを歪めているアシュへ視線を合わせた。
「俺は反対だけどな」
「ごめんね、後でアシュの言う事一日聞くからさ」
その報酬にピクッと肩を震わせ、アシュは更に眉を寄せる。
「それに釣られると「駄目?」」
アシュの耳元で呟かれたフェリの低い声音でのお強請りに、アシュはうっと短く呻き、素早く身体を後ろへ仰け反らせる。
「.....約束、守れよ」
「うん」
フェリはアシュのサラサラとした黒髪を梳くように撫で、最後にユラへ目を向ける。
「ユラ」
「反対しませんよ。私が自由にやらせてもらってる分、フェリさんのやり口にも文句言いませんよ。命に関らない限りはね?」
ユラの遠回しの言い回しに、フェリは「分かった」と呟き、カヴィの手を引いた。
「行こう」
「は、はい!」
何ともデコボコな四人は、家の二階の階段を上がって行った。
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