Episode.8 A nameless flower blooming under a month.

 次の日の夜。

 三人はエノ・カンパニーの本社──ではなく、その社長の住む大きな一軒家の近くに身を潜めていた。

 ここが彼のプライベートな空間だからか、警備員の姿はあまりなく、煌々と家内に明かりが点いているばかりだ。

「...本気で乗り込むつもりかよ?」

 アシュは肩を竦めて呆れ顔をしつつ、ネックウォーマーを装着しているフェリへ目線を送る。

「うん。だからこそ、アシュを介してシーに調べて貰ったし。万が一の間違いがないように」

「.....成程。そういう事か」

 アシュは納得するように頷いた。フェリはユラへ目を向ける。

「ユラ、あの男の子は絶対に見つけてよ」

「任せて。耳は良い方だから。フェリさんとアシュさんも、気を付けて行ってくださいよ?」

 ユラは小さく笑み、敬礼をした。


 今回の三人の作戦はこのようになっている。

 フェリとアシュは警備員を引き付けると共に、エノ・カンパニーの社長に出会い、その男をあわよくば──、殺す。

 ユラはその間に前回の誘拐された青年─カヴィを救い出し、フェリとアシュに合流する。

 カヴィに関しては助けなくてもいいのだが、そこをフェリは譲らずにアシュとユラが折れる形になった。


「まー、それでは!正面突破致しますかぁ」

 ユラは腰から拳銃を取り出し、弾が入っている事を確認してから薄く笑む。フェリもこくりと頷き、アシュへ視線を送る。

「...行くか」

 そのフェリの視線へ応じるように、アシュはピンッと柄を弾き、剣の刃を少し見せた。


 三人はじわじわと家との距離を詰めていき、監視カメラに映らないようにひっそりと動いていく。

「よし、行こう」

 フェリのその言葉を合図に、ユラは手榴弾をポーチから取り出すと、ピンを外して思い切りぶん投げた。


 凄まじい爆音と共に、入り口の装飾の施された黒色の門が捻じ曲がり、一部は弾け飛ぶ。

「ユラ」

「任せて。.....死なないでね」

 ユラは小さくはにかんで、壊れた黒い門の合間に小柄な身体を滑らせて、闇の庭の中へと逃げ込んだ。


 それからすぐに、わらわらと警備員の人間達が集まって来た。

 フェリは得意の連射性能の高い拳銃を構え、アシュは剣を完全に抜いた。

「怪我、すんなよ。手当てが面倒だからな」

「分かってる。アシュもだよ」

 二人は顔を見合わせず、しかし同じタイミングで小さくはにかんだ。

 フェリは拳銃の射程内に入った瞬間、躊躇いもなく発砲する。

 当たった人間はビクビクと身体を激しく震わせて、地面へと倒れていく。

 黒い門も、フェリの弾丸を浴びて更に曲げられていく。

 アシュは地面を蹴って一気に駆け寄り、下から上へと相手の身体を切り裂いた。

 血飛沫が舞い上がり、アシュの身体を紅く染めていく。

 頬に付いた血を、アシュは空いている手で拭い、近くに居る人間へと嗤う。

「はっ、つまんねぇな」

 そう言って、アシュは近くの人間を裂く。

 一方のフェリもまた、大量の銃弾を撃ちまくる。

「っひひ、ひひひっ!」

 本当に愉しげで奇怪な笑い声を口から漏らしながら、目にも止まらぬ素早いリロードで、弾丸を次々と撃ち込んでいく。


 今の彼には、その場に居る人間が生きていようが死んでいようが関係ない。

 そこにある人間を全て地面へ伏させる事以外、彼の頭にあるものは無い。


 長年の付き合いでその思考を理解しているアシュは、一度突っ込んだだけで、後はフェリの支援へと回る。

 二人の戦闘は、入口の門から玄関へと場所を移動して行った。


 ユラは庭からバルコニーの窓を弾丸で破り、一階のリビングへと侵入する。

「.....大体は外に出払ってるね。良かった」

 こちらへ来ないのは、外のフェリの銃撃音によって、ユラの放った一発の音が掻き消されたからであろう。


 この状況──人がいないのは好ましい。ユラは拳銃だけでなく、ナイフも取りやすいような位置へと動かし、背を低くしてゆっくりと扉を開ける。


 開けた先には、玄関の方を怯えた眼差しで見やる、肌触りの良さそうな白のネグリジェ姿の黒髪の女性が立っていた。

 外の戦闘の様子に気を取られているのだろう、ユラの気配には全く気付いていない。

「失礼」

 背後から、ユラはナイフの柄で女性の首を鋭く叩く。

 倒れた女性を被害の加わらないように端の方へ寝かせ、ユラはつかつかと歩いて行く。


 〈涙雨の兎〉内で出会い頭での戦闘に一番長けているのは、最年少のユラである。

 アシュはそもそも銃系の扱いは苦手としている。フェリは撃ちながら狙いを正確にしていく。

 その点、ユラは持ち前の耳の良さで相手の位置や場所など、その全てを的確に一瞬で判断して、早撃ちをするのだ。

 近距離射撃という点においては、恐らくユラの右に出る者はそうそういないだろう。


 ユラはそれから二人程を倒し、入って来たリビングとはまた違う、かなり広いリビングへ出て来た。

 高級品と思しきソファやテーブル、一般人の持つラジオではなく上流階級の人間しか持てないテレビが置かれている。

「金持ちめ...」

 ユラはチッと舌を打ち、羨ましげにそれらを睨んだ。

 だがそんな事をしている暇はない。


 変わった場所や扉など、ユラは素早くかつ細かく調べ上げていく。

 見た所は特に何も変わりはない。至って普通の、金持ちの家である。が、ユラの耳はすぐに気付く。

 自身の耳の正確さを確認するように、赤いカーペットの敷かれた床を靴でコツコツと打ち鳴らし、くつくつと笑った。

「.....変だねぇ」

 ユラは少しばかり考えて、ポーチから予備の手榴弾を取り出した。




 外が騒がしい。

 点灯の明かりに照らされているのは、整えられていないボサボサとした黒髪。青い瞳は、食事の時以外には開かなくなってしまった扉を睨み見るばかりだ。

 やせ細った青年─カヴィは、ゆっくりと立ち上がる。

 そしてふらふらと扉へ近付き、そうっと聞き耳を立てた。

 カヴィの世話役をしている給仕メイドが来ている足音はない。ならば、どうして外が騒がしいのだろうか。

「.....もしかして、そろそろなのかな」

 カヴィは唾を飲み込み、己の瞳の周りをくるりと触れる。


 幼い頃から、父親の特殊性癖は知っていた。だからこそ、カヴィはこの地下室に閉じ込められて二十歳の誕生日の日に命を奪われる。

 それが前倒しになったのだろうか。

 そんな事をモヤモヤと考えていると、背後からドゴンと爆音が鳴り響いた。

 カヴィは「ひいっ!?」と驚いて、後ろを振り返った。


 そこに居たのは、ユラだった。

 床だったものは木屑と化し、もうもうと匂いの強い硝煙が立ち込めている。その煙にゲホゲホと咳き込み、ユラはパタパタと周りを扇ぐ。

 それからユラは部屋をキョロキョロと見回して、カヴィをその目に入れると、親しい友人に挨拶するように、ひらりと手を挙げる。

「あ、いたいた。お久し振りー。えっと...、そう!確かカヴィくんだよね?」

「貴女、は」

 久し振りに声を出すせいか、たった二言程度の言葉でさえ震えていた。

 ユラは口元に笑みを見せ、人差し指を唇に当てた。

「私は〈涙雨の兎〉のユラ。リーダーからの頼みで君を助けに来たよ」

 ユラは微笑んで、カヴィへ手を伸ばした。

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