Episode.6 The funny human being steps on a step.
ボロボロのアパートの前。
だが、ユラの事前の調べによると、中は一軒家のように改装されているらしい。
確かにアパートにしては、二階の扉は一つもなく、一階に一つあるだけだ。
相手は、なかなかの金を持っている集団なのだろう。
フェリとアシュは隠れるように、路地の壁へ背をつけて身を小さくしていた。
フェリの手には夕日で黒光りする拳銃が、アシュの手には柄の先に三本の鎖が絡み付いている剣を手にしていた。
「.....人の気配、しねぇけど」
「居ない方が好都合だよ」
フェリは小さく息を吐き、拳銃を持ったままアパート近くへと走る。アシュもまた、その背後を同じ早さでついて行く。
「押すよ」
「了解」
フェリはスッと立ち上がり、コンコンと扉をノックする。
少しすると、ドタドタと足音が聞こえてくる。
そして、扉が開いた瞬間、フェリは男の額に狙いを付けて躊躇いなく引き金を引いた。
パンと音が鳴り、男は額から血を噴いて倒れた。
その音を聞きつけた仲間達が、こちらへ向かう音が聞こえてくる。フェリは素早く外へ出て、アシュも剣を構える。
「誰だっ!!」
「俺らだよ」
出て来た男の一人の声にアシュはにやけながら応じ、横から薙ぐように剣を振るった。
「はっ、相変わらず街のギャングの人間は弱ぇ」
「それが普通、俺達が異常なんだよ」
「分かってるってーの」
アシュは剣を構え、襲いかかってくる男達へと振り下ろす。その時に舞った血飛沫に、フェリのスイッチが入る。
「ふは、楽しみ」
一方その頃。アパートの裏手、人気の少ない路地からバルコニーへと、ユラは飛び移る。
外は騒々しく、その凄まじさを物語るかのように、部屋の中は静まり返っているようである。
鍵のかけられた窓を銃弾で撃ち抜いて開ける。
本来ならここで人が来そうなものだが、外に出払っているのだろう、誰もいなかった。
「さて、失礼しますよー」
ユラは出来る限り派手な物音を立てぬよう、慎重かつ早めに紙を探していく。
紙類はすぐに見つかる。それを机の上へ置いていく。
「活動報告書って...、そこまでブラックな勤め先でも無かったのかなぁ?どーでもいいけど」
ユラは燃やす前に、一応全ての資料に目を通す。
特にめぼしい内容の物は見つからない。
ユラは腰のポーチからマッチを抜き取り、紙類に火を灯す。
ここからの作業は、ユラの手早さがものを言う。
その隣の部屋へ走り、そこからまた紙類を取り出す。
「本当にあるんですかねぇ!」
ユラはガサガサと荒々しく探しながら、吐き捨てるように呟いた。
大切なもの程、他の人間の手に届きにくい見えない場所へ隠すものだ。
アシュの言葉を信じ、今回はこのような作戦を練り実行しているが、果たして正解なのだろうか。
もし不正解ならば、彼らの死体と共にこんがりとユラの身体は焼かれる。
そんな危険な綱渡りの状態でも、ユラは決して焦らずに淡々と自分に課せられた仕事をこなしていく。
部屋から荒方の紙類を引き出し、それらに素早く目を通していく。
「これっ!」
そして、一応の仮目的であった狙いのものを見つけた。
事実かどうかも微妙なものだったが、現実にこうして見つかり、ユラは呑気に口元に笑みを浮かべる。
それだけを小さく折り畳んでポーチにしまいこみ、他に資料は燃えるように爆弾を置いた。
時間設定は三分間。
その間に階段を駆け下り、フェリとアシュとは逆側をユラが取る。
フェリとアシュの猛攻に気を取られている彼らには、ユラからの攻撃など見えていないだろう。
後ろにも敵がいるのだと教えてやる為に、ユラは一番後ろに居た男の脳を撃った。
パァンと銃声が鳴ったのを、アシュは振り返った。
フェリは違う。彼はもう、拳銃からナイフと体術へと移行し、手当たり次第に切りつけ殴り蹴るという簡単な方法になっている。アシュも拳銃は使わない。
ユラか、とアシュは焦らずに考えを付ける。
向こう側は、敵が二人だけだと思い込んでいたのだろう、明らかに慌てふためいている。
アシュには、その様子が滑稽に思えてしょうがない。
アシュは振り下ろされてきたパイプを剣の刀身で弾き、足払いをかけて相手を倒す。それから仰向けに倒れてしまった男の心臓目がけ、剣の先を突き刺した。
「はー、軟弱だわ」
アシュは汗の垂れる首を拭い、次の敵へと目を向ける。
その時、爆発音が空気を震わせる。その衝撃と爆風により、入り口にいた人間は吹き飛ばされた。
「お前らぁっ!!何をしやがったァっ!」
怒った男はアシュの背へ弾丸を撃ち込もうとする。
アシュがそれを刀身で弾くより早く、フェリがアシュを庇うように前へ飛び出し弾丸を肩に受け──、しかし怯む事なくその男の身体を殴りつける。
「ひひっ」
フェリの顔は愉悦に漂うような、引き攣った笑みを浮かべている。
「っフェリ!」
そんなフェリを呼び覚ますのは、アシュの昔からの役目だ。
いつもよりも声を張って呼びかけ、フェリの痛んでいるであろう肩を少し強めに叩く。
その痛みに、元に戻ったフェリの瞳がアシュを見下ろした。
「.....アシュ」
「仕事は終わりだ」
フェリは何度か瞬いて、アシュをその目にしっかりと捉えて微笑んだ。
まるで、そこで生きている事に安堵するように。
「何イチャコラしてんすか!私が必死で爆風に巻き込まれながらも命からがら逃げ出したっていうのに!」
その何とも形容しがたい雰囲気をぶち壊すように、血と煤まみれになってしまっているユラは頬を膨らませて、二人へと激しい抗議をする。
「ユラ、生きてたのか」
「殺さないでくれますかね!?」
ユラはけほけほと煙に噎せながら、二人の元へと近付いた。
「いや、本当によく無事だったな」
アシュが感心するように言うと、ユラは胸を反らして、
「肉壁が助けてくれましたからね!」
と言った。それでフェリとアシュは顔を見合わせて成程、と察した。
ユラは後ろから人を殺し、それらを爆風と爆炎の盾にして、入り口から転がり出て来たのだろう。
死人に口無し。
もし死人が喋れていたら、それはもう大目玉に違いない、死を冒涜するような行為だ。
彼らのように狂った人間達からすると、珍しい行為というだけで、何ともないが。
「さ、逃げよ。警察が消防士を沢山引き連れて来るだろうし」
「そうでなくてもこの恰好は見られたら、確実に職務質問ですしねぇ」
ユラは自身の状態を見て、軽く苦笑いを浮かべるばかりだ。
そして、三人はメラメラと燃えているアパートから離れるべく、急いで駆け逃げた。
幸いにも、道中で警察に出くわす事もなく、あっさりと家に辿り着いた。
家に帰ってすぐ、ユラは血と煤で汚れた身体と服を洗う為に風呂場へと早急に向かい、フェリとアシュもまた血で汚れた服を洗濯機へと叩き込み、軽装へ着替える。
それからアシュはフェリの肩の手当てを行なう。
「ユラ、目当てのもんは見つけたか?」
それを的確にこなしながらアシュは、風呂から上がって前髪をピンで留めているユラへ声を掛けた。
ユラは少しだけその動作を止め、それからピンを留めて、ポーチを手繰り寄せた。
「あぁ、見つけました。多分これですよ」
そう言いながら見つけた資料を、アシュへと投げ渡した。
依頼主が隠蔽したがっている資料を手に入れる事。それがアシュから託されたユラの任務だった。
二人の好奇心を埋める為だけの、手間暇を少しかけた行動。
そうでも無ければ、わざわざ一部屋ずつ周り、置かれている要らない資料含め全てに目を通すなどという面倒な事はしない。
アパートを支える柱に爆弾を仕掛けて、アパートごと倒壊させれば済む話なのだ。
アシュは手に入れた資料へ目を通していく。
「面白い事、書いてるでしょ?」
ユラはニヤニヤと笑いながら、アシュの反応を心待ちにしている。
アシュやユラに比べると、文字が読めないフェリには、アシュとユラの通じ合っているような表現に、仲間外れにされた気分で、内心拗ねる。
それを感じ取ったのか、アシュはフェリへと一枚の資料を突き付けた。
「何て書いてあるの?」
所々の簡単な文字しか読めないフェリには、全てを読んで内容を理解する事は出来ない。
「エノ・カンパニー」
アシュの口から、聞き覚えのある言葉が紡がれた。
「.....それが、どうしたの?」
「そこの社長への、本社へ送る社員の名簿一覧だ」
「へ?」
「あの人、エノ・カンパニーの子会社の社長だったんだねぇ」
湿る後ろ髪を拭きながら、ユラはにんまりと微笑む。
水を得た魚のように。
「それが、これ奇妙なんだよな」
「奇妙?」
「そ!だって、そこに居る人達、ラジオニュースで名前出てる人が半数を占めてるんだよ。警察が杜撰な捜査してるから、ちょっと気付きにくいかもしれないけど」
新聞をよく読むアシュと、気まぐれにラジオニュースを耳にしているユラには、これにはすぐ分かるらしい。
どちらにも疎いフェリには、これには一切分からない。
だが、答えないのはアシュやユラに馬鹿にされる事に繋がると、目に見えて分かった。
「.....あれでしょ、優秀な成績を取った人達」
「面白回答ありがとうございます、フェリさん」
嫌味ったらしく、ユラはそう言った。
フェリはいよいよ拗ねて、片頬を膨らませた。
アシュは苦笑いを浮かべて、ペンでその紙に書かれた名前の該当者に印を付けている。その紙をフェリへ手渡した。
二十人の人間の名前の内、十一人に印が付いている。
「.....どういう事?」
「最近、ここら辺で有名な大量殺人事件。その殺される人間は、黒髪青眼の人間。ここの資料に書かれてる人達の名前、ラジオニュースで呼ばれてたんだよ」
それが意味する事、フェリはそれにはすぐ察しついた。
「もしかしたらその殺人事件に、エノ・カンパニーが関わってるかもしれないって事?」
それにユラは大きく頷いた。
「可能性はあるかもね?」
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