Episode.5 The love that performed eccentricity with wine.

 次の日。

 ユラはシーの元へ訪れるべく、仕事の紹介所へ一人で向かった。

 ボロボロの酒場へ入ると、案の定店内でシーは一人で酒を飲んでいた。

 前はジョッキビールを飲んでいた彼だが、今回は赤ワインを嗜んでいる。

「シー」

「.....んぁ?おぉ、元相棒じゃねぇかぁ!どぉしたぁ?」

 相当酔っているのか、呂律はあまり回っていない。

 馴れ馴れしく触ろうとしてきたシーの手を、ユラは素早く払い除ける。

「遊びに来たわけじゃない。依頼だよ」

「依頼ぃ?」

 酒によって蕩けた瞳は、ユラの隠れた紫の目を捉えようとしている。

 ユラはそれに気に止めず、黒いスーツの男に渡されていた写真を机の上へ置いた。

「...この場所がこの南地区のどこかにあるらしいの。これを調べて欲しい」

「...昔のコネで、お前独自で調べればいいじゃねぇか。まだあるんだろ?」

「シー。私はもう"Knight Killers"なの。情報屋じゃない」

 ユラのハッキリした対応に、シーはくくっと喉を鳴らしてからワイングラスをあおった。

「まぁ、いいぜ。やってやるよぉ」

 そう言ってから狂気じみた笑い声を上げて、ユラの手を握った。

「報酬はご奉仕でも構わ「身体の関係は持つ気は無い」」

 シーの手を、ユラは素早く振り払う。

 ユラの不機嫌そうな口元に、またシーは高らかに笑う。

「.....俺が好いてるの、気付いててそういう態度なんだよなぁ...。あぁ、腹立たしいぜ」

「お互いに干渉し合わない。それが約束だったでしょ」

 ユラはポーチへ手を伸ばした。

「ここのお代でも払おうか?」

「.....いや、これの代金は俺が払う。お代は」

 そこでシーは立ち上がり、ユラがそれから逃げるより先に肩を掴んだ。

「おい」

 そしてユラの制止も聞かず、シーは細く白い彼女の首へキスを落とした。


 ユラは目を見開き、シーを引き剥がす。

「ふはっ、初心だよなぁ。そして、俺はお前のそういう顔、好きだ」

「っ」

 ユラはすっかり赤くなってしまっている顔を隠すように、二の腕で顔の下半分へ持っていく。

「この目を見られるかもしれない焦りと恐怖。それが逃げたかと思うと羞恥が襲う。そのぐちゃぐちゃになった感情がいいぜぇ」

「っこの、」

 ユラの殴ろうとする拳を、シーはあっさりと受け止めた。

 男と女では力の差がある。

 ユラの拳はシーの手から逃れられない。

「俺はお前の、その目に惚れてるんだぁぜ?それこそ、フェリやアシュに盗られないか心配な程になぁ。それでも、お前に嫌われないように放ってんだぜ?」

「.....っだから、何?この酒乱」

「..........お前、フェリを鈍感ってぇ評価してるが、お前自身も大概だからなぁ」

 シーはパッと手を離し、残りのワインを全て飲み干した。

「まぁ、代金分の仕事はする。そのアパートは俺達の元拠点から東に五百メートル程度行った先にある、誰も寄り付かねぇオンボロアパートさ」

「...どうも、ありがとう」

 礼を言うユラだが忌々しげにシーを睨み、彼のテーブルから離れる。

 その腕をシーは掴んだ。

「.....まだ何か?」

「...いや、何でもねぇさ」

 その手をシーはパッと離した。

 ユラは首を傾げるが、すぐに歩き始めて外へと出て行った。


「...はぁ」

 シーは大きな溜息を吐き出し、カウンターにいる店員に、大きな声で同じ赤ワインを頼んだ。

 空になったワイングラスに赤ワインがとくとくと注がれ、店員へ再び一杯分の金を手渡して、ワイングラスをくるくると回す。それから自身の唇にほんの少し触れた。

「...あの馬鹿も、鈍感だ。キスの意味も知らない子どもなんだ」

 吐き捨てるようにそう言い、自身の想いを胸の奥へと押し込めるように、一気に赤ワインを喉へと流し込んだ。



 くしゅん、とユラは小さくくしゃみをした。

「...っう。風邪かな...?」

 ユラは鼻の下を擦り、まだ背後に見える紹介所を睨んだ。

 それからシーに唇で触れられた首を撫でた。

「.....本当、あいつが無能ならどれ程良かったか」

 昔から、ユラは分かっている。シーの偏屈した好意が自分に向けられている事に。

 だからこそ、それを利用しているのだ。自分が上手く立ち回れるように、自分が生き残れるように。

「...卑怯者、だなぁ」

 くすくすと小さく笑む。

 そんな彼女の耳に、微かな足音が聞こえた。自分のものでは無い、何者かの複数の足音。

「.....面倒臭い」

 女の身であるという事は、武器にもなり足枷にもなる。

 それは顕著に、この歓楽街では現れる。

 ユラは一気に走り抜け、右の路地へと曲がる。その時には既にポーチから拳銃を抜き、追って来た男数人の脹脛を躊躇いなく撃つ。

 ドミノ倒しのように前の人間が蹲る事によって、後ろから来ている人間はそれにつまづいて倒れる。

「ふふ、お馬鹿さん達だね」

 ユラはニコッと微笑み、後ろの男達の頭を、残りの弾丸で一人ずつ撃ち抜いた。

 それからその場所から逃げるように、ユラはそこから走り去った。


「はー、ただいまー」

 ユラはぐしゃぐしゃと自分の髪の毛を掻きながら、家の中へと入る。

「お、おかえり」

「よー、お疲れ」

 フェリとアシュは仲良くソファに腰を下ろし、コーヒーを飲んでいた。それにユラは目を丸くする。

「フェリさん、コーヒー飲めましたっけ?」

「砂糖を結構ぶち込んで飲んでるんだよ。ったく、お前は子ども舌だよなぁ」

「いっ、いいだろ」

 フェリは少しムッとしたように眉を寄せ、コーヒーを飲む。

 成程、とユラは納得して、フェリにアパートの写真を渡した。

「ここの場所、どこにあるのか分かりました。後はいつ襲撃するか、それを考えるのみです」

「凄い早いな。報酬は何がいいって?」

「もう払い終わったので、気にしなくていいです」

「.....流石。...あのさ、今回はアシュにも来て欲しい」

「は?俺が?何の為に?」

 フェリの言葉に、アシュは眉を寄せて訊ねた。

「今回の仕事は紙を全て燃やす事。なら、人手が多い方がいいかなって」

「それなら私も賛成でーす」

 ユラも手を挙げて、フェリの意見に同調した。

 それに対して渋るのはアシュだけだ。

 面倒事を必要以上に行おうとせず、楽できるなら楽したい精神の持ち主だ。ただ、フェリからの頼みとなるとどうにも弱いのも、また事実である。

「...いいよ。紙を燃やし尽くせばいいんだな?人は?」

「最悪は殺害も可、って感じで。一応、この依頼は殺しが目標じゃないからね」

「.....しゃーねぇな」

 アシュは渋々承諾し、フェリは「ありがとう」と言ってアシュの黒髪を撫でた。

「決行日は?」

「明日の夕方。夜だと資料を見る為に、わざわざ電気が必要になる。それが要らない分、戦闘が多くなるかもしれないけど」

「それくらいはボコボコにしてやるよ。まぁ、前から身体を動かしたいとは思ってたからな」

 アシュはへらりと笑ってみせた。

 その態度にユラは小さく肩を竦め、苦笑いを浮かべる。それを見てアシュはユラの頬を抓り始める。

 明日に命のかかった仕事があるにも関わらず、呑気な行動をしている彼らを見て、フェリもまた眠そうな瞳を細めて苦笑した。

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