Episode.4 Feast of rotten human beings.

 倒れている人間は、女だった。身体の凹凸からそうだと分かる。

 露出度の高い派手めな服を着ている事から、娼婦かあるいは歓楽街に向かう途中だったのだろうかとも窺える。

 だが、その綺麗な服も白い肌も、鮮血によって染められていた。

 そして、その頭は存在しておらず、どくどくと切断部である首から血液が溢れたていた。


 普通の感性を持つ人間ならばこの時点で嘔吐してしまう程のものだが、フェリとユラは"Knight Killers"という仕事の都合上見慣れている為、特に平常心で死体を見ていた。


「警察に言いますか?」

「いや...、俺達が"Knight Killers"って事がバレたら困る」

「そうですよねー」

 ユラはポケットへ伸ばしていた手を引っ込め、ヘルメットを外してフェリの横へ立つ。それからキョロキョロと辺りを見回した。

「.....殺人犯の姿は近くにはなし、と」

「居たらもう殺されてるよ、俺ら」

「いえ、それないです。私が先に撃ち殺しますから」

 メンバー一の早撃ちの実力者であるユラは、自信満々に微笑んで、腰に付けているポーチに収まった拳銃を軽く叩いた。

 その発言にフェリは眉を寄せた。

「...気を抜くと危ないぞ」

「過信が危ないだけですよ。少しの自信は必要ですって」

 過信は良くないですけど、とユラは付け加えて死体を眺める。

「見事に首からちょんぱですね。使った刃物はなんでしょ?」

「糸鋸切りかも。一番斬りやすいだろうし」

 指紋が残るので観察するだけ。

 フェリは未だ血を噴く断面をジロジロと見る。

「でもこの感じからすると、まだ切ってから時間経ってませんね...。糸鋸切りじゃあ短時間では無理かも」

「.....うーん、なら何だろ」

 フェリとユラはその場で少し考えて、それから他の人に見つからないように、我が家のある歓楽街へと帰って行った。


「よぉ、遅かったな」

 家に帰ると、キッチンに夕飯を並べられており、ソファにアシュは座って夕刊を読んでいた。

「たっだいまー、アシュさんっ」

「ただいま、アシュ」

 口々にそう言い、フェリはポーチを部屋へ下ろしに、ユラはアシュの肩へ顎を乗せる。そこから彼の開いている新聞を読んでいき、ある記事で目を止めた。

「あ、エノ・カンパニーの記事だ」

「やっぱ気になるよな、引き受けた後も」

 アシュはユラにもよく見えるよう、少しだけユラへ紙面を近付けた。


 そこには、新しく発見された金属素材を使った商品や事象による利益上昇を社長らは目論むだろう、と書かれていた。

 商品化された品物は、来月から販売されると小さな文字で注意書きされている。

 その下には学の乏しい一般市民にも分かりやすいよう、折れ線グラフが載せられており、今までの経営成果とこの発見による利益見込みが記されている。


「.....へぇ、元々は羽振りは悪かったんですねえ」

「.....みたいだな。あれだけの金を払えるから、もっと金を持ってる会社かと思ってたけど」

 アシュもこれには予想外だったようで、彼の声音もまた驚いている。

「何見てるの?」

 部屋に行ったついでに楽な服装へ着替えて、フェリはリビングに戻って来た。

 二人が覗き込んでいる新聞を、彼もまた横から覗く。

「...エノ・カンパニー...、しんはっけん...?」

「フェリさん、少しだけでしょ読めるの」

 ユラの小馬鹿にした物言いに、フェリは唇を尖らせて頬を膨らませた。

「.....新発見ねぇ。まぁ、もうどうでもいいですけどー」

 ユラはアシュから離れ、キッチンに置かれているご飯を運んでくる。


 今日のメニューは、鮮やかな黄色い卵が乗せられたオムライスだ。

 ソファにアシュとフェリが座り、ユラは二人の間の床に腰を下ろす。

 ふわりとしたケチャップの甘い香りに、ユラは顔を上げる。

「アシュさんって、本当に料理上手いですねー」

「まぁ、お前らが仕事してる間は暇だからな」

 そう言って、アシュはオムライスを口へ運んだ。


 アシュの扱う武器は剣である。

 拳銃の腕は他の二人に比べると使う才能に差があり、端的に言えば命中率が圧倒的に低い。

 だが、剣という大きな武器は小回りの必要な仕事には向かないので、基本アシュは家での留守番役が多い。

 加えて医術を齧っているので、怪我の治療が彼の大半の役割だからこそ、危険がないよう家で待たされる事の方が多くなり──、必然的に暇になるわけだ。


 それからは三人共、殆ど無言でオムライスを口に運んでいく。

 その内に下の階からドタバタと煩い音が聞こえ始めてきた。

「盛り上がってますね」

 一応、〈堕天使〉はシックなバーだとリツは胸を張って言っているが、メィや〈涙雨の兎〉メンバー含め周りの人間は、バーではなく酒場だと感じている。

 宴会などの楽しい行事が心底好きなリツが、静かに酒の味を楽しむバーを経営出来る筈もないのだ。ましてこの歓楽街に建てているのだから、尚更だ。

 だからこそ、こうして煩いのは珍しい事ではない。

 客同士が大声で話しているのかもしれないし、口喧嘩をしているのかもしれない。が、こちら側は住まわせてもらっている側なので、特に文句を言う事もなく、淡々と食事を済ませていく。

 食べ終えた皿とスプーンを水に付け、フェリとアシュは紅茶を飲み、ユラは白湯を飲んでいた。

 その時、どんどんと激しく扉を叩く音が鳴った。

「リツか?」

 一番玄関に近い位置にいるフェリが、玄関へと向かった。


「っフェリさん!」

 そこには息も絶え絶えといった表情をしたメィだった。胸の辺りを押さえてふぅふぅと息を整えてから、フェリの両腕を掴んだ。

「た、助けてくださいっ」

「え、えと...、どうしたの?」

「お、お客様が暴れ出して...!リツさんでも止められなくて」

「止められないんじゃなくて、止めるの面倒臭がってるだけだろ」

 溜息を吐き出しながら下へ降り、アシュは立ち上がって玄関の靴箱から靴を取り出す。

「止めたらいいんだろ」

 メィの肩をぽんと叩き、アシュはそのまま店の方へと向かって行ってしまった。

「.....ユラ」

「ほいほーい」

 フェリの声に、ユラも玄関へと向かい、二人も階を降りて靴を履き、アシュの後を追う。メィもぽかんとしつつも、慌てて二人を追った。


 店内は騒然となっていた。

 落ち着いた雰囲気のある店内の内装はめちゃくちゃになっており、真ん中の席でいい歳をした男二人が取っ組み合いをしている。

 それを止めようとリツも懸命に頑張っているが、細身である為か弾き飛ばされており、リツは半ば喧嘩に混ざるように、三人での取っ組み合いの喧嘩に発展しかけていた。

 他の客は巻き込まれないよう、店の端で縮こまっていた。

「.....酒瓶は割れてないのか」

「割れる前に私が回収したので」

「流石メィちゃん!」

 アシュはずかずかと無遠慮に、喧嘩の輪の方へと向かう。

「おい、止めろ。他の客が迷惑してるの分かんねぇのかよ、このクズ共が」

 ストレートに人を貶していくアシュの言葉に、三人はアシュを睨む。彼は顔色一つ変えずに、無言で見上げていた。

「なんだぁ!?坊主ぅっ?!ボコボコに殴られてぇのかよ?」

「喧嘩止めろって言ってんだろ、耳ねぇのかよお前」

「うるせぇ!こいつが馬鹿にしてきやがって...!」

「ンだとぉ!?」

「喧嘩すんなってーの!!」

 売り言葉に買い言葉である。

 アシュは大きく息を吐き、彼らの間に割って入ろうとした時。


「このチビがっ!」


 その言葉に瞬時にアシュの目の色が変わる。

「へぇ」

 アシュはそれだけぼそりと呟き、手近に居た男の一人の腕を掴み、勢いよく背負い投げる。

 男の身体は床に沈み、アシュの赤眼鏡の奥の鋭い眼光は次の男へ向いた。

 脇腹に拳を叩き込むと、バランスを崩した男の胸を蹴る。

 その威力に男はゴロゴロと床を転がり、店の玄関近くまで飛んでいった。

「ってっめぇ!」

 背負い投げられた男は、背後を取るように後ろから襲いかかる。

 が、アシュはその男の顔面に真横から手加減なく拳を打ち込み、彼はカウンター席にもたれかかるようにして倒れ、ぱたりと動かなくなった。

 ひっ、とメィの喉の奥から悲鳴が漏れ、その間にユラがそれへ近付き、男の見開いた両目へ手を振る。

 反応はない。

「気絶ですねこりゃあ」

「あいつの地雷踏んだんだから、それくらい当然だろ」

「まー、典型的に踏みましたねあの人達」

 フェリとユラはどこか憐れむように、アシュの方を見た。

 アシュは店の出入り口近くで転がっている男に馬乗りになって、両頬をいい音を鳴らしながら叩いている。

「.....ありがとうな、お前ら」

 取っ組み合いにより、服がはだけて色素の薄い肌色がワイシャツの合間から見えるリツは、いい笑顔を見せてフェリの肩をバシバシと叩く。

 フェリはそれを払い、

「メィに礼を言えよ」

「そうなのか!ありがとう、メィ」

「い、いえ。私は、大した事してないですから」

 メィは緩んでいる頬を押さえて、くねくねと身をくねらせる。リツに褒められるのが嬉しいようだ。

 フェリは殴り終えてすっかりスッキリしているアシュの肩を持つ。

「大丈夫、アシュ?」

「ん、平気だよ。ド素人に負けねぇし」

 けっ、とアシュは言うと、すっかり頬が腫れ上がってしまっている男を店の外へ投げ出した。リツもまた、カウンター席によりかかった男を投げる。

 このまま放置されていれば、後々追い剥ぎに遭うかもしれないが、こちらとしてはどうでもよい。


「悪かったな、変な奴のせいで雰囲気壊して!」

 リツは店の中の人間へそう言うと、手元の財布を見せた。

 それを見て、ユラはメィに視線を向ける。

「メィちゃん、あれリツさんの財布?」

「いえ...、確かもっと鎖の付いたデザインだったかと.....」

 ユラは小さく息を吐く。

 どうやら男の一人は既に追い剥ぎに遭ってしまっているようである。

 リツは客に見せつけるよう、財布から札を数枚取り出してヒラヒラとそれらを動かした。

「これで今夜の酒を頼めばいい!人の金で飲む酒もまた、格別だろ?」

 それが、今夜の〈堕天使〉の店内に大きな歓声が上がった瞬間だった。

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