Episode.3 The sweet cake in a reward.

 明後日、つまりは仕事の内容の書かれた用紙を手に入れてから二日後。


 フェリとユラは、ニコールディア王国の中央に建つ、王宮近くの大通りに建っている小洒落た喫茶店にいた。

 店の中は木の温かみを感じるレトロな内装で、昼を少し過ぎた頃合いなので、客の数は疎らだ。


 フェリは朝ご飯代わりにオレンジジュースを、ユラはカフェ・オ・レを注文して、四人席で依頼主を待っている。


 本来なら依頼主の仕事場にフェリ達が赴くべきなのだが、それにはややフェリ達からは遠過ぎる上に、相手側はあまり公にしたくはないらしい。

 その折衷案に則っているのか定かではないが、依頼内容の説明はここで受ける事になっていた。


 ここでさえも、歓楽街にある〈涙雨の兎〉の拠点からは遠い場所ではあるのだが。

「フェリさんって本当に飲めませんよね、苦いの」

「...それ美味しいの、ユラ?」

「美味しくないの、わざわざ金払いませんってば」

「...確かに」

「時々馬鹿ですよね、フェリさん」

 フェリとユラがそう話していると、二人の目の前に二人の男がやって来た。


 一人は金持ちのように見える恰幅の良い男。若者よりはそろそろ中年の坂に入りかけているように見え、その額は汗と油でてらてらと光っている。

 もう一人は、彼よりも遥かに若い男。フェリやユラと同年代に見える。身動きが取りやすそうな素材で作られたと分かる黒いスーツに、白いマスクを着用していた。

「すまないね、待たせたかい」

 中年の男はだらだらと汗の酷い額をハンカチでしきりに拭きながら、二人へ笑いかけた。

「いえ、大丈夫ですよ」

 ユラは外向けの人当たりの良い笑みを見せる。


 二人はいそいそと腰を下ろして、アイスコーヒーを一つだけ注文した。

「それじゃあ早速、お話してもらってもいいですか?」

 ユラは中年の男へそう促し、彼は頷いてから話し始めた。


 今回の任務は、重要書類の廃棄。

 彼の会社にスパイが紛れ込み、書類を奪われたのだという。

 しかし幸か不幸か、それはコピーした物らしく本物は改正して彼の手元にある。

 が、それでも一応はその資料はなかった事にしておきたい。

 それが今回の任務に繋がる。


「具体的には、どのような資料なんですか?」

「...それは言えません」

「はい?ですが、資料の破棄にはどのような資料なのかの情報が」

「紙類を全て燃やしてくれれば良いのではありませんか?」

 そこでここに来て、初めて黒いスーツ姿の男が発言した。

「...まぁ、そうですけど。こちらとしてもあんまり大事にしたくないんで」

「...内容は詳しく言えないので、このアパートの紙類は全て燃やしてください」

 黒いスーツ姿の男はそう言って、胸ポケットから一枚の写真を取り出した。

 そこにはボロボロの、人が住んでいなさそうな灰色のアパートが写っていた。写真の風景から察するに、人通りは少なそうに見える。

「.....ここですか」

 ユラは写真を手に取り、凝視する。

「南地区の薄汚い歓楽街の近くに建てられているアパートでございます。それで、苦渋の決断ではありましたが、依頼をここへお願いしたのです」

 フェリがちらりと横目でユラを見る。

 初対面の人間にはニコニコと微笑みながら、美味しそうにカフェ・オ・レを飲んでいるように思えるが、その片頬はぴくぴくと痙攣している。

 苛立っている証拠だとフェリは知っているので、それが爆発しないかひやひやしながら、無表情で焦りと共にオレンジジュースを流し込む。

「ようは、ここの資料を破棄すればいいんですね?」

 苛立ちが頂点ギリギリなのだろう、言葉の端々の力が強くなっている。

「えぇ、話が早くて助かります」

 恰幅の良い男は、また流れる汗を拭いた。

「それで、報酬なんですが...」

 彼はそう言って、隣の黒いスーツ姿の男を肘でつついた。

 彼はそれを合図に、また胸ポケットから封筒を取り出した。

「ここに報酬を箇条書きにしております。成功すればこの全てをお渡し致しますので」

「どうも」

 今度はフェリが受け取り、封筒から紙を取り出す。


 そこには殺人任務と同じ程の高額な金額が記されていた。

 ちらりと、フェリは二人の男の顔を見た。

 その表情からは、真実はよく読めない。


「.....分かりました、引き受けます」

「ありがとうございます」

 恰幅の良い男は晴れやかな笑顔へ変わり、黒いスーツ姿の男は顔の表情一つ崩さずに頭を下げた。

「それでは帰りましょうか、社長」

「あぁ、そうだね」

 黒いスーツ姿の男はスッと席を立って、社長と呼ぶ男を立たせた。

「それでは依頼が終わり次第、こちらまでご連絡ください」

 黒いスーツ姿の男は恰幅の良い男のポケットから名刺入れを取り、その中の一枚をフェリへ渡した。

「それではまた」

「はい」

 まるで一陣の風のように、彼らは用事を済ませるとさっさと帰って行った。


「...フェリさん、この飲み物だけ飲んで帰ります?それとも何か食べますか?」

「うん、これ飲んで帰る...。いや、やっぱり食べる」

「はい、メニュー表です」

 ユラは置かれているメニュー表を手渡し、溜息を吐きながら頰杖をついた。

「どうした?」

「.....はぁ?あんなに言われたら腹立ちますよ、普通は!」

 ユラは彼らの言動に大分憤っているようで、忌々しげに店の出入り口を睨みつけている。

「住んでる街を貶された上に、依頼を頼む側の癖に上から目線?あぁ、腹立たしいにも程がありますよ!」

 少ないながらにも客がいる事を考慮しているようで、その荒げられている声は小さいが怒りは感じる。

「落ち着け。.....あ、これ美味そ」

「確かに。...で、詳しいアパートの位置探しからですねぇ、まずは。...シーに頼みますか?」

「彼への見返りはどうする?彼の場合は前回は...」

「私の髪の毛数本でしたね。.....何に使うのかは想像したくもないですけど」

「.....あぁ」

 フェリはやって来た柔和そうな顔をした老紳士の店長へ、蜂蜜ワッフルというメニューを注文した。

「.....偏屈変態変人野郎ですけど、情報屋としての腕は確かですからねぇ。見返りは兎も角、頼みます?」

「...ユラが危険にならない程度の代物なら、彼の力を借りよう。それ以外では、とりあえず自分達の力で」

「了解」

 ユラはカフェ・オ・レをまた一口飲み、メニュー表をぼんやり眺めた。


 その内にフェリの頼んだ蜂蜜ワッフルが机へ運ばれてくる。

 こんがりとカリカリに焼かれた厚みのあるワッフルの上に、白いホイップクリームが乗り、更にその上にまんべんなく黄金色の蜂蜜が掛けられている。

「頂きます」

「私も何か食べよーかなぁー」

 いつも眠そうな感情薄いフェリの黒目が、心なしか輝くのを見て、ユラはそう呟く。


 その視線に気付き、フェリはユラの顔を覗き込んだ。

「一口、食べる?」

「.....いえ、アシュさんに後で怒られるんでいいです」

「アシュに?」

「えぇ...。あ、あの、バニラアイスクリームを一つ」

 結局、ユラは三時のおやつとして食べる事にして、カウンターに居る店長の老紳士へ、よく通る声でバニラアイスクリームを頼んだ。

「大怪我しない以外にはあんまり怒らないと思うけどなぁ、アシュ」

「フェリさんが知らないだけですよ。今居ないから言えますけど、アシュさん、普段怒ると無茶苦茶怖いんですからね!」

 フェリはザクザクとワッフルをフォークで器用に一口サイズに切り分け、ホイップクリームに付けて口へ放り込む。

 甘い蜜の味とホイップクリームが、更に甘さを助長している。

 それを味わうように噛み、咀嚼した。それからまた一口食べる為に口を開いて、

「それは確かにそうだな」

「怒られた事あるんですか!?」

 ユラは驚いたように、目を開いた。


 目に見えてフェリに甘いアシュが、フェリを怒っている場面など、数年の付き合いだが出くわした事がない。


「え、フェリさんって、何で怒られるんですかっ?」

「んー...」

 そこで開いていた口にワッフルを放り、もぐもぐと食べ終えてから、


「秘密」


 口元に付いたホイップクリームを指で取りながら、フェリははにかみつつそう言った。

「えー.....。つまんないですそれ」

「お客様、バニラアイスクリームです」

「あ、どうも」

 店長の老紳士からバニラアイスクリームを受け取り、ユラもぱくぱくとアイスを食べていく。

「...ま、いいですけどー」

 アイスクリームで腹が満たされていき、だんだん気分が落ち着いていたのか、ユラは特に気にせずに食べ進めていく。

「さて、美味しくて甘いの食べたし、また頑張るかあ」

 フェリは蜂蜜ワッフルを食べ終わり、静かに合掌した。


 店から出た二人は、人には見えにくい場所に停めていたバイクに跨り、ヘルメットをかぶってから家へと帰る。

「ふわぁ...、眠い」

「ちょっと!交通事故は起こさないようにしてくださいよ!そんなので死にたくないですから」

「分かってるってば」

 腹が満たされた事によるフェリの危険な兆候にユラはヒヤヒヤしながら、彼の背へ掴まっている。


 店を出た時には明るかった空は南地区へ戻って行く度に、徐々に暗がりになり始めていく。

 路地を曲がった直後、フェリは『それ』を見て慌ててバイクの動きを止めた。

「ちょ、」

 ユラは急停止に驚き非難するように言って、フェリへは何も聞かなかった。

 フェリはヘルメットを外してからバイクを降り、その人間の目の前で足を止めた。

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