Episode.2 Residents gathering around them.

 朝一番に目を覚ますのは、アシュだ。

 他の二人に比べると少ない運動量である為か、寝てもすぐに起きてしまうのだ。

 むくりと身体を起こし、欠伸をしてから二段ベッドに掛けられた梯子から下りる。


 ふわふわとした意識の中で、アシュはリビングへ向かう。

 冷蔵庫の中からパンとハムを取り出す。それからコップを取り出して、ブラックコーヒーを注ぐ。

 ハムをパンの間に挟み込み、その二つの品を持ってソファに座り、もぐもぐと朝食を食べ始める。

 その噛む動作により、徐々にアシュの頭は覚醒していく。

「おはよー.....」

 アシュがパンを三分の二程食べ終えた頃に、ユラが口元を手で押さえながらリビングへやって来る。

「はよ」

「んー...早起きですねぇ、アシュさん」

「まぁ。早起きって程でもねぇけどな」

 ユラは壁にかけられた時計の針を読む。その時刻は朝というよりは昼に近かった。

「...あっはー。昨日は遅かったですもんね」

「フェリ、もう少し寝そうだな」

「あー.....、ですねぇ」

 アシュやユラに比べると、フェリの寝起きはすこぶる悪い。

 フェリを起こそうとするのは自殺行為と同義として、二人の共通認識になっている。

 ユラは小さく欠伸をしながら、冷蔵庫へ向かい、パンを取り出す。

 それを口に咥えてもごもごしながら、コップにコーヒーを半分と牛乳を半分注ぎ入れ、アシュの隣で食べていく。

 その時、コンコンと扉をノックする音が鳴る。

「あ、メィちゃんかな?」

 ユラはぱくっと最後の一口を放り込み、扉へと向かう。

「メィちゃん?」

「は、はい!そうです!」

 ユラはその声を聞いて、扉を開けた。


 扉の前へ立っているのは、黒い髪の毛を一つに結い、ぱっちりとした桃色の瞳は愛らしさを強調する。

 歓楽街には似つかわしくない露出度の少ないメイド服を身につけ、その手には食材の入れられた袋が握られていた。

 彼女はこの下の酒場〈堕天使〉で働くウェイトレスである。

 メイド服の着用を強要されている事から、周りからはメィとよばれている。


 メィはユラへ、食材の入った袋を手渡した。

「わー、いつも沢山ありがとう」

 "Knight Killers"という仕事上、あまり外をうろうろ出来ない為、メィに必要な金を手渡して、数日分の食材を買ってもらうように頼んでいる。

「これ、余りのお金です」

「お小遣いで持っててもいいのに」

「いえ!それはよろしくないですから」

 ぶんぶんとメィは首を横に振る。

 ユラは眉を寄せてくすくすと笑いながら、その手の金を貰う。

「また頼む時はよろしくね」

「はい!」

 メィはぺこっと頭を下げて、階段を駆け下りていった。

 扉を閉めて、袋を持って冷蔵庫へと入れていく。

「いいもん貰えたのか?」

「まぁ、メィちゃんの行く店、新鮮な食材が多いですから、全部いい物ですよ」

 ユラが片付けていると、部屋の方の扉が開き、フェリが目の下を擦りながらリビングへ入って来た。

「よぉ、はよ」

「うん.....、はよ」

「あー、ちょっと!フェリさん、足元見てくださいよ。私のコップ置いてますからね!」

「うん...」

 フェリはふらふらと歩いて、ソファに倒れ込む。

「.....眠い」

「人より寝といて何ほざいてんだ、阿呆か」

「しょうがないだろ。眠いもんは、眠いんだし」

 フェリはふわっと欠伸をしつつ、アシュを見上げる。

 ユラはフェリに座る場所を取られた為、ソファの椅子に寄りかかり、残るコーヒー牛乳を飲んでいく。

「フェリさん、今日はとりあえず仕事見に行くだけ行きません?いい仕事を早めに押さえときましょうよ」

「んん.....。面倒臭い」

「でも、いい仕事無くなりますってば。昨日...いや、今日の深夜になりますが、あぁ言ってましたけど、押さえるだけはタダですよ」

 行動派のユラは、つんつんとフェリの頬を突く。

 フェリは眉を寄せてうんうんと唸り、それから小さく「分かった.....」と呟いた。

「金がなくなったら、困るしな。有り得ないけど」

「でも貯めておいて損はないでしょ?」

 ユラは小さくウィンクをして、フェリの手を引く。

「じゃ、私は準備して来ますんで、フェリさんも、そこそこ早めに準備してくださいよー」

 ユラはひらひらと手を振って、自室へと戻って行った。

 フェリはゆっくりと身を起こして、目の下を擦り、背筋を伸ばして一息つく。

「.....朝飯は」

「いいよ。紹介所に行くまでに買って食うから」

「.....お前、細いんだからちゃんと食えよな」

「食う時間も眠りにあてたいな」

「...相変わらずだな、そこは」

 フェリは小さく欠伸を噛み殺し、洗面所へと歩いて行った。顔を洗い歯を磨き、それを終えると着替えを済ませに、部屋へと戻って行った。

「...食い気より眠気か、あの馬鹿は」

 アシュは小さく呟いて、溜息を吐いた。


 着替え終えたフェリとユラは、家から出て靴を取り、外へと出る。

 歓楽街の昼間は人も疎らで静かだ。ここに活気が見え始めるのは、夕方の陽が傾き始めた頃。

 それまでは、変な人間に絡まれる可能性は低い。

「おはよー、フェリにユラ!」

 低いだけであって、絡まれない訳では無いのだが。

「おはよう、リツさん」

 ユラは彼へ気さくに挨拶を返す。


 さらりとした長い薄茶髪を風になびかせ、好奇心旺盛の子どもの瞳を当てはめたような黄色の双眸は、今はフェリとユラを見て細められている。

 服装は白のワイシャツに黒のパンツ、黒のエプロンを腰に巻いている。

 彼はアシュの古くからの友人であり、三人の住む二階の大家である。一階の酒場〈堕天使〉のオーナーをしている長身男のリツである。

 メィ同様、愛称としてマスターと呼ばれている事の方が多いが、本人はマスターという役職よりもリツと呼ばれたいらしい。


「もう仕事に行くのか?昨日も遅くに帰って来たのにさ」

「ユラに言われて」

「早めに楽な仕事を取っておきたいからさー」

 へらへらとユラは笑いながら、リツへそう言う。

「まぁ、気を付けてな」

 リツはそれ以上には特に何も言わずに、フェリとユラが歩いて来た方向へ、ステップを踏みながら歩いて行った。

 表通りの商店街であんな歩き方をすれば、即警察を呼ばれて職務質問になるかもしれないが、歓楽街はネジの外れた人間が多い。そんな通報はなされない。


 フェリとユラはそのまま歩いて行き、歓楽街の端も端の、ボロ酒場へ訪れた。

 至る所が穴まみれで何もしなくても換気がなされ、照明も朧気になっている。

 見る人が見れば、潰れた酒場と思われがちだが、ここには裏で生活を支える裏社会の人間達の集まる、仕事の紹介所である。

 フェリとユラは店内へ入る。

 中にはガタイの良い男達が酒や金を交わしながら、仕事の紹介を受けたり自分の仕事の成果を話したりしている。

 細身なのはフェリだけであろうし、女の身であるのはユラだけかもしれない。

 だが二人は気に止めず、中へと入っていく。


 カウンターにいる男へ、ユラは声を掛けた。

「いい仕事ないかな、お兄さん」

 男は「少しお待ちください」と形式ばった言い方をして、カウンターの下から紙の束を取り出した。

 ユラはそれをフェリにも見えるように身体をずらす。

「どれがいいですか、フェリさん」

「簡単なの」

「いつも通りの返答で何よりです」

 ユラはじいっと各資料の文面を睨みながら、適当な一枚を取った。

「また来るね」

 カウンターにいる男へそう言い、その紙を折り畳んで家路へと向かおうとした二人へ、

「やぁ、ユラ」

 全身黒ずくめの黒髪黒目の男が声を掛けた。

 口を半月型にしてニヤニヤと歯を見せていやらしく笑い、テーブルに置かれているジョッキビールの杯をあおった。

「.....シー」

 彼はこの裏社会では必要不可欠な職、情報屋をしているシーという男だ。

「昼間っから酒?いい身分だね?」

「いつ終わるともしれない命だからなぁ!楽しみたいだろ」

 ケタケタと狂気じみた笑い声を上げて、シーはまた酒を飲む。

 かなり酔っているのだろう、黒い眼差しは据わっている。

「へへ...ユラぁ、気ぃ付けなよー」

「何をさ」

「最近、黒髪に青眼の人間が殺されてるらしいぜー。しかも頭部を持ち去られた死体で見つかるんだ」

 シーはまた狂気じみた笑い声をケタケタとあげる。ユラはそれに対して、不快感を示すように顔を顰めた。

「それ、私には関係ないじゃない」

「お前の目が紫だと知ってる人間が犯人ならな。でも、普段からそうやって目を隠してたら、襲われても不思議じゃないだろ?」

「っ!」

 至極まともな事を言われ、ユラは僅かに悔しげに顔を歪める。

「シーに言われなくても分かってる。じゃあね」

「はいはい、そーですか!」

 シーの笑い声を背に浴びながら、フェリとユラは外へ出た。


「はー!腹立つ!相変わらず腹立つ!」

 紹介所を出てすぐ、ユラはギリギリと歯噛みしながら、ブツブツと文句を言う。

「...いいのか?一応あの人にも叔父さん探すの、手伝って貰ってるんだろう?」

「いいんです!アレでも頼まれた仕事はきちんとこなしますから。情報屋は信頼が第一。それがなくなった日には、収入源皆無になりますからね」

 ユラはそう言って、来た道を戻る。

 フェリは会話が切り替わるように、さり気なくユラへ訊ねた。

「で、次の仕事は?」

「簡単ですよ、フェリさん」

 ユラは少し口元を膨らませつつも、フェリへ紙を見せた。

 少しだけしか文字の読めない識字率の悪いフェリには、五文字六文字が分かる程度で、いまいちピンとこない。

「え.....と」

 それに気付いたユラは、タイトルのように大きな文字で書かれた大まかな仕事内容を読み上げた。


「重要書類の隠滅です。打ち合わせは、明後日」


「.....了解」

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