第廿参話 店主と攻防戦

 突然の轟音に、俺は目を覚ました。

「な、何だ?!」

 慌てて布団から出て、自分の祓器ばつきである棍棒を片手に、店の外へと飛び出す。

「は.....っ?!」

 そこに広がっていた光景は、壮絶の一言であった。


 今までに見た事のない数の大量の妖百鬼が外で動いていたのだから。

 その光景に目を奪われていると、路地の影から大きな巨体が姿を現した。

「鬼...っ!」

 素早く祓器ばつきを構えて、先端に水の球を纏わせる。

 地面を蹴り上がって、鬼の顔面に勢いよく水をぶつける。すると水は鬼の顔面に纒わり付くように全体を覆い、息が出来ないようにする。

 鬼は苦しそうに顔を押さえながら、よろめいて倒れる。

 しばらくすれば命を落とすだろう。


 至る所で、妖百鬼を倒す退魔師の祓器ばつきの音が─攻防戦を示す音が─聞こえる。妖百鬼の断末魔、退魔師の声の痛みによる声が混ざり合う。

 まるで──、

「地獄絵図じゃのぉ」

「っ!?誰だっ」

 俺は急いで声の方向へ顔を向ける。

 そこには草色の書生服に身を包んだ、茶髪に桃色の線を所々に入れた見目麗しい女性が、紅い唐傘を持って立っていた。

「貴女は...」

わっちはしがない、異能力を持った女よ。其方らに力を貸しに参った」

 妖艶に彼女は笑い、俺達を殺そうとやって来た鎌鼬かまいたちに目を向けると、

「爆」

 と呟いた。

 すると、派手な音を立てて鎌鼬の身体は瞬時に爆散した。

 あまりにも衝撃的な事に、俺は目を見開いて彼女を見た。

わっちは桜庭。言霊の異能力を持っておる。其方を殺すつもりはない。どうじゃ、手を組んで見る気はないかの?」

「.....桜庭さん。俺は、御堀です」

「うむ、それは了承と受け取ろうぞ」

 桜庭さんはくるりと唐傘を回し、後ろの敵を手を動かさずに倒していく。

 背中は任せて、といった具合だろうか。

 俺もまた彼女の背中を守るように、水球付きの棍棒を振るう。


 どれくらい妖百鬼を蹴散らしただろうか。

 数は減っているはずなのに、減っていなくてはいけないのに──、どうしてかたくさんの妖百鬼がまた店の近くへと現れる。

「...っち、人工魔金属の影響じゃな」

「っ!?桜庭さん、人工の魔金属を知ってるんですか?!」

 彼女はしまった、という顔をしたが、すぐに頷いた。

わっちの入っておった組織が作ったもんじゃ。何の問題もないとぬかしておったが、...妖百鬼を呼び続けるんじゃあ、...いや妖百鬼の魔力マナを吸い取る為に、呼び寄せるように作っておるのか」

 何故か唐突に、何か考え込むような仕草をし始めた。

 その彼女の後ろに人面犬が飛びかかろうとする。

「危ないっ!」

 俺は彼女の腕を勢いよく俺の方向へ引き寄せる。彼女の身体を抱き締めて、何とか守り切る。だが紅い唐傘が彼女の手から零れ落ち、人面犬の牙の餌食になる。

 後ろからは、一本角の赤鬼が俺達へ金棒を振り下ろそうとしている。桜庭さんは目を見開いて、ぶるりと身震いしたようだ。

「っ!急いで攻撃を、」

「大丈夫です」

 俺の言葉に桜庭さんは酷く驚いた顔をしていた。

 勿論、俺の言葉には根拠がある。


 それは、彼らの足音が聞こえてきたから。


「はーいよ!」

 呑気な声も共に、人面犬の体の横に幾本ものメスが深々と突き刺さる。

「あんたの相手はあたしよ!」

 バチバチと紫の雷を刃に纏わせて、鬼の腕は切り落とされる。

 その腕へ視線を向けていた鬼の胸のど真ん中に、複雑な柄が描かれている札が貼られる。

「水神急急如律令!」

 普段の彼とは違う凛とした声でそう言うと、水流の音と共に札から水で作られた龍が出現する。それは勢いよく鬼の身体を貫いた。

「皆、無事そうで良かった」

 俺は彼らへニカッと笑う。


 この〈霜花〉を開いてからずっと。ここで依頼を受け取ってくれている古参メンバーである、叶真さん、蒼月さん、志保さん。

 彼らの実力を知っているからこそ、俺は戦う事を放棄しても問題ないと思った。

「いやぁ、こうちゃん大丈夫かなーって思ってねぇ」

 叶真さんは、人面犬の死体のあった場所に転がっている何本ものメスを拾いながらそう言う。

 それから桜庭さんへ目を向けて、

「そこの方...、可愛い女性だなぁ。ねぇお姉さん、今度一緒にお昼ご飯でも...」

「ご遠慮させて頂く」

「ふぃー」

 食事のお誘いを断られていた。

「いやぁ、僕らの所にもたくさん来たんだよね。で、それがこの魔金属のせいなんじゃないか、そう思ってさ」

 蒼月さんは、懐から三本の魔金属を取り出した。

「そしたら案の定でしょ?で、匂いが残ってるここにも現れると踏んだんだよ」

「そうちゃんの勘は変な所で当たるからね」

 運が良い能力。使い勝手が良い分、思った事をすぐに叶えてしまいそうになるのが厄介だなぁ。俺が言える事じゃないんだろうけど。

 志保さんは呆れたように肩を竦めて、蒼月さんは何故か照れ臭そうにはにかんだ。

「ま、でも今だって今妖百鬼が襲って来ないの、スズやんのお陰なんでしょ?」

「多分そうだよ。妖と遭遇する確率が低くなってるんだと思う。...基本能力は操れてるんだけど、どうにも時々操れないんだよねー」

 蒼月さんは苦笑いを浮かべて、後ろ頭を掻きながらそう言う。

「さて、とりあえずものは相談なんだけど...。今から俺の能力を発動させようと思うけど、どう?」

「.....そうですね、その方がいいと思いますね」

 だよねー!、といつもよりも高めの声で嬉しそうに叶真さんは言う。

「其方の異能とは、何なのだ?」

「あら、お姉さんー。もしかして俺に興味持っちゃった?」

「おい、御堀。あの変な生き物を今すぐ殺して良いのか?」

「ごめんなさい冗談ですすみません」

 叶真さんは物凄い勢いで謝罪の言葉を言ったかと思うと、頭を下げていた。ふん、と桜庭さんが鼻を鳴らしてから「許す」というと顔を上げた。

 いい人なのだが、蒼月さん同様、調子に乗るとうるさくなる人間だ。

「俺の異能力、それは目を集める能力。つまり、妖百鬼をここへ呼び寄せる事が出来る能力ってわけですよ、お姉さん」

「成程。ここに全ての妖百鬼を呼び寄せるという事か?」

「そういう事!」

 楽しげに笑って、叶真さんは桜庭さんへ拍手を送る。

「多分、この魔金属の効力が瘴気に似た影響を周りに与えてるんだと思う。僕はこの中にある魔力マナが解放出来ないか、やってみる」

「...............砕け、それで済む」

 店の中へ入ろうとしていた蒼月さんを呼び止めるように、桜庭さんは蒼月さんの背へ向けて声をかけた。

「.....本当に?」

「あぁ。それを作ったのは、わっちの住んでおった白銀しろがねの街の人間だ。.....確か、通して見た資料にそう書いてあったように覚えておる」

 桜庭さん、奏人と同じ白銀の街の人だったのか。

「やってみる」

 蒼月さんは護身用に持ち歩いているのか、架深が扱うくらいの長さの短刀を取り出して、魔金属へ振り下ろした。

 普通ならこれくらいでは壊れない魔金属だが、やはり人工とあって脆いのか、あっさりと壊れた。

 三つ全てを壊すと、魔金属はただの鉄の延べ棒へ変わってしまった。

「これで戦力を損なわずに太刀打ち出来るのぉ」

 桜庭さんは嬉しげに言い、蒼月さんも同調するように頷く。

「よし、それじゃあ行っくよー!」

 話が一区切り付いたと思ったのか、叶真さんはそう宣言する。

 それから愉しげな叶真さんの声に呼応するように、朱色の双眸は輝きを放つ。

「たくさん来るわね、そうちゃん」

「任せてしぃちゃん。僕は必ずしぃちゃんを守るからね」

 蒼月さんと志保さんはそう言って、真っ直ぐ駆けて行った。

「じゃあ俺は裏手回るねー。獲物取られるの嫌だし」

 叶真さんはヒラヒラと呑気な調子で手を振って、店の裏手へと歩いて行った。

 俺が肩を竦めてその背を見送っていたのを、桜庭さんが俺の着物の袖を引いた。

「其方、何故彼らが近い事を知ったのだ。わっちからは彼らの姿は...」

「あぁ」

 そうだった。桜庭さんは知らないんだった。

「俺も異能力を持ってるの。人よりずっと耳が良くて、で、三人の足音が聞こえたから...、かな?」

「ふむ、そう言った絡繰が...。じゃああの時誰も居らぬ状態だったらまずかったんじゃのう」

「まぁ、その時は俺が庇うつもりでしたけどね」

 俺がはにかみながら答えると、彼女はそうかと呟いてそっぽを向いた。

 な、何かまずい事でも言っただろうか。あまり年上の女性と─というかそもそも女性と関わる機会がないから、正しい扱い方というのが分からない。

「え、えと...」

「桜庭有紗、じゃ」

「へ」

「有紗、と呼んでくれても構わぬ」

「.....あ、有紗さん」

「.....うむ。其方、名は?」

「...御堀孝介です」

 何でこの状況で自己紹介させられているんだろう。

「良い名じゃ。孝介」

 彼女は噛み締めるように俺の名を口にし、どこか恍惚とした表情をしている─気がする。まるで今から小躍りしそうな──。

「孝介、わっちの背は任せたぞ」

「.....こちらこそ。俺の背中、頼みます」

「勿論じゃ」

 有紗さんはくるりと背を向けて、何事かぼそぼそと呟いた。

「何か言いました?」

「な、何でもないわ!それよりっ目の前の相手に集中じゃ!」

 どこか上擦った声に首を捻りながら、俺は妖へ棍棒を振り下ろしていく。

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