五. 奪還
第廿壱話 保護者と研究所
「よし、まずは頼むぞ、叶亜」
俺がそう言うと、叶亜はこくりと頷いて、碧玉の瞳を仄かに光らせる。彼の身体がほんの僅か一瞬だけ瞬く。
すると、そこには波瑠と瓜二つの青年が立っていた。相変わらずの精巧さ、まさに鏡写しだ。
波瑠本人も目を丸くして叶亜をジロジロと見ていた。
「凄い...」
「えへへ、そう言われると嬉しいな。で、僕らは朔夜くんの洗脳の解除方法が分かるまでは、出来る限りバレないようにした方がいいの?」
「その方がええやろ」
レンの意見に叶亜は従順に頷いて、よし、と気合いを入れる。
「それでは、裏口から侵入して、地下二階に。お願いします」
波瑠の言葉を聞いてから、俺達は行動を開始する。
ここの職員しか入れない場所。波瑠から借りた彼のカード状の鍵で開けて中へ侵入する。
中はあまり人はいなかった。やはり昼間は仕事をしてるわけだから、裏口に居る人間は少ないようだ。
「レン」
「分かっとる」
俺が声を掛けると、レンは石を握り、檸檬色の双眸が光を放つ。
「.....このまましばらくは進んで大丈夫。地下三階へ下りる素振りを見せつつ、二階で探そう。四階には本棚も何も無い空間しかないから、何もないわ」
「了解」
波瑠に化けた叶亜は俺達の手を引いて、颯爽と歩いていく。おどおどしていると、逆に目を付けられるからだろう。
カード状の鍵はどこに行くも何にでも必要なようで、エレベーターへの通路の所でも翳してから廊下を渡り、エレベーターに乗って地下二階へと下りる。
道中、どういうわけか誰にも出られなかった。
「何か.....既に何かありそうな感じだね」
「深追いせん方がええな。向こうから来たら迎え撃つまでや」
レンの意見に俺と叶亜はこくりと頷き、資料室と看板のかけられた部屋の鍵部分にカードをかざす。
ピコッと可愛らしい音が鳴り、カチッと音がして扉が開く。
「...資料室。絶対に何かありそうだね」
叶亜はふーと息を吐いて、中へと入って行く。
中は様々な色をしたファイルに所狭しと並べられて、たくさんの棚の中に収められていた。紙の束の日焼けを防ぐ為なのか、利用者がそれ程いないのか、薄暗い電気しか点いていない。
正直、少し怖い。
「こん中から探さなあかんのか」
「大変そうだな」
俺は後ろ頭を掻きつつ、小さく溜息を吐く。
はっきり言うと、俺は本を読むという事は好きではないし、依頼の際も文字を読むのは俺ではなくレンや藤沢の場合が多い。
まぁ、でもそうも言ってられないな。俺達が見つけないと、そもそもこの計画は成り立たない。
「じゃあ僕は扉に近い所を探してる。二人で奥側をお願い」
「りょーかい」
恐らく、波瑠に化けている叶亜の方が一瞬の誤魔化しが効くと判断したのだろう。彼に近くを任せ、俺達で奥を探す。
「.....無いなぁ」
「こっちにもないよー」
洗脳...、洗脳...。洗脳...、せん、
「.....これか?」
「お、見っけた?」
俺は手に取っていた黒色のリングファイルの、とある項目に目を奪われていた。
妖の洗脳。その機械を作り上げているとの旨。
今はまだ頭にはめて一人ひとりにしか出来ないが、これを改良していずれは街中の妖百鬼を操り、その力を手中に収めるという、何とも自分勝手な内容の事柄が書かれていた。
その下には、その機械のデザインだろうか、藤沢のものに比べるとかなり下手くそな絵が描いてある。
「.....あれ、これ。少し待ってな」
レンは見た節があるのか、目を閉じて石を固く握る。
「この廊下を真っ直ぐ突き当たりまで行った先の右の曲がり角。そこに機械がたくさん置いてある。そこに紛れ込んで置いてあるわ」
「.....成程な。葉を隠すなら森の中、ってやつか」
奴等も頭が良いようで、まぁ、それは結構な事だ。馬鹿を相手にするのは骨が折れる。
と、その時だった。勢いよくここの扉が開かれる。
「侵入者共っ!!捕縛する!」
「っ!喰らえっ」
叶亜がそれに対して俺らの中でいち早く反応し、拳銃の銃口から風の弾を連射して、相手の首や頭などを狙って撃つ。
やはり、どうやらバレていたらしい。あのエレベーターに乗ったのがまずかったかもな。
「どうする...?」
「.....俺らがこいつらを引き付ける。機械の破壊を頼むわ」
「分かった」
レンは敵の目が叶亜だけにしか向いていなかった僅かな数瞬の内で、袖から勢いよく鎖を出し、それで敵の顔を殴り飛ばした。手を読んだのか、それを躱した先頭に立っていた男を、横から叶亜の風の弾丸が撃ち抜く。
レンと叶亜によって切り開かれた道を、俺が抜刀しつつ勢いに任せて進む。
「悠威っ!」
「任せろっ!」
弾かれたように俺は駆ける。生まれつき記憶力はいい方だと自負している。
方向感覚も、道に迷った事は一度も無い。
レンの言っていた通り、突き当たりまで真っ直ぐ進み右の曲がり角を曲がると、ぶ厚い鉄の扉が道を塞いでいる。
「.....雷の温度はなぁ.....、最高で三万度だ馬鹿がっっっ!!!」
ブンッと紫の雷を当てると、耳が壊れそうになる程の雷鳴が大音量で流れ、扉はドロドロに溶けた。
目の前には色々な種類の機械が並んでいる。どれがどれだか、あの下手くそな絵では分からない。
「なら、全部を!ぶっ壊してやるってーの!!」
俺は勢いよく剣を振るい、一番近くにあった機械を雷の熱で焼く。
派手な音を立てて、機械はバラバラに砕けた。
「次っ!」
その隣にあるよく分からない機械を粉砕し、少し離れた所にある機械は発火した。
とにかく手当たり次第にばんばんと壊していく。
そして、合計で七個目だろうか。全てを破壊し終え、次にへたりこんで様子を見ていた間抜けな研究員達へと顔を向ける。
「ひっ、ひいっ」
一同が怯えた表情で俺を見る。
まぁ、間違ってはない反応なので特に言及はせずに、一度剣を振るってニヤリと笑って見せた。
「お前ら、俺に殺されたくなかったら後ろ向いてろ」
全員殺されたくなかったようで、我先にと俺へ背中を向けた。俺はくるりと持ち替えて柄の方で、一人ひとり丁寧に殴っていく。
「よし、一丁上がりだな」
剣を鞘へしまい、俺は机の上に置かれた紙の束に手をやる。コンピュータや今壊した機械しか置かれていないこの部屋にある紙媒体が気になったからだ。
そこには賢者の石について書かれていた。
どうやら賢者の石の内部には大量の
「だからカナの賢者の石を狙ってたのか」
謎が二つも解けた。なかなかいい収穫になったな。
俺はそこから出て、資料室へと向かう。そこでは未だにたくさんの研究員達に応戦している二人の背中が見えた。
「おい、壊したぞ!」
「流石ぁ!」
「人が虫みたいにわらわらと来るよ!早く逃げよう!」
叶亜の急かす声に頷きつつ、彼の身体の事も考え、俺が叶亜を掬うように抱き上げて、レンが俺達の先導をする。
「うっわ、凄い人やな!」
「早く地上に!」
エレベーター通路をカード状の鍵で開けるのをレンがわたわたしつつ、何とかエレベーターまで辿り着き、レンが慌ててボタンを押して、閉じるボタンを勢いよく押す。
バタン、とエレベーターの戸は閉まり、ゆっくりとした早さで下へ降りていく。
「「「ふー.....」」」
今までの疲れを吐き出すように全員が息を吐き──、そこで俺は気付く。
「...これ、下に降りてね?」
ここは地下二階。降りたら地上に辿り着くエレベーターとは違い、降りたら更なる地下へと進む。
見上げると、表示は地下四階を指し示していた。
俺はレンへ目を向ける。
「.....レン」
「急いでたんやもん!しゃあないやん!」
レンも気付いたようで、慌てて俺へ抗議する。
「.....どうしよ...。敵の巣窟だったら...」
叶亜が不穏な一言を呟く。
残念ながら、エレベーターは急には止まれない。
俺達はなす術もなく、地下へと降りて行った。
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