第廿話 黒猫と灰色猫
次の日の朝。
宿屋から出た俺達は裏街に足を踏み入れていた。
そこにある俺の、俺達三人の事務所兼自宅のあった場所へ、政府の人間が誰もいない事を祈りながら、進んで行く。
そして、俺達三人が過ごしていた場所へ辿り着く。
「ここだ」
政府の人間にあの日、乗り込まれたせいでボロボロになっているものの、当時の時間で止まったかのように、そこにあった。
取り壊されているかもしれない、と考えていた分、そこにあるという事が嬉しかった。
ごくりと唾を飲み込んで、俺は恐る恐る中へ入る。
中はやはり、かなり荒らされていた。
波瑠が毎日バツ印を付けていたカレンダーはびりびりに破られ、朔夜のお気に入りだったソファはズタズタに引き裂かれてしまっている。俺のこだわっていた箇所も、もうボロボロに崩されていた。
この荒れようではもう二度と、ここに住む事は叶わないだろう。
そう思うと少し寂しくなる。あいつらに出会ってから、ずっと過ごしていた場所だから。どうしても思い入れがある。
「探すの、色々触っていいのか」
「あぁ、見つける事が最優先だから」
「分かった」
全員で手分けしてガサガサと資料を探す。
そもそもが酷く荒れているから、何とか足の踏み場を作りながら、手分けして探していく。
だが、どこにも資料は見つからなかった。
やはり政府の人間によって、全部持ち去られたのだろう。
当然と言えば当然だが、やはりあれだけ苦労しながら集めたものだから、胸の奥に悔しさは募る。
「見つからんかったな」
煉兎は残念そうに溜息を吐きながら立ち上がり、ガシガシと頭を掻いた。叶亜はグッと両の拳を握って、ふわっと微笑んでくれる。
「まぁ、でもこれから本丸を叩くんだから。必要以上に荷物が増えなくて良かったって思おうよ!ね、大丈夫だよ、奏人くん!」
「.....うん、ありがとう、俺の我が儘に付き合わせて」
そう言うと、架深はまた俺へ近付いてマフラーをぐいっと引っ張られる。
「付き合ってるつもりはないから」
「.....苦しいっての」
架深はパッと手を離す。
皆、優しい言葉を掛けてくれて、俺はありがとうしか言えなかった。
「じゃあ、今から研究所に向かうか?」
「うん」
俺は素直に頷いて、外へ出ようとしたその時。
架深が俺達の目の前に立つ。
その目はじっと鋭く、入って来た玄関を睨み付けている。その手は短剣のある腰へ伸びていた。
警戒した彼女の様子に、辺りに緊張感が走る。まさか政府の人間が来たのか...。
そう思っていると、両手を小さく挙げながら、一人の男がおどおどしながら中へ入って来た。
「あ、あのー、俺は別にあんたらを殺そうとしてるわけじゃないんだ。むしろ、逃がそうとしているというか」
「.....え」
その声は、酷く懐かしい声。数ヶ月振りの、あいつの声。
俺は玄関へ目を向けた。
そこに居たのは、
「波瑠.....」
「へ...、かな、と、.....?」
灰色の髪に赤紫色の瞳。身体は元々すらりと細かったのに、更にやせ細ったというかやつれたように見える。いつもの鉄紺の着物と濃い灰色の袴を身に付けて、その手には彼の武器である
波瑠は頓狂な声を出して、へなへなとその場にへたり込んだ。慌てて俺は駆け寄る。
「波瑠っ」
「...奏人、奏人!本物なんだな!!」
ギュッと波瑠は俺の腕を掴んで、俺の胸に顔を埋めてきた。泣いてはいないが、その肩は微かに震えていた。
「波瑠.....、お前、研究所に居たんじゃないのか?ここまで逃げて来たのか?」
「ううん。お前らを捕縛しろ、っていう命令を職員の奴等から受けて、それでここに来たんだ。奏人は俺達が研究所に居たのを知ってたのか?」
「あぁ.....。えと、まぁ、知り合いに聞いてな」
流石に桜庭の名前は出せなかった。波瑠に何か言われても、上手く返せないし。
「.....ええっと...、その波瑠くん?は、奏人の友達なんよね?」
「そう、奏人。この人達は?」
「俺の友達」
「俺は奏人の友人で、須賀波瑠です。えと...、」
あ、と俺は波瑠へ皆を紹介しようとした時。
架深が一歩前へ出て、波瑠の目を覗く。
「私は藤沢架深」
「俺は宇志川悠威だ」
「よろしゅうね。俺は芝見煉兎っていう」
「僕は平永叶亜だよ、よろしくねっ!」
各々が自己紹介をしてくれて、俺の波瑠へ紹介しようという出番は無くなった。
そこで俺は一呼吸置いて、波瑠へもう一人の友人の事を訊ねる。
「朔夜は、どうした?」
波瑠は朔夜の名前を聞いた瞬間、一気に顔を暗くした。
勿論無事だとは思っていないけど、波瑠の顔がそんなになるくらい大変な事になってるんだろうか。
そう思うと聞くのが少し怖くなった。
「.....とりあえず、皆を研究所に案内する。その間に話すよ」
波瑠はそう言って、玄関から出た。
俺達は波瑠の後へ続く。
森の中に建てられているらしい研究所へ行く道中、波瑠は研究所に捕えられてからの話を俺達へしてくれた。
朔夜と波瑠は別々に個室に押し込められ、その日から今も謎の実験を受けているという事。
朔夜は強い洗脳をかけられて、今の彼は昔の彼とは全く違うという事。
自分だけは己の能力を使って、その研究から逃げていたという事。
たくさんの罪のない人々に手を掛けてしまっているという事。
その話を波瑠は時々声を詰まらせながら、しかし俺達へ伝える為にか淡々と話していく。
「じゃあ、俺達は二手に分かれた方がええんちゃう?」
煉兎はそう提案し、更に詳しく説明してくれた。
作戦はこうだ。
朔夜を救出する組と、朔夜の洗脳を解く方法を探す組。
朔夜の洗脳を解く方法を探している間に、朔夜が研究員に連れ去られないように確保しておく。
そして、朔夜の洗脳を解いたらすぐに彼を連れて脱出するというものだった。
「でも、研究所の地図は俺持ってないけど」
「そこで、俺の能力のお出番やで」
「成程な」
煉兎はトントンと自分のこめかみを軽く指先で叩き、悠威は納得するように頷いた。俺もすぐに理解する。
煉兎の物に宿された他人の思いを読み取る能力を使えば、波瑠の千里眼の力で読み取った研究所の地図を、何か別の物へその思念を送れば、煉兎がそれを能力で読み取って研究所の地図として使える。
「それ、いい案だね!」
叶亜が賛同するように頷き、架深もコクリと首肯する。
「なら、煉兎と波瑠は分かれた方が良いのか」
「じゃあ俺は、煉兎についてく。近距離は俺の方がいいだろ」
「頼むわ」
「私は奏人についてく。足でまといにはならない」
「じゃー、僕は、レンさん達について行くっ!」
こうして二手に分かれる班は決まった。
朔夜を助けに行くのは、俺と架深と波瑠。
波瑠が研究所内の道案内をし、俺が賢者の石に秘められている、朔夜の能力である『弾く力』を使って、人の目を出来る限り遮る。朔夜が閉じ込められている厚い扉を斬り開けるのは架深の役目だ。
朔夜の洗脳を解く方法を探すのは、叶亜と煉兎と悠威。
煉兎がサイコメトラーの力を使って、波瑠が石に込めた研究所の地図を読み取って研究所内を進み、敵に襲われた際の対策を雷を宿す剣を持つ悠威が、相手の目を騙す能力を持つ叶亜が波瑠に化けて人の目を欺く。
したがって、先に波瑠に化けた叶亜が悠威と煉兎を連れて突っ込む。すぐにバレるかもしれないが、それも計算の内だ。
それから人の目が完全にその三人に向いてから、俺達三人が朔夜の元へと走るのだ。
ぶっつけ本番、少しの失敗も許されない。
俺達の友達を助ける攻防戦が、幕を開けようとしていた。
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