第拾玖話 灰色猫と任務
あぁ、今日も冷えるなぁ。
今日もまた、とても寒い日だ。
ぼんやりと目を開けると、代わり映えのない灰色の天井が俺を見下ろしてる。
ここに来てから、もう何日が経ってるんだろう。
毎日俺がバツ印を付けていたカレンダーも、朔夜がこだわって買ったソファも、奏人が選んだ焦げ茶の机も、ここにはない。
あるのは、白色の机と座布団。それと俺が今横になってる布団。まぁ、後は風呂とかトイレとか。
うとうとしつつも目を擦って目を覚まそうと試みていると、鋼鉄な扉からビーッと音が鳴る。それで完全に目は覚めた。
布団から下りて、のろのろと扉の下にある小さな戸を開けると、そこにはパンと水が置かれていた。俺達でもこんな簡素な飯だった事ねぇぞ、と心の中で罵りながら、俺はそれを頬張るしかなかった。
ここは、研究所の地下三階東棟。
そこに俺と朔夜は捕えられている。
少し前まで、俺は新しく出来た友人の奏人と幼馴染みの朔夜と共に、情報屋という職業を営んで、生計を立てていた。
最初は不安でいっぱいで、奏人の動きを見よう見まねで、何とかやっていたが、いやはや...、慣れというのは恐ろしいもので。すぐに上達していった。
それに、この街の町長を引きずり下ろしてやる、という奏人の意見には俺も朔夜も賛同だったから、躍起になってしていた部分もあるかもしれないな。
どんどん街の隠された情報は分厚い資料へなっていく度、この街の汚れを見ているようで、酷く憤慨していた時期もある。
指名手配される事も無かったから、気を大きくしていた部分があったかもしれない。だからこそ、こいつらに捕まってしまったんだろうな。
食事をし終え、小窓へ空の食器を返してから、俺は布団の上に座り、自分の赤紫色の瞳に力を込める。
瞼の裏に映るのは、この部屋。天井から俺を見下ろしてる形になる。
そこから視線をずらして外へ。まずは朔夜の様子を確認する。
...いつものように、彼は部屋の角でうずくまっていた。ガタガタと肩を震わせて、耳を塞いで、目を閉じて。
俺は奥歯を噛み締めながら、次に職員の出入り口へ目を向ける。
そこをじいっと監視する。
他にする事もないのだ。こうやってあいつらを監視して、奴等が来たら鍵のかかるトイレの中へ隠れる。そして、検査を少しでも長引かせる。
それが俺に出来る抵抗だった。
でも、朔夜の能力ではそれは出来ない。
彼の能力はあくまでも人を寄せ付けないだけなのだ。
だからこそ、朔夜は──。
「っ!」
来た。職員がやって来た。二人。
俺は能力を切り、トイレへと駆け込む。
鍵を閉めて待つと、少ししてから職員が俺の部屋の扉を開ける。
いつもの事なので、職員は俺のいるトイレの戸を蹴る。
「いい加減にしろよお前ぇ!!」
こっちのセリフだよ。心の中で舌打ちして、あっかんべーと舌を出す。
「.....お友達を、これ以上壊してもいいのかなぁー」
もう一人の方が、ねっとりとした声でそう言ってくる。
うるさい。朔夜をあんな風にしたのは、お前らの責任なのに。
「可哀想にな!No.2は誰からも見捨てられてなぁ!」
ここに来てから振られた番数。俺はNo.3で、朔夜がNo.2。No.1が奏人だ。
嫌味な奴等。どうせあいつもここに捕まるのだからと、既に奏人に番号を振っているのだ。
あぁ、俺が殴り飛ばしてやりたい。
でも、そんな事したら...。朔夜は俺を助けてくれてる。その精神を砕いてまで、俺の事を助けてくれているんだ。
わざわざ俺が怒って、彼の親切心を無駄にする訳にはいかない。
冷静に。冷静になれ。
「.....ふん、まぁいい。今日は貴様に仕事を持って来た」
最悪なお達しだ。
俺達はここでしている事は二つ。
実験動物になるという事と、別の能力持ちをここへ連れてくるという事。
恐らく.....後者だろう。
「...駅に
最悪な任務ばかりだ。言わば、同士を連れて来なくちゃいけないわけなんだから。
でも俺がやらないと、朔夜がやる羽目になる。
ただでさえ、朔夜は普通の人を...。
「やるさ!」
俺はバッと扉を開けて、二人の前へ立ってやる。
男の一人が俺へ厚めの服と拳銃を支給する。
それを着て、俺が扱っていた
「逃げるなよ」
「朔夜を置いて逃げる程、俺は人間出来てないと思ってない」
ふん、と俺は鼻を鳴らして二人を睨みつけた。
彼らの後ろを歩きながら、仕事の話を思い出す。
まぁ、能力持ちをここへ殺して来いとか連れて来いというのはよく言われる仕事だ。
勿論、俺はその人達を逃がしている。俺が殺すのは、こいつらだけだ。
でも、洗脳されて壊れた朔夜は違う。
彼は俺と見ている世界が違うらしく、別の『何か』が見えるようで、それを倒そうとしているように──、罪のない人間を何人もその手に掛けた。
そう捕まってすぐ、奴等は俺達二人を洗脳にかけようとした。でも、朔夜は俺へ能力をかけた。
人を寄せ付けない、彼の力を。
それで俺は守られて、朔夜だけが洗脳されたのだ。
それからの彼は、昔の、のんびりと落ち着いた態度をする彼じゃなくなった。
衝動的に動き、躊躇いもなく人を殺す人間へ作り替えられたのだ。
恐らく、今の彼はもう、殺すしか能が無くなっている。
だからもう、これ以上彼を壊さないように、俺が誰かの首に手を掛けるのだ。
守ってくれた幼馴染みを守る為なら、それくらいしてやる。
研究所から外へ出て、言われた通りに雪をかき分けながら街の駅へ向かう。
か細く頼りない木々に雪が積もり、それが銀世界の美しい世界観を作り出す。
だが、それに目を奪われてる暇はない。
ずんずんと進んで行く。
奏人は元気にやってるかな。
俺達の渡したあの『贈り物』は上手く活用されてるだろうか。
贈り物──賢者の石のペンダント。彼が初めて強請った代物。
だからこそ、奏人が寝ている昼間に朔夜と一緒に爺さんに頼んで、ようやく折れてもらってペンダントを貰って、それを渡して驚かせてやろうと、二人で話していた。
あの日は、奏人が目を丸くして喜んでくれる日になると思ってたのに。
あぁ、駄目だ。落ち込むな、泣くな。
今一番頑張らなくちゃいけないのは、俺なんだから。
それにしても、
「ここに来た能力持ち──侵入者、か」
この白銀の街は公に言ってないものの、雪深さによる交通の不便さから、ほぼ鎖国状態と言ってもおかしくないくらい、閉鎖的な街だ。
船を出そうという案も出たが、随分前に打ち切られたと聞く。
そうして孤立が深まった結論が、能力持ちを差別するような街へと変貌したのだ。
そんな街だと知っているはずなのに、ここへ来た人達とは一体。とても気になる。
俺は早歩きで研究所から降りて、駅の近くへと進んで行った。
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