四. 帰郷

第拾捌話 黒猫と白銀の街

 ガタンガタン、と音を立てながら、俺達五人を乗せた列車は左右に揺れる。

 窓の外の景色は雪景色。か細い枝にずっしりとした雪が覆いかぶさっている。まだ本格的な冬ではないので、これから冷え込んだらまだまだ積もるだろう。

 既に四人は初めて見る積もっている雪に対して、とても楽しそうにキラキラと瞳を輝かせている。

 これが終わったら、また皆で遊びに来るのも面白いかもしれないなぁ。

 そんな事を考えつつ、俺は周りをくまなく見ていた。


 やはり鎖国気味の白銀しろがねの街へ行く客は少ないようで、この列車には俺達しか乗っていない。

 駅員も切符の点検をしたら、すぐにいなくなってしまった。

 俺達しかいない感じが、どうにも不安を感じてしょうがない。

 襲われるんじゃないか。そんな不毛な考えが頭をもたげる。

「.....奏人」

「ん?何?」

「顔暗い。笑って」

 不意に声をかけてきた架深はじいっと俺の顔を覗き込みながら、俺へそう言う。

「わ、笑う.....って」

「ニコって」

 笑え、と言われてすぐに笑える程、俺の感情も顔は単純に作られてはいない。少しだけ顔の筋肉を解しつつ、ニッと口角を上げる。

「これでいい?」

「うん、満足」

 架深はそう言って俺から目を離し、隣で雪に興奮している叶亜へ目を向けた。

 架深の行動はいつも、唐突にして突然。理由がある時もない時もある。今回は元気づけようとしてくれたのだ、と俺はそう言い聞かせて、前に座っている二人を見る。

 二人の平和な雰囲気やそんな様子に和んでいると、突然ガタンと激しく揺れて電車が止まった。

「な、何や」

「線路が雪に埋もれてたのかも。少ししたら復旧すると思う」

 こういう事はよくある事なのだ。雪が大量に降る真冬は特に。だからこの街は鎖国状態だと言ってもいい。

 俺の予想通り、しばらくすると再び電車が動き始める。

「凄いな、大当たりだ」

「まぁ、地元だし」

 その言葉を聞いて、あ、と煉兎が思い出したかのように声を上げる。そして俺の方を向いた。

「奏人はさ、訛りとかないん?」

「訛り.....」

「あー、確かにレンさんなかなか訛りが抜け切らないよね」

「努力してるんやけどね」

 煉兎は照れ臭そうに頭を掻いた。そしてハッとした顔をして、また俺の方を見上げる。

「俺、あかがねの街の人間なんよ」

 成程。紺鉄こんてつの街の人間じゃなかったのか。通りで他の皆と雰囲気というか...、言葉遣いが違うと思った。

「でさ、訛りあるん?」

「...まぁ、それなりには」

 あるとは思う、と言葉は尻すぼみになっていく。


 訛りは一人になってから出来る限り直したのだ。情報屋を営む以上、自分から必要以上の情報を提供しないよう、一人の時には舐められないように特に力を入れて、三人になってからも頑張って直した。


「聞きたいなぁ」

 純粋な叶亜の意見に、俺はピクッと肩を震わせてしまう。

 どうも、あれから訛った調子で喋るのが苦手だ。恥ずかしさが先行してしまう。

「聞きたい」

 叶亜と架深の目が俺へ向けられる。キラキラとしたその目に耐えきれず、出来る限り小さな声で。

「.....な、なまら、楽しい...。皆と居ると」

 僅かに沈黙が流れる。変に思われてるんだろうか。

「ほぁー!なまら、ってどういう意味?」

「凄く、って意味」

 成程と叶亜はふむふむと頷く。架深も叶亜と同じく納得したように頷いた。

「ちゃんと白銀の街の人間なんだな」

「疑ってたのかよ!?」

 悠威からはこの返答であった。

「でもええね。響きが素敵やわぁ」

「煉兎のも、いいと思うけど。ていうか、訛り抜きたいの?」

「あー...まぁ、うん。一応、銅の街の人間だとあんまり思われたくないというか、知られたくないというか」

 煉兎は僅かに言葉を濁しつつ、しかしはっきりと言った。

「俺さ、銅の街におった頃はさ、...なんと言うかまぁ、奴隷みたいな奴やったんよね」

 衝撃の事実に全員が凍り付く。それを見て慌てて煉兎が矢継ぎ早に言葉を重ねる。

「大丈夫、大丈夫!嫌な思い出やけど、別にそこまでトラウマな程のもんじゃないから」

「初めて聞いたんだけど、俺」

 恐らく、この中で一番親交の長いと思われる悠威がそう言う。煉兎はヘラヘラと少し笑って、腰からペンを取り出した。

「俺の能力はさ、凄い便利なんよね。こうやって他人の思った事を読み取れる訳やからさ」

 はい、と煉兎からペンを渡される。俺はそれを受け取る。

「何か考えて」

 煉兎に言われるがまま、俺はライスカレーが食べたいなと考えておく。悠威が食べていて美味しそうだな、と思ったから。

 すると、煉兎は俺からペンを取り、俺へ笑いかける。

「ライスカレー、美味しいよな」

 そう言った。

 一瞬ビクッとなるものの、彼の檸檬色の瞳の光を見て、能力を使っているのだとすぐ分かる。

「ま、こんな感じで手品みたいに使えるやろ?だから、それをやって見せて金稼ぎの道具に使われてたんよ。だから、他の子よりは待遇よく扱われてたんやわ。...だからこそ、他の子とは仲良うなれんかったけどな」

 少し寂しそうに、煉兎はそう言った。

 子どもの頃から作られる上下の関係性。奴隷と非奴隷の状態。それが嫌で煉兎は逃げたのだという。

「他の子からすると、何で俺たちよりええ待遇受け取るのに逃げるんや!って思ってるんやろうなぁ。でも、ここに来てから、あそこがどれほど酷いところか分かる」

 今はもうそういう制度は無いなったけどね、と煉兎は笑う。

 彼は強い、と思った。こんなにも笑い飛ばせるなんて、俺には無理だ。今でさえも無理なのに。

「.....そういう体験してるから、俺は奏人の友達を助けに行こうと思ってるんよ」

「へ?」

「...捕まってる人間って、辛いからな」

 ぽつり、と煉兎はそう言う。

「大丈夫」

 そこへ架深が口を挟んだ。

「私達が光。友達、助けるから」

 そうでしょ、と架深は俺へ訊ねる。俺はそれへ静かに頷いた。

 そんなこんなで、列車はガタガタと揺れながら、俺達を目的地へと運んでくれた。


 列車から下りると、ぶわっと冷たい風が俺達の身体を撫でた。

「寒ーい」

 叶亜がぶるりと身体を震わせる。他も身を震わせないものの、それなりに寒いだろう。

 俺も向こうの気候に慣れつつあったが、やっぱりこの街の人間というか──、そこまで寒さは感じない。

「駅のホームへ行こう」

 俺達は荷物を抱えて、足早に駅の壁のある場所へ向かい、一息ついてから駅から出た。


 駅の外は一面雪景色。人の姿はぽちぽちと疎らだ。

 まぁ、元々そこまで人口の多い街ではないので、当然と言えば当然なのだが。

 連なる家々の赤い屋根には薄らと雪が積もっている。その景色を見て、改めて帰ってきたんだな、と思う。

 赤い屋根はこの白銀の街ならではのものだから。

「とりあえず今日はここら辺で宿を取って、明日は俺のいた事務所に行きたい」

「事務所?なんかあるのか?」

 悠威が不思議そうに訊ねる。そのまま直で行くと思っていたのだろう。

「俺達が溜めてた政府の情報、一応確認しておきたい」

 恐らく政府に回収されているとは思うが、一応見ておきたいのだ。

 あんなに三人で頑張ってやってたんだから、その終わりだって一応、この目に焼き付けておきたい。

「.....分かった、そうしようか」

 煉兎が納得するように頷いて、宿を取りに俺達は宿場へと向かった。

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