三. 真実の語り部

第拾肆話 黒猫の昔話

 元々、俺は白銀しろがねの街でも雪深い山の麓で暮らしていた。

 父さんと母さんと、二個上に兄ちゃんが居た。

 白銀の街じゃあ妖や変な力を持つ人間は、政府によってすぐに殺されるから、この山の麓で自給自足の生活を送っていた。ここには俺達化け猫の他にも、人間の姿になれる妖が手を取り合って暮らしていたんだ。


 幸せだった。苦しい生活は皆と励まし助け合って、兄ちゃんは頭が良かったから兄ちゃんと一緒に勉強をして──、それは掛け替えのない時間だった。


 でも、それもあいつらによって壊されたんだ。


 他の三つの街には公にしていないけど、俺が十歳の時、山火事が起こったんだ。

 それは政府がやったのか、俺達の中の誰かがが誤って引き起こしたのかは未だに分かってないけど、それによって俺達は山の麓から逃げなくちゃいけなくなった。


 政府の人間は、俺達を捕らえる為に山を覆う森の中で待ち伏せをしていた。俺達は命からがら、バラバラになってしまいながらも逃げ続けた。

 そして、俺は一人になってしまった。

 今も、家族が無事なのか、殺されたのかは分かってない。


 まぁ、そういう事があって山に住めなくなった俺は、政府の目が届きにくい犯罪者の巣窟である裏街に潜んだ。

 一斉検挙がない限りは、政府はこちら側へ手を出してこないし、万が一そういう場合になっても猫に変身して人混みに紛れれば問題と考えていたから。

 そんな荒れた街で、俺は自分の『相手の精神を操る能力』を使って情報屋をしていた。本人の自覚がない内に情報をペラペラと喋るんだ。それを書き留めて相手へ渡す、簡単な仕事だった。


 そんな街暮らしで、俺は親友と呼べる二人に出会うんだ。


 そこで暮らしていて二年が過ぎた時。

 たまたま夜の街を猫の姿で歩いていた時。珍しい事に、同族に出会ったんだ。

 広い街の中。しかも、迫害を受けて表を歩けないのに、だ。


 そいつらは白猫に変身出来る方が、京極朔夜きょうごくさくや。灰色の毛並みの猫に変身出来る方が、須賀波瑠すがはる

 二人は、俺達が山火事の遭ったあの日。俺と同じように逃げて、この場所に身を潜めていた。


 俺達は意気投合して三人で行動するようになり、三人で情報屋を営むようになった。


 猫の姿になれるから相手を翻弄出来るし、朔夜の『全てを弾く能力』で相手の視線を掻い潜り、波瑠の『全てを見通す能力』でどこに敵が潜んでいるのかを把握して、俺が情報を盗み出す。

 そうやって稼いでいた。


 そして、同時に俺達はある計画を企てたんだ。


 それが、白銀の街の町長を引きずり下ろすという事だ。


 他の街が選挙だったり、お偉いさんの話し合いだったりするのに対して、白銀の街は代々の世襲制だった。

 だから、そいつらを引きずり下ろして、もっと別の人が町長になれば、俺達みたいな手荒い待遇を受ける人間が減るんじゃないか。そう思ったからだ。


 仕事をすると共に、時々政府の役人の懐へ潜り込んで情報を盗み出した。

 それは数冊に及ぶほどの情報量だった。

 俺達一般市民にどれだけ政府が情報を与えていなかったのか、それを酷く痛感した。


 俺達が上手くやっていたお陰か、指名手配される事も一切なく、数年の月日が流れた。

 でも、それが罠だったんだ。


 ある日。

 いつものように俺達三人の過ごしていた事務所兼俺達の家へ、依頼人がやって来た。

「すみません...」

「はーい!」

 依頼人の対応は、俺達の中で一番人見知りのない気さくな波瑠がしていた。だからいつものように波瑠が応対し、中へ招き入れた。

「ご依頼ですよね?」

「えぇ.....。探して欲しい人がおりまして...」

 言葉の節々に古風な響きを含んだ、明るい茶髪に所々桃色の線を入れた奇妙な髪型の女は、しおらしくそう言った。

「人探し、ですね?どんな方なんですか?」

 波瑠の言葉に、女は一枚の写真を懐から取り出した。

「彼です。恋人、だったのです。でも急に行方を眩ませてしまいまして...」

 俺はやや別の犯罪臭を感じた。

 波瑠は写真を受け取って、「借りてもいいですか?」と訊ねた。女はこくりと頷く。

「それじゃあ彼が見つかった際の連絡先を、...ここへ書いてください」

 女は言われるがまま、サラサラとそこへ住所と電話番号を記していく。

 金持ちなんだろうか。思えば格好もどことなく高級感が漂っている。

 女─紙に書いた名前が本名であるなら『桜庭』さん─はひとしきり頭を下げて「よろしくお願いします」と言い、事務所から去っていった。

「.....人探し...、するのか?」

「うん、この人だよ」

 女がいなくなって、いつものように言葉を切ってぼうっとした朔夜が元気の良い波瑠へ訊ねる。

 性格の真逆に見える二人だが、息の合いようは俺から見ても凄い時があるくらい、とても息はぴったりである。

「ふぅん.....、そうか」

 興味無さそうに朔夜はそう言って、ふいと視線を外した。

 俺達の中では一番不思議なキャラクターで、掴み所のない彼だが、今回はただ単に興味無いんだろうなと思う。

 日頃の仕事が生死の境での仕事な分、拍子抜けしたんだろう。

「ま、楽勝だな」

 俺も朔夜と同じ気持ちだった。

 人探しなんて、普段の俺達からしたら簡単な仕事だろう。

「そうだね」

 波瑠も俺へ同意するように頷いた。


 そして、俺達の予想通りその人はすぐに見つかった。

 政府の役人だったので、バレないように裏付けを取るのにやや苦労したものの、やはり簡単な仕事だという事に変わりはなかった。

 女へ波瑠が連絡し、明日その情報を引き渡す事になった。



 そして、次の日。女は来た。

 白い洋服─この街の軍服に身を包んで。

 後ろに、部下らしい男達を引き連れて。


「なん、で...っ!?」

「済まぬのぉ、わっぱらよ。わっちも仕事なのじゃ、許しておくれ」

 女は笑みを浮かべながらそう言い、

「情報屋──、穂積奏人、京極朔夜、須賀波瑠。国家機密漏洩罪、異能力保持罪によって、其方らを捕縛させて頂く」

 勇ましい声で俺達へそう宣言した。

 嵌められたのか、俺の脳内はそう言って、口の中では舌を打つ。

 その声に弾かれるように、俺達は裏口から逃げ出した。


 猫になる事も忘れて、懸命に足を動かして走り出す。

 路地ばかりの道から森の中へと切り替わり、三人で走り抜けていた。

「奏人っ!」

 ふいに朔夜が俺の名を呼ぶ。

 俺は朔夜の方向と背後を見た。まだ追っ手はそこまで来ていないらしい。すると朔夜から何かが投げられた

 慌ててそれを受け止める。

 何だろうか、と確認しようとしたその時。「いたぞ」と男の声がした。


 もうここまで来やがったのか。


 すると、二人は立ち止まった。

「っ!?おい、お前らっ!」

 慌てて足を止め、二人へ声を掛ける。朔夜が俺へ顔を向けた。


「逃げろ!!生き抜け、奏人っ!!」


 いつもの平坦な、興味無さそうに応じていた朔夜とは違う、切迫した声だった。


「奏人、幸せにね」


 波瑠はニコッと笑いかけてくれた。

 そして、二人はそのまま踵を返して、警察のいる方向へ走って行ってしまった。


「っ.....くそ、くそぉっ!!」


 俺は自分を罵る言葉しか出ずに、投げられたそれを握り締めたまま、ひたすら森の中を走った。

 友人を犠牲にして自分だけが助かろうとしているんだと考えると、酷く罪悪感が募った。が、戻ってしまったらあいつらの決意を踏みにじるような気がして──、戻る事も出来なかった。


 何だって、こういう時にも息が合ってるんだよ、馬鹿共!


 走るせいで揺れる視界の中で、俺は投げ渡された『それ』を見る。


 それは、色んな色が混ざり合った石が付いたペンダントだった。

 単なるペンダントじゃない。俺が欲しいと強請った、あのペンダントだった。


 数ヶ月前に朔夜が古くから親交のある爺さんの依頼を達成して、彼の家へ報奨を貰いに行った時。

 彼がオークションで数十年前に手に入れたという石を見たのだ。

 その美しさと、能力を溜めておけるという便利な使い方を聞いて、俺はそれが欲しいと爺さんに強請った。

 しかし聞き入れてもらえなかった。即座に却下された。それ程爺さんにとっても大切な物なんだろう。そう思って諦めていた。

 そう。手に入らないものだと、諦めていたのに。


 こんな贈り物...。



 とにかく俺は走り続け、追っ手が来なくなったのを確認してから、俺は見つけた洞窟の中に隠れて寝た。


 次の日から、白銀の街と紺鉄こんてつの街を繋ぐ線路に沿って、俺は紺鉄の街へ訪れた。

 すると、一気に雰囲気が変わった。


 街では普通に妖がふわふわと飛んでいて、害のある妖だけが討伐されている。能力を使っても誰も咎めない。

 そんな街を、俺は初めて見た。


 俺は追っ手にバレないよう、猫の姿になってからペンダントを首に付けた。この石には妖としての力を抑える力もあったから、気配で探ってこようとしてもバレにくくなると踏んだから。

 その分、普通の妖に襲われた時に対抗出来ないが、逃げれば良いと考えていた。


 俺は街を歩いていた。その内、腹が減ってきた。

 よくよく考えれば、雪しか食っていないので、腹が減って当然だった。

 だけど食べ物がどこにもなくてふらついていると、旧鼠の縄張りに入ってしまって、奴等に追い回される羽目になっていた。

 途中途中、旧鼠に追い付かれてぼこぼこにされつつも、必死に逃げた。

 もう腹が減って力が出なくて、もう『生き抜け』という言葉だけを動力にして走っていた時。


 架深に出会ったんだ。

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