第拾参話 黒猫の守るべき存在
俺は前足を器用に使って、ペンダントの留め具を外す。
「.....カナトくん?」
俺の動きに、叶亜は不思議そうに眉に皺を寄せていた。
俺は身体を捩らせ、地面へ降り立つ。
俺は瞳を閉じて、身体全体に力を込める。ざわざわと毛が蠢く感覚がして、身体がカッと熱くなる感覚がして──、収まってからゆるりと目を開ける。
人間の姿へと、戻っていた。
「.....奏人、くん」
「お前らが欲しいのは、これと俺だろ?」
叶亜の驚く声を聞きながら、俺は手の平に握っているペンダントを見せてやる。
「にゃんこ...!」
秘密だ、と俺が言っていただけに、架深は衝撃といった顔をしている。
まぁ、その反応は正しいな。
「.....欲しけりゃ、俺を倒してみろよ」
俺は人間の姿のままで、ペンダントを首に付けた。
頼む。力を貸してくれ、二人共。
「奏人!お前.....、人になれるんかい!」
「まぁー、このペンダントに色々あるんだ。後で全部説明するさ、これが終わったらっ!」
俺はタッと駆ける。白い仮面の男の一人が俺の行く手を遮る。
俺は素早く仮面を奪い取ってやり、視線をかち合わせる。
「.....仲間を、殺せよ」
キンと頭の中で金属音が鳴る。
男の目はグルグル模様が描かれる。俺の能力がかかった証拠だ。
男はぶるぶると両手を震わせながら、剣を抜いて、近くに居た白い仮面の男の肩を突き刺した。
バチバチと音を立てて、五芒星の描かれた札が剥がれる。すると、あっさりと剣で突き刺された。
「.....肩に、札か」
操った男へ他の人間を任せておいて、悠威の元へ駆け寄る。
頬と腹を殴られただけのようで、呼吸を元に戻そうと何度か咳き込みながら俺を見た。
「大丈夫か、悠威」
「お前さぁ...、変身出来るんじゃねーか。言えよ、ばーか」
「へへっ、まぁな。後で、ちゃんと説明するから」
俺はニッと笑い、この白い仮面野郎共の頭領と思しき男を睨む。
「.....賢者の石。それを寄越せ。お前如きが扱える代物ではない」
「うるせぇ。このペンダントは渡せない。これは...友達から託された、大切な物だから」
俺はペンダントを握り締め、キッと睨み上げる。
「それなら、その死体から奪おう」
どうやら優先順位はこの賢者の石で、次に俺の肉体らしい。
どこまで行っても、クズ人間しかいないようだ、あの街には。
俺は小さく息を吐き、瞳に力を込める。
「っ、奏人!」
架深の声。
「.....大丈夫だから、架深」
俺はトンッと地面を蹴る。
「素手で殴り掛かるとは、馬鹿な」
「誰も素手とか言ってねぇだろ?」
俺は仕込んでおいたクナイを首へ刺そうとする。が、それは手で受け止められる。ここまでは想定済みだ。
「何もかもを...弾く!」
近くに居る白い仮面の男は弾き飛ばされる。それは空き地の土管にぶち当たった。
攻撃の手は読めている。あいつの力なんだから。
「っ...!既にっ、既に石に異能を溜め込んでいたのか.....!」
男は背中を押さえつつ、ゆらりと起き上がる。
その男の身体を鎖が縛り付けた。紫の文様が明るく光る。
「毒霧や...!肌に侵食する、珍しいやつやでぇ...?」
グイッと切れた頬の血を拭いながら、煉兎はニヤリと下衆な表情をして笑う。
「架深っ!」
俺は架深へ呼びかける。
架深は不思議そうに首を傾げた。
「鬼の攻撃、どのくらい耐えられる!?」
「........耐えろ、と言われている間は出来る」
架深のハッキリとした声音に、俺は「短剣を貸して」と言うと、こくりと頷いて俺へ短剣を投げた。
それから叶亜へ目を向ける。
「架深を頼む」
「っうん!」
叶亜は腰から二丁拳銃を取り出して、鬼に向けてパンパンと撃っていく。
それを見て、俺は短剣を握り締める。上手く扱えるかは分からないが、やってみるしかない。
「くっ...!こんな事をしても、それを奪いに来る人間は決して耐えない!それは、
「違ぇ。お前らの私腹を肥やす為に必要なだけだろうが」
そうだ。お前らは、その為だけに、あいつらを...!
俺はふっと短剣を上へ振り上げ、一気に振り下ろす。
それは、男の喉元に突き刺さった。血飛沫が舞い上がる。
「っは...っは...」
息が荒くなる。初めて人を手にかけた訳じゃないのに...。
ごぽり、と口の端から血液が溢れて、男はぱたりと死んだ。
それを見て、煉兎は鎖を解いた。
今の今まで俺に操られていた男へ目を向け、カッと目を見開くと、はらりと能力が解ける。
「は、あ、な、何で...っ!?」
男が驚いている間に、叶亜が脳へ銃弾を撃ち込み、悠威が斜めに斬りあげる。
「あいつだけやね」
煉兎は鬼へ鎖を巻き付けて、動きを封じて、俺が背中へ短剣を突き刺す。
それで鬼の意識は俺と煉兎へ向いた。
「その脳天にぶち当ててあげる」
にこりと薄く笑う叶亜が頭へ銃弾を当てる。煉兎は鎖をキツく巻き上げて、それはどんどんと食い込んでいく。悠威が雷を宿した刃で斬りつける。
ジュゥッと肉の焼ける音が鳴る。
鬼がその痛みに天へ向かって吠えた瞬間、俺は短剣で背中側から突き刺した。
鬼は黒スミになり、風と共にサラサラと消えていった。
パキンと音を鳴らして、透明な壁が崩れた。
「...ふぃー、何とか助かったみたいやな」
「.....架深、これ」
俺は架深へ短剣を手渡した。
血で汚れた短剣を見て、架深は僅かに眉を寄せたが、何も言わずに刃に付いた血を払い落として鞘へ収めた。
「.....奏人、良かったの。その、姿を」
「いいんだ。.....いつかは、言おうと思ってたから。そのいつかが今日になったってだけの話だからな」
架深は深刻そうな顔をして、俺の顔を見ている。その顔を見ていられなくて、俺は架深の顔が隠れるように頭を撫でた。
「ふぁー、にしても奏人くん。人間の姿かっこいいね!」
叶亜は目を輝かせて、俺の身体を見てきた。マフラーをもふもふと触られる。
「.....でさ、その奏人のペンダントが賢者の石なん?」
やっぱり知ってるか、この石の事。
「うん、そう。仲間に託された、最初の贈り物...なんだ」
俺はそっと石を撫でた。色の混じり合った奇妙な石を。
「...戻ろう。〈霜花〉で話す。孝介にも、蒼月にも志保にも叶真にも、聞いて欲しい。.....いや、知って欲しいんだ。...白銀の街の事を」
きっと、幻滅されるんだろうな、と思う。
だって俺は...。
「.....ちゃんと聞く」
「ぐぇ」
架深が急に俺のマフラーを引っ張って来た。喉が締まって苦しくなって、頓狂な声が漏れてしまう。
首元のマフラーを緩めながら、先を引っ張った架深へ視線を落とす。
彼女の目は、真剣そのものだった。
「私、奏人の事、知りたい」
その紫の瞳は、酷く魅力的であった。
「.....ありがと」
「...よし、それなら少々面倒やけど、叶真さん呼ぶか」
煉兎はニッと笑った。
「呼ぶって、どうやって呼ぶの?」
「悠威」
「おう」
煉兎は架深から紙とペンを借り、それに用件を書き記していく。その間に悠威は近くを飛んでいた烏へと声をかけた。流石、動物と話せる異能だ。
書いた紙を烏の足へ括りつけて、烏は飛び立っていった。
煉兎の用件を書いた紙を烏へと託し、叶真の元まで届けてもらう算段なのだろう。
「これでよし、叶真さん所まで届くやろ」
「流石」
架深の褒める言葉に悠威と煉兎は揃ってはにかんだ。
「よし、それじゃあ帰ろうか」
誰からともなくそう言って、俺達は〈霜花〉へと歩いて行った。
「でも、偶然蒼月さんと志保さん居るかなぁ」
叶亜は二人が〈霜花〉に居るのか、不安げに顔を歪めた。
「大丈夫やって、叶亜くん。あいつらは変な所で運が良いから」
煉兎はヘラヘラとした調子で言う。彼らとの付き合いが長いんだろう。その言葉にはちゃんとした根拠が無くても、納得してしまうような力を持っていた。
そうこうしている内に、〈霜花〉へ辿り着いた。
「おかえりー」
チリンチリンと扉を開けると音が鳴り、孝介が俺達へ間延びした声を掛ける。それと共に席に座っていた叶真が勢いよく煉兎へ抱きついた。
「ちょっ、離して、くださっ」
煉兎は抱きついてきた叶真を離そうと必死になる。しかし叶真の方が身体が大きいせいか、逃れられないようだ。グリグリと頭を撫でられている。
「いやぁ!だって、お兄さん嬉しいよ!『相棒の件少し考えました』って、ロマンチックに伝書バトならぬ伝書カラスで届けるなんて!もう!トキメキロマンチックだよ!ロマンティックだよ!そりゃあ、銃創の手当ても適当にここに来るよ!」
「カタカナ語が多くて、分からない。後、仕事はちゃんとした方がいいと思う」
冷静に架深がそう言って、叶真を何とか煉兎からひっぺがす。
「叶真さん、言っておきますけど、あれ嘘ですから」
「嘘!?それでも俺は諦めないからね?!安心して!!」
「はいはい、そこまでな」
悠威も加わって叶真を何とか席へ座らせる。そこでようやく俺へ目が向いた。
「そちらの、俺には劣るけど顔の整った美男子は誰?」
「穂積奏人だ。化け猫だよ」
俺がそう言うと、孝介は驚いたように目を見張り、叶真は納得するように頷いた。
「変身、出来るじゃない」
「隠してて悪かった。でも、今から聞いて欲しい話が」
「あー!皆居るんだ!」
そこへチリンチリンと俺達と同じように音を立てて、蒼月と志保の二人が〈霜花〉へやって来た。
「珍しいな、一週間にこんなにも来るなんて」
孝介は驚いたように声を上げると、蒼月はヘラヘラと笑いながら、近くの席に座る。
「何となく。ここに来なくちゃ行けない気がしたんだよね」
「その付き添いよ」
俺はちらりと煉兎を見る。
彼はしてやったり、と得意気な顔をしていた。
叶亜は全員の顔を見てから、店の外へと出た。多分気を利かせて、【開店中】から【閉店中】へ看板をかけ直しに行ってくれたんだろう。すぐに戻って来た。
「.....じゃあ、話してもらおっか」
「うん」
「へ?なになになに?何が始まるの?」
「スズ、うるせぇ」
全員の目が俺に集中する。
身体に感じる緊張感に負けないよう、スッと息を吐いて、俺は言葉を紡ぐ。
「俺は、白銀の街から逃げて来たんだ──、友達を置いて」
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