第拾弐話 黒猫と守るもの

 架深を看病した日から、二日が経過した今日。

 スッカリ全開した架深を連れて、悠威と煉兎、叶亜と架深と俺は、とある路地を歩いていた。

 ここで鬼が出たという情報を得たからだ。


「それにしても...、普通鬼は森の中に出るんじゃないの?後はこの間みたいに誰もいないような場所」

 叶亜は前を歩く悠威と架深へ声をかける。

 ちなみに二人が前を歩いている理由は簡単で、架深は妖を弾く力で四人の身体を守れるという事で前に、攻撃力の強い悠威が架深の攻撃力の低さを補う為に前へ立つ。

「.....全然、出くわさんねぇ」

「別の場所に移動したのか?」

「さぁ。でも、もう着いちゃった、行き止まり」

 架深がそう言って足を止める。


 目の前には、空き地が広がっていた。三本の土管が置かれており、地面には雑草がぼうぼうと生えていた。

 どうやらどこにも鬼はいないみたいだ。

「他の道は...、どこにも無さそうだな」

 悠威は溜息混じりに肩を竦め、煉兎へ視線を向ける。煉兎はこくりと頷き、

「分かった。視てみる」

 煉兎は土管に手を置き、檸檬色の瞳を仄かに光らせる。

「.............んー?何で...、何でか読めへん...?モヤがかっとる、感じ。誰も触れてへんのかも?」

 煉兎は眉を寄せて不思議そうにしていた。

 悠威はそうか、と頷いて道へ戻る為に振り返って空き地を出る──、事が出来なかった。

「はっ...?!」

 悠威はぺたぺたと『それ』に触る。

 まるで空き地と路地の間に硬い壁が出来たかのように、誰も通れなかった。

 人間だけに掛かっているのかと思い、俺も体当たりをするも、俺さえも通れなかった。

「何で...?」

 叶亜が不安げに顔を暗くする。

 その時、瘴気が濃くなる。振り向くと、土管にはこの間よりも大きなガタイをした二本角の鬼と──、白銀しろがねの街の下級軍人達がいた。


 雪国の白銀の街でも溶け込めるように白い洋服、瘴気や毒などを防ぐ為の細工がされた白い烏面。六人の男の腰や背には、各々の武器が見え隠れしている。


 すぐに感じたのは、怯えだった。

 あの時はこれよりももっと数が多かったのだが、心の中にかなり『あの時』の光景が巣食っているのか、思わず震えてしまいそうになる。


「...貴方達は.....」

「お前ら.....」

 架深と悠威、煉兎が視線を鋭くする。どうやら三人はこいつらに出会った事があるようだ。

 叶亜は地面にいた俺を抱き上げ、同じく彼らを睨む。

「.....賢者の石と穂積奏人、これらを頂きに来た」

 白い仮面の男の一人が、じっと俺を見てそう言った。

 やはり、あいつらの狙いはこのペンダントか。

「...叶亜、カナを守れよ」

「うん、分かった」

 悠威は腰の鞘から剣を抜き、架深もまた短剣を構えた。

「私が鬼の相手、する。その方が歩があるかと」

「分かってる」

 架深は短く息を吐き出し、トンッと地面を蹴った。架深の身体はあっという間に鬼の懐の中へと潜り込んでいた。

 風によって長くなっている短剣で、鬼の体を真横へ薙ぎ払うように斬る。一撃で、しかも急所を斬ったというのに、架深の顔は眉を寄せて曇っていた。

 鬼の体は薄皮一枚程度が斬れたばかりで、致命傷とは至っていない。

「何で...っ?!祓器ばつきは妖の強度なんて関係ない筈なのに...!」

 叶亜は目を丸くして、その声を震わせた。

「.....何か仕組んでやがるな」

「せやねぇ。周りはぶっ殺して問題なさそう?」

「良いだろ」

 煉兎の袖口から鎖が飛び出し、男の一人へ結び付けた。

 悠威はその鎖を踏み台にして反対側へと飛び込み、雷の宿る剣で男の身体を斬った。

「爆ぜろ」

 グッと煉兎が拳を握ると、鎖が締め上げられていく。しかし、いつまで経ってもその身体は玩具のようには潰れなかった。それに煉兎は目を見開く。

「.....何で...?潰れへんねや?」

 人間の身体は妖よりも遥かに柔い。なのに、潰れないのだ。

 煉兎は苦虫を噛み潰したような顔をして、その身体をブンッと投げ飛ばした。

 その身体は架深が相手にしていた鬼に直撃した。架深は僅かに目を見開き、

「...っレンさん」

 煉兎へ目を向けた。

 煉兎は架深にも目を向け、悠威にも視線を向けた。

「何か、仕掛けとるで」

「レンっ!躱せっ!」

 煉兎の声をかき消す悠威の鋭い声に、煉兎は何も考えずに飛び退く。鬼の金棒が煉兎の足元へ落ちる。


 思わず煉兎は息を呑んでいるようだった。

 しかし、すぐに顔は元に戻る。

「俺らを、舐めてんのか!」

 煉兎は瞳に苛烈を灯し、二本の鎖を振るって男達を投げ飛ばしていく。

 架深は鬼の相手で精一杯なのか、彼女の異能で鬼からの攻撃を弾きながら、的確に急所を突いているようだった。

 悠威も剣に雷を宿し、相手の身体を雷の熱で焼いていく。

「っ!これで、どうっ?」

 架深が鬼の心臓を突き刺した。

 血飛沫が上がり、鬼の体がだらりと力を失い死んだ──、かのように思われた。


 架深の両腕は鬼の腕に掴まれ、ぽおんと放り投げられる。


 彼女の身体は地面をゴロゴロと転がり、透明な壁にぶつかってうずくまった。

「架深っ!」

「叶亜っ、動くんじゃねぇ!異能使えっ!」

 悠威の声に叶亜はビクリと肩を震わせ、しかし冷静に頷いてその碧玉の目に光が灯る。

「僕は...全てを騙す」

 耳にキィンと金属音が鳴る。

 思えば、叶亜の異能を俺は詳しく知らない。前回は鬼に変身していたので変身能力なのだと思っていたが、今の叶亜の姿は叶亜のままだ。

「.....カナトくん。大丈夫、呼吸を落ち着けて。僕の異能は相手の目を騙す異能だから。余程の事が無ければ、バレない」

 俺の感情が伝わったのか、叶亜は俺の首元を撫でて、気持ちを落ち着かせるように優しく言ってくれた。


 確かに、これで俺は助かるだろう。

 でも、架深は?悠威も煉兎も。どう考えても今は劣勢だというのに。

 俺は助けられないのか。手を出す事さえも、出来ないのか。


「死ねやおらっ!」

 悠威は次々に斬りかかっていく。煉兎も鎖で相手を吹き飛ばす。架深も身体を起こし、鬼と対峙している。

「.....僕が、他の人にも異能を使えたら...」

 手助けしたいのは、叶亜も同じだった。

「くそっ!」

 悠威は剣で何とか弾き返し、体勢を立て直す。そしてまた斬りかかる。だが、相手は飄々とした対応で、また悠威へ襲いかかる。

 煉兎も、鎖で相手を投げるばかりで、致命傷は与えられない。投げ飛ばすだけだから、打撲傷しか与えられないんだ。

 架深は鬼の心臓を再び突きさそうと素早く駆ける。しかし、もう二度と刺されまいとしているのか、守りが硬くなっている。


 どうしたらいい。どうすれば...、どうしたらいい.....?


「がっ」

 考え込んでいた俺を呼び起こしたのは、悠威の短く低い声だった。

 顔を上げると、悠威の腹に深々と棍棒がめり込んでいた。

「悠威っ!」

 煉兎は悠威の元へ早く向かおうとするが、その行く手を白い仮面達が阻まれてしまう。

「くそ...っ!くそぉ.....っ!!」

 煉兎は悪態を付きながら、悠威の元へ向かおうと必死だ。

「っ、くそが...ぁ!舐めてんじゃ、っぐっ!」

 悠威の頬が殴られた。

「悠威っ!」

 架深はキッと瞳を輝かせ、鬼の攻撃を弾き飛ばし、悠威の元へと走る。だが、妖ではない白い仮面の男の攻撃は弾き飛ばせない。

 架深はそれらを振り切ろうと必死だ。対人戦はあまり得意ではないのかもしれない。


 こんな皆が必死な状況で、俺は.....、何をしてるんだ。

 『友達』を守るんだろう。それはあいつらだけじゃない。


 ここにいる皆だって、もう友達だろ?

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