第拾壱話 保護者と白い仮面

「この場所だな」

 俺は昼過ぎから、レンと共に昨日訪れたあのオンボロアパートへ来ていた。

 奏人に架深の面倒を頼み、二人だけでこの場所を詳しく調べる事にしたのだ。


 そのきっかけは、今朝に遡る。


 俺とレンは〈霜花〉でスズを待っていた。

 確実に今日来るという確信はなかったが、あいつの異常とも言える幸運の力が俺達にもかかるというのなら、来ると思ったからだ。

 そして、スズはいつものように志保を連れて〈霜花〉へやって来た。

「いやぁ、良かったよー。君らの住んでる朝凪アパートに行かなくちゃ行かなきゃいけないと思ってた!」

 開口一番、そんな事を言いながら、スズは机の上へ渡しておいた魔金属の延べ棒の一本を、ことりと置いた。

「それ、どうだったんだ?」

「ふっふっふ、聞いて驚く事なかれ!これは!ただの魔金属じゃないんだよ!」

「やったら、何なん?」

「人工の魔金属、だよ」

 その言葉に俺達全員は顔を見合わせた。


 魔金属は普通の鉱物と同じく、発掘する事によって掘り出される代物だ。

 つまり、加工される事があれども、人工に作られるものではない。


 しかし、今目の前にあるこれが人の手によって作られた物...、何かの陰謀を感じてしょうがない。

「何で人の手で作られたって分かったん?単なる祓器ばつきへ加工する前の魔金属かも知れんやんか」

 そこから疑問なのか、的確にレンはスズへ訊ねる。

 その言葉にスズはチッチッと舌を鳴らしながら指を左右に振り──、その様子にレンは苛立ったようで孝介が用意してくれている手拭きをスズの顔面へ当てた。

 見事にそれは顔面に直撃する。

 ちなみに、レンがやってなかったら俺が投げ付けていただろう。とにかくそのくらい腹立たしい顔をしていた。

「いてて、酷いなぁ...。あぁ、話を戻すね。実はねぇ...、これさえあれば異能を扱えないそこら辺の有象無象の人でも、祓器ばつきを扱える優れものなんだよ!」

「何それ!?凄すぎる!」

 叶亜が目を丸くして驚いている。...心なしか、双葉のようなアホ毛もぴょこぴょこと動いている気がする。

「そもそも、普通の祓器ばつきと僕らの関係っていうのは、凹と凸、或いは阿吽、或いはツーとカー。つまりは全く違う性質の魔力マナ同士が噛み合う事によって、その効力が最大限に発揮される訳なんだよね。でも、この魔金属には両方の力が既に組み込まれた状態なんだよ。だからほんの少しの──、普通の人が持っているくらいの魔力マナがあれば使える」

 こんな代物を誰が作ったんだろうね、とスズは意味有り気な声音と表情で俺達へ笑いかけて来た。

「で、さ。ものは相談というかさ...レンさん」

「ん?俺ぇ?」

 話を振られると思ってなかったのか、レンは不思議そうに首を傾げた。



『これが手に入った場所、レンさんが触れて読み取ったら、誰が犯人とか丸わかりじゃない?』


 そんな彼からの提案により、俺達はまたこの場所へと訪れていた。

「それにしても...、この場所といい、あの魔金属といい...。何かの陰謀が渦巻いとるんかもなぁ。こう...、この場所みたいにぐるぐるっと」

「言えてる」

 俺達は階段を降り、早速用意しておいたマスクを付ける。これで幾分か瘴気がマシになる。

 が、俺はマスクはどうにも苦手だ。

「眼鏡.....、曇る」

 視力の低い俺からすると、『目』である眼鏡が曇って、前が見えにくくなるからだ。上手く合わせないと見えにくい。

「くくっ、悠威。大変やなぁー」

 嫌味ったらしく、眼鏡族ではないレンは俺へそう言う。

 うるせ、と短く返し、何とか眼鏡が曇らないようにマスクを付ける。


 一本道の通路を通り、物置よりやや広いくらいの部屋へ辿り着く。

 薄らと埃の積もった何も無い棚が壁際に数個並べ置かれ、それと対に当たる場所に花瓶を置けるような小さな机がある。

 他には特にこれといった物の無い、瘴気と埃で汚れた空気の悪い部屋だ。

「.....確か、ここら辺やったな」

 レンは魔金属の置かれていた机に向かい、檸檬色の瞳を僅かに輝かせる。そして机の上へ手を置いた。

「.....どうだ?」

「........白い仮面、の、男...か?烏みたいな、変な仮面。いっぱいおる...。男...?こいつらの上司、か?若い、俺らと同い年くらいの...」

 ブツブツと言葉を区切りながら、レンは自身のサイコメトラーとしての力を発揮する。

 少しして、レンはその机から手を離し、息を整えた。

「...他に何か分かったか?」

「いや...。そればかりや。でも、白い仮面の人間なんて、この街に沢山おらんやろ。警察に言えば一発とちゃう?」

「そう、だな。他にも特に無さそうだし、帰るか」

 その時だった。バタンと入って来た鉄の扉が閉まったのは。

「「はっ!?」」

 俺達の声は見事にかぶる。

 急いで扉へ向かうと、やはり音の通り閉じられていた。

 鉄の扉だ。風じゃあ閉まらねぇ。人が故意にやったに決まっている。

「.....どないしよか」

「俺に任せろ、鉄だろ」

 俺はレンを背へ追いやり、腰の鞘から剣を抜く。そして正眼へ構えて、息を整える。

「雷の温度はなぁ.....、最高で三万度だ馬ー鹿あっっっっ!!!!」

 剣の刃に紫の雷が纏い、それを鉄の扉へ叩きつけるように振るう。どろりと粘土のようにあっさりと鉄は溶け、鼻を覆いたくなる匂いが立つ。

 犯人らしい人間の服の先は、階段を上ろうとしていた。

 逃げる気でいやがる。

「逃がすかよ!」

「っ悠威!」

 俺は廊下を駆け、階段を上り切る。


 すると、そこには同じ格好をした数人の男がいた。

 混じり気のない白の洋服は身体の線が分からないように緩やかになっており、顔面には白い烏を模したような仮面を付けていた。

 俺は剣を構え直す。

「.....何者だ、お前ら」

「ちょっ、悠威っ...っ!早っ」

 後ろから遅れてきたレンは少し息を整えてから、彼らを見て息を呑んだ。

「悠威、俺が見たの、この衣装の人等」

「分かった。じゃあ生かさなきゃな」

 レンも頷き、チャラリと鎖を鳴らす。


「.....穂積奏人という人物を、我らに差し出せ」


 一番身体の大きい大男が、俺達へそう言った。

「.....悠威、カナトって...」

 レンが動揺したのか、コソコソと俺へ耳打ちする。

 カナは何も言いたがらない。だから、俺も詳しくあいつの素性は聞いていない。

 もしかしたらこんな奴等に追いかけられるような犯罪者で、こいつらにカナの事を話して受け渡すべきなのかもしれないが...。

 今までの様子を見て来て、あいつが犯罪者ではないと、俺は思う。

「知らねぇなぁ!それよりも、お前ら、ここに大切な物を隠してたんじゃねぇの?だから俺らを閉じ込めたんだろ?」

 どんな人間も、瘴気の濃い場所に居続ければ命を落とす危険性がある。

 恐らくこいつらは俺達を殺そうとしていた。

「貴様らがアレを...」

「...なになに?もしかして穂積奏人っちゅうんが、鍵なんかぁ?俺ら、重大な秘密知ってもうたなぁ!」

 どこか煽るような口調で、レンが俺の調子へ合わせてくる。流石、長年の付き合いだ。

「.....まぁ、アレはいい。失敗作品だ」

 大男は溜息混じりにそう言い、腰にぶら下げていた拳銃へ手を置く。

「貴様らは穂積奏人を知っている。そうでなくとも、仲間を一人殺した罪、ここで晴らさせてもらう」

 仲間を一人殺した罪?

 俺はこんな見た目をした人間は殺していない。ちらりとレンへ目線を向けると、彼もまた不思議そうに眉に皺を寄せていた。

 とすると〈霜花〉に入り浸る俺達の内の誰かなのか。或いは、向こう側の勘違いって可能性もあるな。どうでもいいか。


 今は、こいつら全員を死なない事が優先だ。


「レン、一人は生かせ」

「分かっとる。言っとくけど、一撃必殺は悠威の剣の方やからね?」

「お前は潰せるだろ」

「せやね」

 俺達は二手に散った。

 それを合図に、相手側も人数を二分割して俺へ襲いかかる。

「生身の人間が、『化け物』に勝てると思うなよ!」

 フッと短く息を吐き、刃に紫に光る雷を纏わせる。

 手始めに一番手近に居た短刀使いの身体を斬り、感電させると共に傷口を一気に焼く。肉の焼ける嫌な匂いが胸を突く。

「次っ!」

 しかしそれに構っている暇はない。次の相手の胸の中心を貫く。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっっっ!!!!!!!!!!!」

 その時、背後から大声を上げながら、先程の大男が斬りかかってくるのが見えた。どうやら絶命した味方のものを奪ったもののようだ。扱い方というか、持ち方がずぶの素人だ。

 話を聞くの、こいつでいいや。

「レンっ」

「任せとき!」

 レンと場所を入れ替わると共に、レンへ斬りかかろうしていた白い仮面の男を、下から上へ斜めに斬り上げる。

 その間にレンが鎖で大男の剣を巻き取り、もう片腕の鎖で彼の身体を縛り上げる。

「っ!?」

「流石ぁ!」

「ふふん」

 レンは得意気に鼻を鳴らし、しかしその目は決して大男からは離さない。

「...さぁ、話してもらおか?何でカナトを狙ってんのか?」

 大男は視線を反らし、口を真一文字にした。言う気はさらさら無いらしい。

「.....お前らは何者なんだ。新手のマフィアか?」

 片眉を寄せて、俺が大男の首元に剣を突きつける。だが、それよりも早くレンが鎖に入っている紫の紋様が淡く光る。

「俺の鎖鏢はなぁ、縛った相手へ毒を与える珍しい作りなんよ。早う言った方が身の為、やで?」

 縄鏢の縄部分を鎖にすげ替えた鎖鏢は、レンの祓器ばつきだ。毒属性のそれは、俺達の中でも一・二を争う強さを誇る。

「黙りかぁ?早く言えよ、殺してやるとは言ってねぇんだから」

 俺が顔を覗き込むように大男を見ると、彼はサッと顔を青ざめていた。口を真一文字に締めていた時とは違い、一気に顔色が変わっている。

「お前、どうしたんだよ...」

 俺の態度と彼の様子にレンも異変に気付いたのか、僅かに目を瞬かせる。

 ゆっくりと大男は口を開いた。その唇は微かに震えている。

「........さ、さくら、」

 大男の目線の先へ、俺はバッと目を向ける。


 そこには草色の書生姿をした──、女がいた。

 明るい茶髪の髪の毛の所々には桃色の線が入れられており、右頬に幾何学模様でハートの形を模したような白色の刺青が描かれていた。

 鋭い好戦的な朱色の瞳が、大男を見ていた。


 彼女の口が、動く。



「 」



 その瞬間、男の身体が文字通り

「レンっ!」

 素早くレンの腕を引っ張る。

 レンも気付いていたようで、鎖を巻き切っていたお陰ですぐに引き寄せる事が出来た。

 レンの身体を抱いたまま、地下の階段へと隠れ込む。

「 」

 女の口がまた開いて動いた。すると、今度は周りにある男達の身体から発火した。

「何が...っ?」

「レン、目ぇ合わせるな。殺されるかもしれねぇ」

 腕の中にいるレンの耳元で呟き、成り行きを見守る。

 死体が焼けていく様を女はしばし眺めると、こちらを見て薄笑いを浮かべた。口が開かれる様子はない。

 どうやら俺達を殺そうとしている訳ではないようだ。

 女はそのままどこかへと去っていった。


「..........もう、えぇ?苦しいわぁ」

「あ、悪ぃ」

 無意識の内に結構キツく抱き締めていたらしい。レンはぷはっと息をして、俺の腕から脱する。

 そして、すっかり死体の無くなった荒れた玄関ホールを見下ろした。

「あれは...何なんやろな。スズに伝えるか?」

「あぁ.....。でも、カナには言うなよ。あいつ責任感じそうだから」

「あー.....せやねぇ」

 分かった、とレンは素直に応じてくれた。


 俺達はアパートから外へ出て、女の去った方向へ向く。勿論、そこには誰もいない。

「あの人.....、誰やったんやろ?」

「さぁな。白い仮面野郎共と面識があるような素振りだったけど」

 俺は用済みになったマスクを外す。


 ヒュッと冷たい風が、露わになった頬を撫でた。

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