第51話 優雅に流れる雲みたいに
今日の依頼は、Kとシロヒ、クロという珍しい3人で仕事へ向かった。ユキとレオは家でのんびりと3人の帰りを待つ。
「ユキ」
「んぅー?」
「スプーンを咥えて上下させんな」
「ひひひゃん?ん...、別にレオさんに迷惑かけてないし」
「いや、目に付くから」
ケラケラとユキが笑うと、レオははぁと溜息を吐いた。
「さて、と。ご飯も食べたし、本棚の整理をしようかなっと」
「手伝おか?」
「大丈夫、1人で出来るよ」
ユキは皿をキッチンの流し台に置いて、グッと背伸びする。
「レオさんは何かするの?」
「ん、シロヒくんにKの所の掃除頼まれてん」
「あー、そうなんだ」
Kの部屋の掃除。面倒な事をシロヒはレオに頼んだものだな。そう思い、ユキはクスクスと笑う。その時だった。
ピンポーン、と玄関のチャイムが鳴る。
「んー?こんな時間に?クロくん達じゃ無さそうだし」
「あー、俺が出るわ」
「お、ありがとうっ!」
ユキが部屋に本を数冊持って入った時だった。バギャッと嫌な音と騒音が耳に飛び込んできた。
急いで部屋の扉を開けると、倉庫とシロヒ達の部屋の間の壁にもたれかかるようにレオが倒れていた。
「レオさんっ!?」
唐突に起こったことに、ユキは目を丸くする。
「まだいたのか!?」
知らない人の声。ユキはレオに駆け寄り身体を起こそうとしたが、ナイフを持って対峙する。人間の数は3人。
─レオさんごめん、ちょっと待ってて。この人達に教えてあげるんだ。...仲間を傷付けたこと、許さない。
「何の用ですかね?」
「あんたら、最近調子乗ってるらしいじゃねーか。だからちょっと痛い目を見て欲しいっつー、そういう依頼が来てるんだ。それを受けて、ここに乗り込んできたってわけさ」
「ふぅん、成程。でもさ、私達は依頼人からの要求をきちんとクリアしてるわけだ。怒られて、こうやって叩かれる意味が分かんない」
「しょうがない、これが俺らの仕事だ」
「...っ!」
とにかく家の中を極力荒らさないように、外へ出ないといけない。ここは狭くて動きが制限される。それに、レオさんも気を失ってるみたいだし、ここは危険だ。
「こっちだよ!」
キッチン側にわざと回り込む。男達がユキを追って来る。ガチャンガチャンとユキ達の思い出を無視して壊していく。
ユキはグッと奥歯を噛んで、それからテーブルの方へと跨ぎ跳ぶ。これで3人の背後に回り込めたことになる。そのまま玄関へ走り出た。
「くそっ!」
どうやら彼らの目的は家の大破じゃない。あくまでも私達を痛めつける事だ。
3人はレオに目もくれずこちらに向かってくる。
「こっちこっちー!」
ユキは玄関から出てすぐ、振り向きざまにナイフを投げる。それは真っ直ぐに最初に玄関から出てきた男に突き刺さる。これで後2人だ。
「くそっ!この野郎っ!!」
「ふっ」
馬鹿にも突っ込んできた男を躱して、もう1本ナイフを持つ。
「これは、レオさんの分」
バランスを崩した男の首筋に思い切りナイフを刺し、捻って抜く。ブシュシュと血が噴水のように吹き出した。ユキは僅かに刃についた血を払って、追っていた男の手の甲を切りつけた。
「っうっ!」
「これは家を荒らした分」
手の甲を切ったせいか、ヨタヨタとステップを踏んで空いた隙間を素早く埋め、右腹部にナイフを刺し、捻らずに抜いた。
「はー...、これで」
「もう終わったと思ってるのか?」
声の方向には足から血を流してよろめいている男。手にはユキの愛用している投げナイフが握り締められている。距離を開けようとしたが、思うように足が動かない。見てみると、腹部を刺した男はまだ意識を持っており、ユキの足首を掴んでいた。これじゃ上手く避けられない。
「ハハハ...!ざまぁみろっ!」
「っ!この、」
片足で蹴って外そうにも、両足を掴まれているので手間がかかる。その間に殺される。刃で上手く受け止めようとも、下の人物が身体を揺すってきたら外すリスクがある。
「死ぬんだ、お前は今からなぁ!!」
ユキはギュッと目を瞑った。
「何しとんねん」
「レオさんっ!?」
「てめぇ!?あの衝撃喰らって生きてん」
「仲間に手ぇ出しとんや無いで」
レオは背後から男を殴りつける。男の身体が倒れた。ユキはすぐに足元に転がっている人間の手を踏みつけて外す。そしてくず折れた人間の裏首を掻き切る。ブシャッと血が吹き出し、顔に付着する。
「ふー...ふー...」
「ユキ!」
「平気。...レオさん、こいつらの血でも飲んじゃう?」
「遠慮するわ」
レオはこっちに歩み寄って来た。
「これら、どうしよか」
「...うーん、敷地内に死体が転がってんなのもねー。運ぼっか」
「うん」
ユキとレオは協力しながら、3つの死体を運び出した。
「しっかし、こんな事...今まで無かったのになぁ...」
「...俺のせい、やな」
「!ンなこと無いって!...最近さ、私達仕事で色々やらかしてたから...。そうだって向こうが言ってたじゃん?」
「...でも」
「でもじゃないの!」
ユキはペチッと軽くレオの両頬を叩いた。
「ポジティブに考えて!最近レオさんネガティブだよ?」
「...悪い」
「ほらまた謝って...。まだ引きずってるの?あれが異常だっただけだよ」
ニッとユキは笑いかけるが、レオの顔は曇ったまんまだ。
最近は特に、彼はこうやって責任感を感じやすい。シロヒよかマシとはいえ、年上組はこういうタイプの人間が多いのだろうか。─困るなぁ。
「ほら、運び終わったしさ。帰って家の片付けしよ?」
「...おー」
「ただいまー...って」
「あ、お帰りなさい」
ひょこっと呑気な声と共に、ユキがキッチンから顔を出した。
「...どうしたのこれ」
Kは思わずそう訊ねた。他の2人も息を呑む。
壁は少し凹んでおり、土足で踏み荒らしたような跡があり、所々汚れたり欠けたりしている。2人が喧嘩したってのは考えられない。
「へ?へ?何で...っ」
「何か、侵入者が来てな。荒らされてしもうて、悪い...」
「もー、さっきからレオさん謝ってばっかりなんだけどー」
不服そうにユキは頬を膨らませる。
「...てか、人がっ!!?」
「うん、ガっタイのいい3人の男がね。殺すつもりは無かったんだけど、レオさんを殺そうとしてきたから思わず...ねわ、死体はちゃんと片付けといたから大丈夫だよ」
「そ、そう...」
「レオさん、大丈夫なのっ!?」
クロがたたっとレオへ近付いて、その肩を掴んでユサユサと揺する。
「大丈夫やって」
「そ、そう...」
「とりあえず、片付けよっか...?」
「そうだね」
シロヒが片付けの指示を出していく。その時、チャイムが鳴る。
「...またかな?」
「俺が出るよ」
クロが軽くナイフを握って、そのまま扉を開けた。
「っ!フジ、」
「へ、フジくん?」
クロの声にユキは慌てて玄関へ走っていった。3人も顔を見合わせて、それから遅れてそこへ向かう。
そこにいたのは従者らしき人物を数人従えて来た、フジだった。軽く5人に一礼して、
「どうも、夜分遅くにすみません」
「いや、いいけど。どうしたんだよ。喧嘩でもしたのか?」
─それくらいで家出するのはクロくんくらいだよ。ほら、フジさん苦笑いしてるし。
「そういう訳じゃないんだ。話があってね、...皆さんに。だから、王宮に来ていただきたくて」
「僕らに?しかも、王宮へ?」
そう訊くと、フジはこくりと頷いた。フジからではなく、ナツからという事だろうか。
「まぁ、ですけど...。とりあえず急ぎの用事ではありませんし、家の中の整理のお手伝いしますよ」
「あ...」
どうやら家の中の様子が見えていたらしい。5人は顔を見合わせて、
「「「「「お願いします...」」」」」
「はい、任せてください」
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