第50話 眠り落ちていく君の隣で

「フジ様っ!」

「はい?」

 メイドに呼び止められ、フジは本を捲っていた手を止めた。彼女は少し言いにくそうに顔を歪め、

「どうしたの?」

「ナツ王様がお呼びです。それと、これを」

 彼女から渡されたものは何らかの資料のコピーの様だ。これは...、

「とうとう来ちゃったかー」

 大量の署名だった。題名は『"Knight Killers"の撲滅に関して』というものだ。フジはすぐに察する。

「...ありがとう、すぐ行くよ。部屋かい?それとも王の間にいるの?」

「ナツ王様の自室にいらっしゃるかと...」

「うん、ありがとう。自分の作業を宜しくね」

 フジは彼女に軽く礼を言って、ナツの部屋へと向かった。そこで、

「お、フジ」

「セン」

 どうやらセンも呼ばれたようで、軽く手を振ってきた。

「全く...、大変なことになったかもな」

「そう言うなよ」

「アハハ、そーだなぁ」

 ケラケラとセンは笑いながら、扉を開けた。

「早く来てよね。凄く待ったよ」

 そこにはやや不機嫌そうな顔をしたナツが憮然とした態度で椅子に座っていた。片手にはチェスの駒を持って、クルクルといじっている。

 ─しょうがないだろ、こっちにだって作業があるんだっての。

「で、ナツ...。何の用事だ?」

「これだよ、これ」

 ナツは署名の用紙を摘んで、それを眺めながらそう言う。

「どうすんだ?ナツ王様?」

「国民の声だ。勿論対策は取らせてもらうよ。絶対王政なんてした日には僕の首はチョンパ!...だろうからね」

 ナツはニコニコ笑いながら、空いた片手で自身の首を軽く叩いた。

「...で執事くん。君の意見は?」

「へ?俺っ!?」

「うん、このままサクサク法令を作っていっても構わないけどさ。僕らにはすぐにそれが出来ない理由がある」

 そう、ユキが"Knight Killers"にいるからだ。

 もし彼女が捕まってしまったら、全ては法の下で決められ、即死刑だろう。いくら王だからといって、親しい人間だからとそれを止めることは出来ない。知らなかったら問答無用でやってたかもしれないが、そう割り切れない。

 彼女は何十人も人を殺してきた、大罪を背負う殺人鬼。しかし3人の大切な友人であり、幼なじみ。

「何をどうするのが正しいと思う?」

「...分からない。何を基準に正しいとすればいいのかが」

「っ! ...そうだね。僕らがその基準を生み出していっているといっても過言じゃないからね」

「...でも、これだけの署名だ。書いた民衆の思いは汲み取らないといけないだろ」

「分かってるよーそんな事はさー」

 ナツがそう言って、机に顔を突っ伏す。

 フジはふと思い出した。数ヶ月前、図書館で読んだ"Knight Killers"の発端の話を。

 あれから時代を経て、随分と派生していったけれど、もう一度あの制度を作り上げればいいのでは無いだろうか。

「...ナツ、セン」

「「うん?」」

「いい考えをさ、思い付いたよ」

 フジは思う。この時の自分はどういう顔をしていたんだろう。

 しかし、それは確かに今尽くす事が出来る最前かつ最良だと、自負できる。それに沢山の"Knight Killers"達の対策にもなる。

「...何?言ってみて」

「あぁ」

 ナツは無邪気な子どものように、机に頬杖を付いて、上目遣いに訊ねてきた。

 フジは自分の口角が上がるのを感じる。

「...〈黄昏の夢〉を、国の秘密暗躍部隊として、この王宮に置くんだ」



「おい、ナツ」

「何さ、セン」

 センの声にナツは作業の手も止めずに、流し聞く。

「フジの提案、そのまんま飲むのか?」

 センの質問にナツは少し口を噤んだ。

 フジの提案は、ユキが所属している〈黄昏の夢〉を国家の秘密暗躍部隊として雇うというものだった。

 確かに、王宮へ匿ってしまえば、楽だ。さらに"Knight Killers"はかなりの精鋭部隊と同等の身体能力を持っている人間が多い。なかなか強い戦力を得ている事と同様なものだろう。

 正直なところ、かなり甘い蜜を吸うことが出来る。

 ナツは少しフッと息を吐いて、

「あぁ、勿論そのつもりだよ。はい、これね」

「何だよ」

 センにまとめた紙を渡す。

 そこには"Knight Killers"についての法令を軽くまとめたものを書いている。

「もう少し手をつけておいて。君らが必要だと思う事を付け足してても構わないから。それからもう一回僕に渡して」

「...あぁ」

「それと、雪城家の中も綺麗にするように。頼んだよ」

「...了解」

 センは一礼して、ナツの部屋から出て行った。

 ナツにはセンの言いたい事は分かってる。ユキがいるからと言って、彼らを特別扱いしてもいいのかって事だろう。

 それに、不透明感が漂ってしまうのも否めない。

 しかし、ナツはフジの意見に賛成だ。ユキの瞳にナツはならなくてはいけない、と考えているからだ。─あの日、僕を庇わせて怪我を追わせたんだから。

 治す方法が見つかるまで、ナツは手助けしないといけない。

 しかし、ユキは仲間の為に心を砕いていこうとする。その為にいつ死ぬか分からない。


 なら、目の届く範囲に置こう。例えどんなにこの想いが歪んでいても。


 ナツはそっとチェス盤へ手を伸ばし、白い駒を一つ前へ動かした。

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