第49話 飛び込んだ貴方色
「んー、よし...。こんなもんかな?どうユキ?」
「あー、いいんじゃないかな」
Kのスコープから見える景色は、血を流す足を抑えて踞る人間が沢山いた。見渡す限り人間が倒れているこの景色は、初めて見る景色だ。
「ユキの方はどう?」
Kはスコープから目を外し、ユキの方を見る。小さいパソコンをカタカタといじっていたが、顔を上げてにんまりと笑った。
「問題無いよ。一応、全部のロックは解除してるから誰でも入れるようになっちゃってるけど。Kくんが撃ってくれてるから入ろうにも入れないだろうしさ」
ユキはパソコンをパタンと閉じて、ポーチにしまった。
「レオさん達の所に行こう。シロヒくん、サポートよろしくね」
「任せろ」
「Kくん、そこから動こう」
「聞いてたよ」
Kは折りたたみ式のスナイパーライフル銃を畳んでいき、背に背負った。忘れている部品は、無さそうだ。
「OK、行こう」
「よし!」
3人はその場を後にして、ユキの先導の元、レオ達がいるであろう下の階に進むことにした。
後2人。
依頼上、気絶だけで殺してはいないから、起き上がってこないかヒヤヒヤするが、大丈夫だ。
そんな所に意識を向けていたせいか、
「このっ!」
「がっ!?」
男の投げてきたナイフが避け切れずに、一本が頬を掠め、もう一本が腕に突き刺さる。痛みが頭の中を一気に駆け抜けた。
「は、ははははっ!ざまぁみ、」
頬の傷が消えていく感覚がする。そこで残り2人の目の色が変わった。
─やめろ、そんな目で俺を見んな。自分で分かっている。...自分が"異常"だという事は。
刺さっていたナイフをゆっくりと、ずっ...ずっ...と抜き取る。今にも気を失いそうに痛む。が、目に少し力を入れてみると、その傷はみるみる消えていった。
周りの息を呑む音がレオの耳と胸に痛かった。
「これが...〈鬼神種〉か......」
別に力が強いわけでも、誰かに迷惑をかけるわけでもない。他の人よりも傷の治りが早いだけだ。それだけでも、周りはレオに対して恐怖し排除しようとしてくる。
─だから、だから殺されないように。
「......俺は、俺を守る」
抜き取ったナイフを男めがけて投げた。いつもなら当たりもしない場面だというのに、今日は成功してしまった。ザクリと、男の胸に刺さる。男の胸から赤い花が咲いていく。
そして、呆気に取られていた男にもナイフを投げる。それも刺さった。
─...あぁ、どうして。どうしてこんなに心が空っぽな気がするんやろう。苦しくて、辛くて堪らない。
もう傷なんてそこに無いはずなのに、左腕が傷んだ。思わずへたりこむ。
温かい雫が目から流れ落ち、頬を伝う。その時だった。
「レオさんっ!」
クロの声が耳に入ってきた。
「レオさん、大丈、」
クロの声がここを見て、声を途切らせた。それはこの惨状があまりにも酷いのか。それとも、
「大丈夫っ!?レオさんっ!!」
ばっとクロがレオの肩を掴んで揺する。それからハッと息を飲んだ。
「......何で泣いてんの?」
「分か...らん.........」
「......泣かされたの?」
「ん......違、う。......その、」
レオは少しだけ言葉にするのを躊躇った。─でも、けど...。
「やっぱり違うんや。俺とお前らはさ」
それでクロは分かってしまったみたいだ。─いくら鈍感でも分かるもんなんやなぁ。...そこやないか。
理解している。レオは血を飲んで生きる〈鬼神種〉、クロ達は普通の人。分かってるのに、その事実を他人から叩きつけられると、どうしてこんなに辛いんだろうか。
しかし、
「もう、大丈夫やから」
「...大丈夫、じゃないでしょ?泣いてるし、左腕真っ赤になってるし。何されたの、何言われたの?全部俺に言って。俺がそれをボコボコにする。...もう死んでんだろうけど」
「......クロ」
少しレオがしゃくりあげると、またクロの息を呑む音が耳に入る。
「...で、何言われたの?」
「...やっぱり...俺は違う、みんなと。そう思う。それは否定出来んからな。やからかなぁ、何か改めて受け取ると、寂しゅうなってな...、それだけや」
クロは指先で涙を拭って、にっと笑ってみせる。─心配、もうこれ以上はかけたくないし。
「...レオさん」
「あ、他の奴らに言うなよ。絶対何か言われる」
「レオさんっ!」
「...何や大声出して」
レオは意味がわからなくて首を傾げる。するともう一度いきなり肩を掴まれた。
「...苦しいなら、笑わないで」
「...だって」
「辛いなら、ちゃんと言って。もう俺は受け止められるよ、気にしなくて大丈夫だから。いつまでも子どもでも弟じゃないし」
彼の紅い瞳がレオを真っ直ぐ見据える。思わず目を反らしたくなって、反らそうとする。が、クロに頬を両の手で包まれる。視線が反らせない。
「クロ...っ」
「俺じゃあ力不足なのかもしれない。それでも、それでもっ!」
「支えたいよ。本当に大切な...、家族だから」
言葉が温かくて涙が出そうになる。─いや、もう出てるわ。いやいや、そこじゃない。
涙目で、でもレオはニコリと笑った。
「あり、がとう」
「っ!レオさん、お礼言わないでよ」
俺、レオさんになにもしてあげられてないから、と。あの時からずっと助けられてばかりなんだからさ、と。
いつもの調子の良い言葉じゃない。落ち着いた低い声がレオの耳に入ってくる。
─今のお前は割とカッコイイかも、なんてな。
そう思っても冗談めかして言う空気でもない。
「大丈夫」
左腕に意識を向け、グーパーと何回かしてみる。もう痛みはそこまで酷くはなかった。
「...帰ったらシロヒくんに怒られるな」
「じゃないかな。ちょっとした擦り傷でも『何やってんのっ!?』って感じだから。...今の似てた?」
「いや全然」
「酷ぇ」
ケラケラとクロは笑う。
その時、ハッキリと喉の乾きを感じた。
...今、ここにはレオとクロの2人。ならば、
「クロ...っ」
「ん?」
レオさんに服の袖を引かれ、クロは足を止める。彼の瞳が爬虫類にも似た裂けた瞳になっていた。それで察する。
少ししゃがんでレオに近づく。
「欲しいの?」
「悪い...。力を使うたせいか、ちょっと頭クラクラしてん」
「謝んないで、お安い御用だよ」
クロがパーカーのフードを少しずらして、しやすいように動く。レオがそっとクロに近づいて来て、尖った歯をクロの首筋に当て、噛む。ツキリと僅かに痛みが走る。少し顔をしかめたのをレオは見ていたようで、
「悪い、済まん」
「平気だよ、俺」
─そう、少しの痛みだって貴方の為ならば耐えられる。
少し遠慮がちな舌遣いでペロペロと舐められていく。少ししてからレオの頭が俺から離れた。
「ありがとう」
「いいってば」
レオは口元を拭って、ゆっくり立ち上がる。
「立てるか?」
「大丈夫だよ」
クロはゆっくり立ち上がって、パンパンと足についた汚れを払った。
「二人共ーっ!」
そこでシロヒ達がやって来た。シロヒはレオを見るなり、
「うわ、何でそうなってんの?!」
「刺されたからさ」
「え、大丈夫っ!?」
シロヒのセリフを聞いて、2人で顔を見合わせて笑った。
「...何笑ってるの?」
「ドMなんじゃない?」
「ンなわけあるかっ!」
それを聞くと、ユキは「元気そうだね」と付け足した。
「で、ここが栽培場所だったの?」
「いや...、よう分からんけど。でもここに5人も人間がおったのが気になってな」
「確かに、何にも無さ過ぎるねここ」
Kが適当に壁に手を付けて触っていくと、
「うわっ!?」
ガコンと音がして、壁が人一人分ほど動いて、Kがその向こう側へと行った。慌てて4人がそこへ行く。すると、そこに広がっていたのは、
「いてて...」
「大丈夫、Kくん?」
「うん、平気だけど...これ」
「お手柄だな、K」
そこに広がっていたのは、麻薬草らしきものが大量にあった。人工灯の光を受けて、青々と沢山茂っていた。ここで精製していた事に間違いない。
「さて、ここを燃やそうか。ユキ、手伝って」
「はいはーい」
ユキは、ここの1番奥へ走っていき、手に持っていた小さな瓶の中の液体を撒き散らす。聞くと、その中には油が入っているらしい。
「じゃ、Kよろしく」
「うん」
Kはそう言って、レオが作った爆薬をその草原の真ん中に置いて、起動スイッチなのか紐を引っ張った。
「よし、離れよっ!レオさん、何分くらいで爆発させるように設計してるの?」
「んーと、...5分やな、確か」
「5分でここから抜け出すのっ!?」
急いでレオを抱き抱えて、走り出す。皆も同じように駆け出す。
「おい、こらっ!離せっ!つか、下ろせっ!俺は走れるっ!!」
─いや、レオさんこの中じゃ1番足遅いでしょっ!?信用出来ないってっ!
「えーと...あと、もう少し、で、爆発だねっ!」
何とか、外に脱出し、建物の方に振り返ったとほぼ同時に、ドガンボゴンと凄まじい音がして仕掛けた場所から煙が吹き出した。倒壊とまではいかなかったが、少し建物が傾く。
5人はそれをのんびり見ていた。クロはレオを下ろしておく。
ポツリとユキが、
「斜めになったね」
「そんな感想はいいよ」
5人は警察が来る前に急いでその場を後にした。
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