第48話 月夜は背後にご注意を

「...んー、こんなもんかな?」

 ユキは細いワイヤーを今回侵入する建物の壁に付けた。それからそれを使って向こう側に行けるように、ハンガーの様なものをワイヤーに引っ掛けて滑り降りる。

「っととと」

 何とか壁に激突せずに済んだ。少し離れた箇所に爆弾を仕掛ける。

 今回の作戦は『麻薬取引場所の制圧』だ。殺しの任務ではないので、あまり手荒い事はしない。

 ユキはここのサーバを手中に収めることが任務。Kはこの建物内の高い所からユキの邪魔をする人間の狙撃。レオとクロは麻薬草の栽培場所を突き止めること。シロヒは下での陽動員。

 ユキのこの爆弾の爆発音をかき消すため、シロヒは下で同じような爆弾をこことは真逆の場所に仕掛けている。向こうが鳴ったと同時に、こっちも爆発するようになっている。

 ドゴンと、爆発音が鳴ったとほぼ同じ時に、ここも爆発して壁がガラガラと崩れていく。ユキの身体が爆風に煽られてユラユラと動く。少し収まってから、穴の大きさを確認する。

 人一人は通れるくらいの穴が開いている。計算通りだ。

「成功しますように...」

 ユキは身体を思い切り揺すって反動をつけ、飛ぶ。何とか壁に足をかけられ手をぶんぶん回してバランスを取り、落ちずに済む。

「確か...ここら辺に」

 暗闇を懐中電灯で照らしつつ、中を進んでいくと、サーバの通信機器が見つかった。そこに、ユキのパソコンを繋ぐ。

「うんよし、繋げられたっ!」

 グッと拳を握り、キーボード操作をしていく。

 その時、外から変な音が聞こえてきた。何か、狙撃音と怒鳴り声に近いものだ。

「...何だろ?」

 グッと身を乗り出して、ぶち抜いた壁穴から下を覗き込む。そこから見えるのは、



 シロヒは一応は予想はしていた。こうやって追いかけられるだろうなとは。役割は陽動員であるならば、これは当然だろう。だが、予想以上に爆弾の爆発が起こり、その予定外の事が起こっている。

「待てやごらぁっ!!」

「にげてんじゃねぇよっ!!」

 本来ならここに来る人間は限られているはずなのだ。Kが狙撃して助けてくれるから。だが、準備に手間取ってしまっているのか、人間が大量に来ている。各々武器を持ってきて。

 ─まったくもう!一体全体どうしてこうなるのか。

 その疑問は口にしたところで意味は成してくれはしない。とにかく走るしか、今のシロヒにする事は無い。

『大丈夫っ!?何か、凄い人数に追われてるけど?!』

「全然、もう、やばいっ!」

『私、鉄骨をそこに差し伸ばすから、それに捕まって。一気に引き上げるからっ!』

 その言葉が途切れたと同時に、細長い銀色の鉄骨と、それを握る僅かに対象的な黒い革手袋が目に入った。その鉄骨を握ると、グッと上へ引っ張られる。それを使って、壁を上り、ユキがいるであろう壁穴に足を引っ掛けて中に入る。その背後を銃弾が通っていく。Kが狙撃してくれているようだ。

「大丈夫、シロヒくん?」

「う...うん。あんなに走ったの久しぶりだよ」

「お腹の傷は?」

「開いてないよ」

 シロヒの答えにユキは満足げに頷いて、カタカタとキーボードを操作している。

「今は何してるの?」

「ん?乗っ取りだよ、平たく言うとね。こっちが有利になるように仕込んどかないとね。...ってあれ?1つ防犯装置が作動してるなぁ。後で解除しておこうか」

「凄いな、俺には出来ないよ」

「そんなもんだよ。慣れが必要ってだけ」

 ユキはそう言って、少し指を動かす。ピッとどこかで音が鳴った。

「よし、じゃあKくんのとこに行ってみよっか」

「あぁ」

 ユキの先導の元、Kの元へと2人は進む。



 建物内に侵入して、この建物ではそこそこの高さである三階付近にKは忍び込んでいた。あまり高すぎると狙いが上手くならないからだ。スコープを覗きながら的確に撃っていく。

「そこ、ここ、あそこ」

 パンッパンッとシロヒを追ってきていた、

 今は逃げる人間の太ももやふくらはぎを撃っていく。彼らが逃げているからかもしれないが、あんまり気分が良いものではない。

 上からじわりじわりと、しっかりと狙っていく。

「あそこ、ここ、そこ」

 ─隠れても上からじゃあ丸見えだってーの。

「Kくん」

「ユキ」

「どーだ、守備は」

「上々だよ。シロヒこそ大丈夫?さっき追いかけられてたけど。遅くなってごめんな」

「あー、いや、大丈夫だ」

 Kは目を離さずに、少しだけ笑った。

「さてさて、じゃあレオさんとクロくんの方も大丈夫かなぁ?」

「レオさんいるから問題無いよ」

 ─そうかなぁ。僕はレオさんに仇をなそうとする人間の行く末が心配だよ。

 そう言わずに銃弾を撃ち込んでいく。



 レオとクロは中に侵入して、栽培場所を探していた。不思議と誰ともすれ違うことなく、ズンズン進んでいくと、

「二手に分かれてんねー」

「そやな」

 その時ガチャガチャと変な音がし出した。何かの機械音だ。

 クロは気づいておらず、「どっちかなー」と呑気に言っていた。レオはそれを気のせいだと放って置こうとしたが、どうも耳について、その音の方に目を向けると、天井が僅かに割れたのが見えた。

「っ!クロっ!!」

「へっ、うわっ!!」

 急いでクロの身体を思い切り突き飛ばして、何とか真っ二つになる事は防いだ。レオとクロの間に黒い大きな檻が立ち塞がる。とても硬くて、壊せそうにはない。

「レオさんっ!」

「大丈夫や、そっちは」

「レオさんが突き飛ばして来た時に出来た擦り傷だけ。痛くはない」

「それなら良かったわ」

 ─しかし、どうしたものか...。

 こうして分かれたらクロでも1人で道を探せるんだろうか。辺りを見回すと、1箇所天井が抜けている箇所がある。人一人なら余裕で抜けられそうではある。

「クロ、俺は先に行って色々探してみる。お前は後追ってこい」

「え、どーやって?」

「ここの天井が1つ抜けてる。そこら辺のどっかを壊して、ここの天井穴からこっちに来い。お前なら、出来るやろ?」

「っ!......やってみる」

 クロはそう言ってレオから離れていった。おおよそ、天井に1番近いところを探しに行ったか、壊しやすい場所を見つけに行ったか、か。

「さて、俺も行かな」

 クロなら大丈夫だ。レオは踵を返して道なりに慎重に進んでいく。

「...にしても」

 こんな小綺麗な場所で麻薬取引が行われているとは。見た目で何もかも判断してはいけないという事だ。

 そもそも何で麻薬になんて手を染めるのだろうか。

 ─...壊れて全て忘れたいとか?もしそうなら阿呆やな。そんな事したって逃れられへんのに。

「はー...、いい気分だぜぇ」

 声。レオは素早く身を低くして、目だけ声の方へ向ける。

 人数は5人。いずれも男でガタイのいい人間ばかり。目は少し虚ろで、ぼんやりと手の内の丸い錠剤を見ている。─...あれが麻薬か。色とりどりやな。

 ここで彼らがこんな事をしていたからすれ違わなかったのか。

「まさかボスもここがこんな風に使われるとは思ってなかっただろうなぁ」

「ははははっ!あの完璧主義者の顔が驚くだろうなっ!」

 クスリをすると頭どころか性格も悪くなっているのか。─最ッ悪やな。

「あー...はは楽しくなってきたぁ!」

 男の1人がゆらりと立ち上がって、フラフラとした足取りでこっちに向かってきた。

 ─...マズイ。見つか、

「....?誰だ、お前?」

「あ.........。はははは、えいっ!」

 先手必勝。すぐにポーチから薬を目にかけて目を潰す。

「ギャアアアアっ!!!?」

「な、なんだっ!?」

 ─残念。片目しか潰せへんかった。

 これで戦力は5人と変わらず。

「...どーも初めまして。〈黄昏の夢〉の人間や。そして、あんたらの売買を辞めさせに来た人間でもある」

 片手には薬瓶を、もう片方にはナイフを持って笑いかけてやる。

「話し合いが無理なら、殺らせてもらうで?」

 ─早よ来いよ、クロ。


 ─んー、どこから行けるかな。少し幅が狭くないと俺上がれそうにないし。

「...っ!あれからならイケるくね?!」

 クロの目線の先、少しボロボロになった天井が目に入った。あれなら上手く行けば頭突きで壊せるかもしれない。

「ここら辺から走ったら...いいな」

 少し距離をとって、走り込んで飛び上がる。思い切り頭突きを天井へかますが、ごぅんっと音がして、目の前に星が飛ぶ。

「いってぇぇぇぇっ!!」

 ジンジンと痛む頭を抑えつつ、そう呻く。血は出ていなかったのが幸いだった。どうも、頭突きで天井を壊すのは無理だ。

「う...ぁあ痛てぇ...」

 その時、さっきレオと分かれた場所から音が聞こえてきた。涙目で頭を擦りながら見に行ってみると、2人を隔てていた檻が無くなっていた。

「へ......何で?」

 クロは首を傾げる。敵方が「まぁ開けちゃうかっ!」的なノリで開けたのだろうか。

 ─ンなわけないか。

「行かなくちゃっ!」

 とにかく早くレオの元へ。向こうで敵とやりあって無いといいのだが。

 クロはそう思いながら、レオの行った方向へと駆けた。

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