第47話 碧を思う、黒と蒼の鎖
とある屋敷から少し離れた、見通しの良い場所にKとユキはいた。いつもの仕事の時の格好をしてそこに座って屋敷を見回す。
ここは、シロヒの住んでいた屋敷。2人はここに今から乗り込む。
シロヒの思いを彼らに伝える為に。勿論、シロヒに頼まれた訳では無いし、皆の意見の一致っていうわけでもない。
これはきっと、ケロッとの自己満足だ。その為に来ている。
「...ありがと、ユキ」
「まぁ、お礼なんていいのにっ!」
ユキはどこか芝居調でそう言う。そして大きい屋敷を指さして、
「で、あそこ?」
「うん、間違い無いよ」
「よし、じゃあ...改めてだけど、よろしく」
「今だけの特殊チームだ」
Kとユキはそう言って拳を合わせた。
「でもいい?これでシロヒくんに怒られても私のせいじゃないからね?」
「分かってるって!」
「...どーだか」
ユキはやや呆れたように肩をすくめる。それから腰のポーチから長く細いワイヤーを巻いたものを取り出し、その屋敷の中に生えている太い木の枝に向けて発射する。それには何かに引っかかるように鍵が付いており、それが枝に引っ掛かった。
ピンとしっかり張っているかどうかを確かめてから、ユキがそれを今いる場所の硬そうな場所に解けないようにキツく括りつける。
「OK」
「ん」
Kはそこに布を巻いたU字型のものを引っ掛け、滑る。キキキィという音とやや擦れて焦げた匂いが鼻先を掠めるが、何とか辿りつけた。ユキも程なくして着く。
「うん、成功っ!」
「ナイス」
「ま、油断は禁物だよ」
ユキはキョロキョロと辺りを見回す。Kもいいカモがいないか、探す。
─...見つけた。玄関前に2人程警備員がいる。
「あの人達は?」
「いいんじゃない?」
Kとユキは木から音を立てずに飛び降り、そっと警備員2人の背後に近付き、頭や首を殴って気絶させる。
そしてKは隠れてその服を着た。こうすれば一見、ただの警備員として見られるはずだ。
「で、次は?」
「Kくんが着替えてる時にもう仕掛けてるよ。ここまでが順調過ぎたからもう少し待つかもね」
「そか」
それなら少しゆっくりしようか。深呼吸をして、呼吸を整える。
「......Kくん、まだ帰られるよ?」
「...やだ」
「シロヒくんはこんな方法で喜ぶとは思わないけど」
「シロヒの気持ちじゃない、僕の気持ちだよ。彼に今まで助けてきて貰ってたんだ。今度は僕がシロヒを助ける。辛いなら、その対象にダメージを与えるくらい、どうってことない」
「...ふうん」
ユキの声とかぶるように、轟音が屋敷中に響いていく。
「!Kくん、こっちっ!」
「分かったっ!」
爆発音とは逆方向に走っていく。こうする事で、
「な、なんだっ!?」「ここ、爆発してるぞっ」「1階の窓が殆ど木っ端微塵だ!」「そこじゃない!急いで水をもってこいっ!!」「はいっ!」
「うんうん、焦ってる焦ってる」
ユキは計画通りにいけたことに満足げに笑っていた。
ここにいる人達は爆発を起こして火を燃やす箇所に集まり、2人はその人達の背後に回ることが出来る。
「よし、じゃKくん、演技よろしく」
「頑張るよ」
Kは少し肩をすくめて、壁の後ろから出て行く。まだ向こうは火に気を取られて気付いていない。
「た、助けてくれっ!」
張り上げたKの声に何人かが反応する。
「どうし、」
そこでユキが現れて、Kにナイフを放つ。それは目論見通り、Kの胸元に突き刺さる。
が、問題無い。そこには大量のクッション材を巻き付けているから。
Kはばたりと倒れてみせる。
「あは、あははははははははははっ!!!」
ユキが狂ったように高らかに笑う。こんな笑い方を聞くのは、彼女にキリングが宿っていた時以来かもしれない。
─というか、演技力高くないかユキ。
「あーあ、気付かなかったら、助かってたかもなのにねぇ。仕事熱心だと人生不幸かなっ!あはっ」
「お前...っ!」
「こっちだよ、おにーさんっ!」
ユキはそう言って先程通ってきた道からここを離れていった。その後をそこにいる人間全員が追っていく。
完全に人の気配が無くなってからKは身体を起こし、ナイフを抜き取る。
「さて、と」
Kは、火の手が伸びていない、爆風で大破した窓から中へと侵入する。
そして、目的の部屋へと急いだ。
後ろから沢山の人が追ってくる。Kが上手くやっていると信じ、ひたすらに暴れまくるのがユキそれと同時にすべきことだ。
ある程度広い庭にまで来てから、立ち止まりくるりと後ろを振り向く。両手にはナイフを持って。
「っ!待てっ!」
「はは、ごめんっ!」
ユキは素早く距離を詰め、ナイフの柄で腹を殴りつける。男はその場で蹲った。やはりマフィア本元なだけあって身体の筋肉はわりと硬いかもしれない。
─もしかしたら、割りと強敵?なーんて。
「お前は...誰だ?」
「..."Knight Killers"、かな?」
ユキはそう言って、聞いてきた男の懐に入るように距離を詰め、男の顎に頭突きをかます。ジンとした痛みがユキの頭に抜けていく。─うぅ...痛い。
「...殺す気は無いのか?」
「ふふ、さぁどうだろ?もしかしたら"まだ"殺さないだけかもよ?」
"Knight Killers"はどちらかと言えば殺し屋よりも便利屋だ。さらにユキ達は必要の無い殺しはしない。それは彼らにとっても運がいいという事だ。
─普通なら、作戦の邪魔になる人間って皆殺しだからさ。
「ほら、かかっておいで?」
─Kくん、さくっと終わらせてよねっ!
◆◇◆◇◆◇
「ここか...」
Kは目的の部屋へと辿りついていた。ドアノブに手をかけて、扉を開ける。
そこにいたのは、豪華絢爛な部屋で慌てふためく初老くらいの男。流石に爆発音で起きたのか、目を覚ましている。
入ってきたKに目を向けてきた。汚れきった碧の瞳で。
「な、何だお前はっ!?」
「や、起こしてごめんなさい。玄関から入るべきだったんだろうけど、開けてくれなかったもので。一階の窓から失礼しました」
極めて明るく聞こえる声で、Kは話しかける。恐らく、彼がシロヒのお父さんなのだろう。
「えと、お名前伺ってもいいですか?」
「朝倉、陽一だっ!」
アサクラ、ヨウイチ...。太陽の陽を使ってたら確実だ。─ま、でもこんなに白髪混じりなら使用人でも無いでしょ。
「じゃ、用件言わせて貰います。...シロヒ知ってますよね」
『シロヒ』という単語を聞いたその人は、大きく目を見開いた。
「......知ってるみたいですね」
「あ、あれの知り合いなのかっ!?」
─......あれ?
Kは何も考えずに、男の足元に弾丸を撃つ。
「ひ.........っ」
「アレ呼ばわりしないで欲しいな。次そう言ったら太もも撃つから。......言葉を慎重にね」
Kはニコリと笑いかける。銃口を男に向けたまま、
「シロヒをどうして探しに行かなかったのさ?家出したって、聞いたけど」
「...この家にとって、あいつは優しすぎるんだ。だからいてもいなくてもいいんだよっ!長男のあいつさえいれば、それでもう十分だったんだ。それに嘘も酷かったからな。優秀な兄とはまるで違う。出来の悪い人間が自ら出てってくれたんだ。別に追う必要も無いだろう」
─...あぁ、そうか。シロヒが僕に声をかけてくれたのは、似てたからかな。
この人は似てる。Kの父親に、とってもよく似ている。
─腹が立つなぁ。イライラする。...でも今日は殺しに来たわけじゃないし。
「そうですか」
「も、もういただろっ!」
「はい、もういいです」
Kは彼に近付いて、こめかみに銃口を当てて目線を合わせる。
「......っ!!」
「さようなら」
引き金を引く、と思わせて持ち手部分でグルッと回し、銃身でこめかみをぶん殴る。男は右側に身体を飛ばした。
「......依頼だったらなぁ」
─殺せたのに。
─あぁ、僕もだいぶこっちに染まってるなぁ。それがいい事か悪い事かはまぁ、放っておいて。
護りたいのだ。今までのお礼を含めて、彼の全てを。
「さて、と」
急いでユキがいる場所へ向かう。怪我をしていないことを祈りながら。
◆◇◆◇◆◇
カチッ カチッ
「げっ」
引き金を引いても空気音しか鳴らない。玩具の銃と化したそれを投げ捨てて、再びナイフへと持ち帰る。元々、今そこに転がってる人から盗ったものだから、特に思い入れも無い。
全員、気絶はさせているものの殺してはいない。改めて思うが、加減をするって本当に難しいし大変だ。
「っこのっ!」
浅く深く、それでいて気絶して戦力外になるように。何とも奇妙な思いが錯綜する。
そこに、Kが走ってきた。格好も着替え直している。
「ユキっ!」
「Kくんっ!」
「用事は済んだ!帰ろっ!」
その言葉を聞いて、周りにいた屈強な彼らは一同に青ざめた。そして、ユキからKの方へ向かって歩いていく。Kは一瞬まずいという顔をしたが、すぐに拳銃へと手を伸ばした。が、その行動には意味は無かった。
どうやらこの人達はボスである人物が心底心配なようで、Kに目もくれず走り去っていったからだ。
2人で唖然としてしまう。
「...と、とにかく今の内だよ」
「う、うんっ!」
こうして、およそ二時間弱の奇襲劇は何とも言い難い終わり方で幕引きとなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます