第46話 咲かない花にも水を
「レオさん」
「んー?」
シロヒに声をかけられ、レオは食事の手を止める。
シロヒはあれからすぐに家へと帰り、2日経った今はベットの上で大人しくしている。正しく言うならば、「大人しくしててよ?」とKから厳命された。
したがって料理や家事を4人が手分けしている。元々手分けしてやっていたのだが、シロヒはその倍くらいやっていた為、それを止めるためでもあるのだが。
「あの、俺、手は使えるから、1人で食えるけど?」
「いや、俺もそう思うんやけど。Kからたまには甘やかせと」
「実行しなくてもいいよっ!!」
「ま、一理あると思うたし。はい」
レオはシロヒにスプーンを向けると、彼は物凄く真っ赤な顔をして食べる。
確かに恥ずかしいと思う。レオもこんな事されたら恥ずかし過ぎて気狂いしそうだ、も思う。ただ、他人にやるのは別だ。
「...レオさん、ご飯食べたの?」
「ん、いや。シロヒくん食わせてからでええと思うて食ってへんよ」
「っ!?レオさんただでさえ細いんだから。食べないと駄目だって」
「いや、食わんとは言ってない」
「レオさん忘れそう」
「いや、シロヒくんの方がちょっと抜けてるやん」
クスクスと笑ってやると、シロヒは少し膨れっ面になって拗ねる。
いつものしっかりした態度との違いに、レオはさらに吹き出してしまった。そう言えば、こうやって長々と話した事は無かった。
「俺ら、こうやって話した事あったっけ?」
「! 俺も同じ事考えてた」
「それは良い偶然だね!あれだ...以心伝心ってやつ?」
「ああ」
そう言ってまた2人で顔を見合わせて笑い合う。
◆◇◆◇◆◇
「フジ様」
「はい、何ですか?」
フジはニコリと声をかけてきた女メイドに微笑む。彼女は少し顔を赤くして、首を縮こませた。
「そ、その、お客様が、」
「...客?」
今日、何か予定があっただろうか。少なくともフジは聞いてないが、ナツが勝手に呼んだ客なのかもしれない。
「フジ」
「セン」
「あ、ありがとうね、フジに伝えに行ってくれて。でも俺が連れてきたから下がってていいよ」
「は、はいっ」
センに声をかけられる。その後ろには、
「...ユキ」
「やほ、フジくん!」
顔面の左側に包帯を巻き付けて、いつも通りの呑気な声で、フジに声をかけてきた。
「ごめんね、急に来てさ。ちょっと雪城の図書館で探したい資料があるんだ。入れてもらってもいい?」
「勿論。あそこはユキの家の物なんだから」
「アハハ...、そう言われると心持ち軽くなるよ。鍵は開いてる?」
「あ、開いてないかも。俺、取りに行くよ」
「ごめんね」
ユキはそう言って頭を少し下げた。そんな事で謝らなくてもいいのに。
「セン、ユキを図書館まで送ってくれるか?」
「言われずとも!」
センは軽くフジの肩を叩いて、
「ユキ、こっち」
「うん」
ユキを連れて行った。
フジは少しその背を見送ってから、鍵束のある管理場所へ向かった。
センに連れられて、ユキは久しぶりに王宮内を歩く。
「...だいぶ、変わったね」
「そうか?」
「そうだよ」
セン達は変わっていく場所に身を投じているから気付きにくいのかもしれない。しかし、ユキからすると随分と違う。
身長が伸びたから見えている目線も昔とは違うし、花壇やメイドのウロウロしている人数も違う。どこも新鮮だ。
「ここに来て良かった...」
「っ!......そか」
「うん」
「それなら良かったよ。お、着いたな」
宮内の最東端が雪城家の人間が暮らしていた場所だった。
その横に目立つ塔が、この王宮内にあるもう一つの王国図書館とは別の、雪城家の人間が一人ひとり様々な研究が詰まっている雪城家私有の図書館だ。ユキは1度しか入ってないが、かなりの本棚の数だったのは、記憶に焼き付いている。
「...ここら辺にも手入れ、行き届いてるんだね」
「ま、ナツ王のご命令だからな」
「ここ、使わないなら取り壊してもいいのに。かなりのスペース得られそうだけど」
「っ!...そうだな」
昔では有り得ない。大人らしくなった会話に、ユキは思わず笑ってしまう。
「お待たせ、持って来たよ」
フジがそこへやって来た。
鍵の束から目星を付けて、鍵穴に差し入れて捻ると、カチッという音がして扉を開く。そこにあった光景は昔見た光景と何一つ変わってなかった。スーッと息を吸うと、ユキの鼻に紙特有の匂いが入ってくる。
「...圧巻だな」
「うん」
「んで、ここに何を探しに来たんだ?単なる探し物なら向こうの方でも出来るのに、わざわざここを選んだ理由があるだろう?」
「お、センくん鋭いな」
「あ、当たり前だろ!」
ユキが少し褒めると嬉しそうにはにかんだ。ユキは手近にあった資料を一つ抜き取り、おもむろにページをめくる。パラパラパラパラと紙と空気が触れ合う音が耳を撫でた。
「...吸血鬼の事。ここが詳しく調べたもの沢山あるかなって」
「「吸血鬼...?」」
2人の声が重なる。ユキはこくりと頷いた。
雪城家の人間は研究職に就く人間が大半だ。そして、その研究成果をこの場所へ修めるのが習わしの一つでもあった。勿論、入らない所謂"駄作"の人間だっている。その人は一族の恥として後世に語り継がれるのだという。...だからユキの父は彼女を使ってまで、研究を完成させようとしていたのだ。
「ユキ?」
「うぁっ!?ご、ごめ...、ぼーっとしてた...」
「吸血鬼、どうして調べるの?」
─当然の質問だよねー。
「...レオさん、〈鬼神種〉と何らかの関係がありそうだって見込んでね。ほら、同じ鬼っていう文字が入るし、ちょっとキリングの研究所で調べた感じ、類似してる点がいくつかあってね。だから、ここの資料を使いたいと考えたんだ」
嘘は吐いてない。ただちょっと、誤魔化しただけだ。
「成程な」
◆◇◆◇◆◇
「僕らでこうやって行くの珍しいね」
「あー、そうだな」
クロはぼーっとしていたよういで、返事が少し遅かった。別に気にすることじゃない。
「...なぁ、K」
「んん?」
「...あー、今日さ。俺らで何でも好きなもん買っていいんだっけ?」
「うん、そうだよ。何か欲しい物があるの?それとも食べたい料理とか」
「美味いもん食べたい」
「クロくんが作らなかったら大抵のものは美味しいと思うけど」
「はぁ?...ンなこと、ねぇよ!」
「若干間があったよね?」
Kがそう言うと「ンなことねぇよ!」ともう一回言われた。クロ本人でも自覚してるから無意識に間が空いたのかもしれない。
「じゃあ、食いしん坊のクロくん。何を食べたい?」
「......肉」
「あー...はいはい」
─じゃあ肉料理でシロヒとクロくんの血量を増やさないといけないから...。うん、レバーかな?
肉屋でレバーと、シチュー用の肉を買う。後は家にあるものでシチューは作れそうだから、もう必要なものは無さそうか。
「ん?もう帰るの?」
「うん、後は家にある具材を組み合わせて作れるから大丈夫だよ。帰ろ」
「おぅ」
夜。
レオはコンコンとユキの部屋をノックする。「はーい」と部屋から呑気な声が返ってきた。レオは扉を開ける。
そこには首にタオルをかけたユキが、机の上の資料を流し読みしていた。
「どうしたの?」
「ちょっと、話があって」
その言葉を聞いて、ユキがニコリと笑いかけてきた。
「大丈夫っ!秘密は必ず守るから!」
「...胡散臭」
「酷いなぁっ!!」
ユキは少しだけ頬を膨らませたが、まぁいっか、と元の表情に戻った。
「で、何?」
「...人の血の匂いが、何か違うんや」
「? 違うって何がどう?」
「クロの血の匂いが分かる」
レオがそう言うと、ユキは目を丸くした。有り得ない、といった顔つきだ。
「...クロのだけ、鉄の中に...甘い匂いと味がする」
具体的にはどの果物に近いっていうのは、分からない。そんなにレオの人生で果物の匂いを気にしながら食べる経験がさほど無いからだ。しかしあの感じは、菓子類の匂いで無いことは確かだと分かる。
「...吸血鬼だから、美味しい血には敏感になるのかな?」
ユキはそう言って、パーカーからナイフを取り出して、革手袋を外して、ナイフで手の甲を切った。
何の躊躇いもない行動にレオは驚く。
「私の血の匂いは?」
「へ、あ、あぁ...」
吸血鬼になったとしても、レオは血を見るのは苦手だ。変わらない。
ユキの手を掴んで、鼻に近付ける。鼻先を掠めるのは、鉄臭い血のいつもの匂いだ。手の甲に斜めに入ったその傷を舐めて、傷口を消す。
「ありがと」
「いや、別に」
「ね、味とかもやっぱり違うの?」
「まぁ...少しはな」
少し、ではない。かなり違う。シロヒの料理と、クロの作るダークマターと同じくらいの差がある。
ユキやK、シロヒの血は、レオからするとまぁまぁ美味しい方に入ると思う。不味いのは性根の腐った人間の血。口に入った瞬間に苦味が口内を占める。とても比べ物にならない。
「へー...、これからも何かあったら言ってね」
「おぅ」
風呂から上がり、Kは髪の毛を拭きながら自室へと入る。中に入ると、シロヒは横になっていた。寝てるのかな、と思い近付いて顔を見てみる。と、碧の瞳がKの目線とかち合う。
「あ、起きてたの?」
シロヒは起きていて、少し寝返りを打つ。
「...悪いな」
シロヒは済まなさそうに眉を寄せて笑った。
「そんな事、気にしないでよ。シロヒは、悪くないからさ」
「そうか」
「...うん」
Kはシロヒのベットに座った。
「......光輝」
「...!シロ、」
「ありがとうな。お前がいてくれたから、俺は"Knight Killers"として仕事が出来るし、どんな事に直面しても対処出来るようになれた。それは紛れもなくお前や、皆のお陰だ」
「そ、そんな事ない、」
「あるんだよ」
Kの言葉に被せるようにシロヒが言う。
「ずっと、本当に俺は助けて貰わないと生きていけないんだ。だから、」
「分かってる」
─全部言わなくても分かるよ。ずっと、君といたんだからさ。
「僕は君の側にいるから」
Kの言葉にシロヒは少しだけ目を見開いて、ふふ、と笑ってくれた。
そして、目を閉じた。それから少しして寝息が聞こえてくる。─すご、寝るの早すぎるでしょ。呆れちゃうなぁ。
「...お休み」
その寝顔を見ながら、Kはのんびりと考える。
シロヒはどれだけ辛かっただろう。きっと、K自身の何倍も、いや何十倍も苦しかったに違いない。何故なら、Kは自分の気持ちを無視して生きてきたことなんて無かったからだ。
K達の為に心を砕いて、その為に身体に消えない傷を作ったシロヒ。彼はとっても優しい。お節介で自分の事なんて顧みずに人の為に頑張る人だというのに。
─...世の中は不公平で理不尽だ。
Kはむくりと起き上がり、音を立てずに身支度を済ませる。それからドアを開けて玄関へ向かう。そのとき、
「Kくん」
「ユキ」
ユキは全てを知っているように、ニコッと笑い、軽く首を傾けていた。月明かりに照らされた彼女の顔は、神秘的な雰囲気を醸し出す。
「どこに行くの?私にも教えてよ」
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