第45話 夕日の色に想いを隠して
「...シロ、ヒ」
血飛沫を撒き散らして、シロヒの身体が床に倒れた。赤い染みがジワリジワリと床へ侵食していく。クロはカッと頭に血が上るのを感じる。ナイフを取り出して、駆けた。
「っらあ!!」
「くっ......!」
その男も深手を負っていた。シロヒが最後の最後で情をかけてしまったんだろう。クロのナイフがガキンっと金属音が響き、弾かれる。
「ユキ......っ、手伝えっ!!」
「う、うん!」
レオとユキがシロヒの身体を避難させる。
クロの目の前の男の子は震える唇で言葉を紡いだ。
「...俺は、言った......」
「.........?」
「殺せ、と。でも、あいつは、何故...。剣を、下ろ、せば...っ、あいつの、」
「そういう勝ち負けの問題じゃねぇ、心の問題だ」
ナイフで剣を持っている手を刺して、
「ぐっ......っ」
それで男の手から長剣を落とす。クロはナイフで首を刺すことも考えたが、
「シロヒくんに免じて、生かしてやるよ!」
すぐに刃を手に持ち、思い切り後頭部をぶん殴る。男はそれで完全に沈黙した。
刃を手に持ったせいで、手の平から血が流れ出す。
「...いてぇ」
流石に刃の方を持つのは止めた方が良かった。血で手の平がヌルヌルして気持ち悪い。
─ま、いい。そんな事よりも!
「シロヒっ!シロヒ!!」
クロも3人の方へ行く。
シロヒはぐったりとして目を閉じている。血相も良くない。Kは先程はあまりの衝撃に黙ってしまっていたが、今はシロヒを起こそうと、声を出して懸命に身体を揺すっている。
シロヒの次に手当ての上手いユキでも傷の応急処置に手間取っている。よほど、酷いらしい。
そこでレオは思い出した。新たに増えた自らの力を。
「...!俺の力を使お」
「っ!そっか、吸血」
レオは少しだけ目を閉じて眉を寄せ、そして再び目を開けると切れ長な瞳孔に変化していた。
「.........う」
レオはおびただしい血量に少し頬をしかめてしまうが、そうも言ってられないとすぐに傷口に口を付けた。
「ふ......う、」
「Kくん!シロヒくんの頭を支えて!私、止血剤をシロヒくんのポーチから探すから!」
「わ、分かった!」
ゴソゴソとユキの探す物音と、ぴちゃぴちゃと血を舐めるレオの舌遣いが空間を支配する。
しばらくして、レオが顔を上げ、こびり付いた血液を拭い取った。そこにはもう傷が無くなっており、綺麗になっている。
「...こんなもんやな」
「一応止血剤と包帯を」
ユキはさっさと包帯をそこへ巻き付けていく。
「クロ、お前その手」
「あ、すっかり忘れてた」
─そうだ。俺、手に怪我してたんだった。
シロヒの事しか考えてなくて、この傷とかすっかり忘れていた。
「貸してみ」
「ちょっ」
レオがまた瞳を変え、クロの血を舐める。美味しそうに、丁寧に。その口が離れると、もう傷跡は残っていなかった。
「クロくん、手伝って!というかシロヒくんの身体、エリーさんのとこまで運ぶから持って!」
「おー!...レオさん、ありがと」
「これぐらい何でも無いわ」
その言葉にクロはニッと笑って、治った手の方でレオの頭を帽子ごとパフパフと叩いてユキの所へ行く。
「シロヒくんをおぶったらいいの?」
「うん、クロくんが一番高いし。あ、好きに運んで貰っていいから」
─運びやすい、か。
クロはシロヒの身体を起こして、お姫様抱っこの要領で抱き上げる。
「行こう!」
◆◇◆◇◆◇
ぼんやりとシロヒは目を覚ました。目に見えるのは、白い天井。─......ここは。
「どこ......?」
「っ!シロヒ!」
Kの涙に濡れた瞳と嬉しそうな顔がシロヒの目に入る。
「起きたの、シロヒくんっ!」
「良かったなぁ」
クロ、レオの顔が続いて彼の視界に入ってくる。
「え、ここ...」
「エリーさんの所。あの後、ここに運び込んで、シロヒくん2日くらい寝てたんだ」
ゆっくりとシロヒは身体を起こす。少しクラっとしたが、大丈夫そうだった。
「ユキ、は?」
「ここだよー」
ユキは部屋の隅で、椅子に座ってヒラヒラと手を振っていた。眠そうな瞳を擦っているから、Kが声を張った時に目を覚ましたのだろう。
「え...と、ありがとうごめ」
「ねぇ、どうして...、言ってくれなかったの?」
「っ!それは......。伝えなくても、いいと思ったから」
シロヒは奥歯を噛んだ。言葉を発そうにも、上手く言葉にならない。モゴモゴと口を動かしていた時だった。
パシンッ
シロヒの頬に痛みが走った。
「っ!?Kくんっ」
懐かしいと思った。あの時もこうやってKはシロヒの頬を叩いて、
「馬鹿っ!」
そう言った。
「何で、何で黙ってたんだよっ!」
「嫌われるかと...思ったから」
「そんな事...!僕らがシロヒを嫌うわけ無いじゃん!むしろ言ってくれない方が、寂しいよ」
「Kくん」
「...言う機会は、あったよね?」
「...皆にああやって言っても俺は臆病なんだ。人に心を許すとして、その人に嫌われて、自分を見てくれなくなって自分が傷つくのが怖くて、だから何も言えなかった。幻滅されたくなかったから」
言った。言ってしまった。これで皆はどう感じるだろう。
─いなくなるかな。俺のいない世界が成り立った、あの家みたいに。あぁ、こんな事なら先に言っておいたら...、そうしたらこの場面はどうなっていただろう。
「大丈夫、私達はいるよ」
「ユキ」
「私にはあれこれ言って、Kくんの面倒見て、クロくんの事見てて、レオさんの事を考えて。お疲れ様、"お母さん"。シロヒくん、自分の事考えていいんだよ」
「......っ」
「よう考えたらシロヒくんの事、何も聞いとらんかったな。済まん」
「そんな事、無いよ」
シロヒは余りの嬉しさに涙出てきそうだった。こんなにも幸せな環境に置かれてたんだ、と。
Kの手がシロヒの頭を撫でてきた。シロヒにはそこから伝わってくる体温が暖かくて、優しくて。
涙が止まらなかった。
グスグスとシロヒが涙を拭いている時だった。ガチャリと扉が開く。
「お取り込み中、済まないな」
「エリーさん」
エリーは頭を掻いて、少し申し訳なさそうにしている。そして、ユキに手招きして、
「ユキ、おいで」
「へ、あ、はい」
エリーに呼ばれて、ユキはシロヒの病室を後にした。
「...破傷風ですか?それとも、」
「傷の方は極めて良好だ。明日にでも帰るといいさ。あたしが言いたいのはそう言う事じゃなくて、...あいつの怪我の要因を知りたいんだ」
「怪我の...?」
ユキは首を傾げる。それと同時に疑問を抱く。いつもそんな事なんて訊かれないのだが、どうしてそんな事を急に聞いてくるのか。
「どうしてです?」
「どう見ても受け方がおかしいんだ。後ろから狙われていたのか、あるいは気を抜いていたのか。でも、シロヒの奴に限ってそれは無いと思うが。ユキ、知ってるだろ?」
これは本当の事を言うべきか。ユキは迷った。
─まさか彼が情けをかけてしまって殺すのを躊躇ってしまった...なんて。"Knight Killers"としての名前が。
「ユキ、」
「私達は、何も知りませんよエリーさん。シロヒくんがどんな思いで戦ってたか、なんて」
「っ!...そうか」
エリーは髪の毛を掻き乱す。そして、ユキの頭を軽く小突いた。
「気をつけろ」
「へ?」
「ああいう奴が無茶をするからな。しっかり見張っとけ」
「...はい」
「じゃあシロヒの診療代金だな。計算してこよう。もう行ってもいいぞ」
「あ、えと、それでは」
ユキは軽くエリーに頭を下げて、シロヒ達がいる所に戻った。
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