第44話 終わる足音を聞く

「げほ...っは...っ」


 ─目の前がクラクラする。それもそうか。殴られてんもんなぁ。

 レオはシロヒと別れて、集団に出会ってしまい、小競り合いをした後に、数の力に負けていた。

「なんだ、所詮〈鬼神種〉もその程度かよ」

 近付いてくる足音がレオの耳に入ってくる。その間も身体は再生しているが、それよりも相手の方が早い。

「ぐ...っ」

「弱ぇなぁ!」

「...っ耳元で、うるっさいわ!」

「っこいつ!」

 治った右手で掴んできた手を取って噛んでやる。少しだけ口内に血が入ってきて、広がっていく。

 ─不味い。美味しくない。他人の血がこんなにも美味しくないなんて。クロの血で口の中を洗いたいくらい。

「殴って殺」

「レオさんっ、頭を下げてっ!」

 ユキの声。素早く応じてレオが身を下げると、レオの左横にいた人間が声を上げる。

 見てみると、深々と腹部にナイフが突き刺さっており、そこから血が流れ出していた。先程の嫌悪感と元々の血嫌いが発動し、レオはパッと顔を反らす。

「くそ、あの女っ!!」

「どこ向いてんだよっ」

「ぐあっ!?」

 クロは上の鉄骨に隠れていたようで、男の顔面めがけて飛び降りてきた。クロがレオの目の前に下り立つ。

「レオさんっ」

「っ!阿呆、後ろっ!」

 クロの背後、ブンと男が棍棒を振り下ろしてきたが、

 パンッ

 銃声が鳴り、男の身体が傾ぐ。弾の来た方向に目を向けると、ライフル銃を背に背負い、近くにあったロープを掴んでKが降りてきた。

 そんなものを買っていた記憶はない。近くでパクって来たんだろう。

「大丈夫?」

「大丈夫じゃないでしょー。かなり痛そう。立てる?」

「少し待て。...というかどうしてここが...」

「勿論、私の情報力!というかレオさんのGPS辿ってきた...って感じ」

 ユキはニヒヒと笑う。そう言えばレオには切った覚えがない。

「ごめん、もうちょっと早く来てたら...」

「ンなことない。...シロヒくんは?どこにおるか、分かるんか?」

「GPSを切ってんの。だから探さないといけなくて」

 その時だった。ドゴンッと上から音がした。

「これって...上で」

「行こう!レオさん、いけるっ?」

「あぁ、問題ない」

 ユキにそう言うと彼女はこくりと頷き、先程Kがここに降りる際に使ったロープに掴まり、上へと上る。Kも同様に上ってユキの後に続く。

「いける?」

「大丈夫やって」

「...ん」

 クロが素直に頷いて、上っていった。レオも後に続く。


 ◆◇◆◇◆◇


「ふっ、うっ!」

 ガキンガキンと金属が擦れ合う音と、空気を裂く音が耳元で鳴る。

「受け止めてばかりだなぁ!!」

「っうらぁっ!!」

 ブシュッと腕から血が舞うのも気にせず、一気に振り返る。その剣の刃は兄である男の肩に当たる。が、致命傷ではない。

 少し間を開ける。少しだけ息を吐いて呼吸を整えて、剣を再び斜に構える。

 男は真顔で肩の傷から溢れる血を片手で拭い、それを舐める。そして、ニヤリと笑った。

「弟の分際で、良くやるじゃないか」

「...まだ弟だと思ってくれてるんですか?」

「親父は忘れろと言ってたがな、忘れんよ。どんなに離れようとも血の契りは揺るがんからな。どれだけ盃を交わしても、本当の兄弟になんて、なれん」

「っ!」

 ─来るっ!

 ブンッと風を切るように、男は剣を振り上げると同時に距離を詰め、振り下ろす。

 シロヒは身を反転させ躱し、下から上へと切り上げるように剣を振るうが、空を切る。当たらない。

「くそっ!」

「おっらあ!!」

 男はブンブンと力任せといった具合でどんどん攻めてくる。体力はクロくんみたいに無尽蔵にあるタイプの人なんだろうか。

 身体を小刻みに動かして躱していく。その時、ズキリと腹に痛みが生じる。そこは切られてなんか無いのに。

 見てみると、服に僅かに赤黒い染みが広がっていた。

「は...っは...っ」

 じわり、と。服を少しまくって見ると、腹に巻かれた包帯に赤が滲んでいた。傷口が開いたらしい。

「んん?切った記憶がないな」

「...ハンデ、ですよ」

「生意気な事を」

 男の目の色がまた変わる。─面倒な事をしたかな...。

「はぁっ!」

「っ!!」


 ◆◇◆◇◆


 音の鳴る方向を確認しながら、進んでいく。

「この下からだね。レオさん、溶かすやつ」

「ちょお待て」

 ユキはレオから液体を受け取り、結合されている鉄骨に少量かけた。

 シューシューと音を立てて、それはドロドロと溶けていく。それが収まったのを確認してもう一度かける。すると、ガコッと外れる音がした。

「Kくん、これレオさんに」

「うん」

 Kに薬品を任せ、ユキは取れた蓋を押し上げる。すると、生々しい金属音が聞こえてきた。音で気付かれないように慎重に開けていく。

「この音...!」

「あそこ!」

 クロが指差す先、シロヒと、誰かが戦っていた。



 ラチがあかない。

 ─このままじゃ、殺されるのは俺だ。確実に、確実にやっていかないと。

「っ!?」

 剣が少し刃こぼれを起こし始めている。短時間しか使っていないのに、だ。余程彼の力が強いのか。

 ─俺はまた追い越せないのか、この人を。

 ─泣き寝入りするしか、俺には出来ないのか?

 ─そんなの、嫌だ。嫌だ、嫌だよ。


 ─努力したんだ、皆にバレないように影で俺だって。俺を見てくれるように、兄さんだけじゃなくて。

 ─頑張ったね、って言って欲しいから。

 ─しっかりと、俺の目を見据えてくれるように。

 認めて貰えるように。








「が......は......っ」

「はー......っはー...っ」

 気が付いた時には、シロヒは彼の腹に剣を突き立てていた。どんな動きをしたのか、さっぱり覚えていない。

 シロヒは慣れた手付きで剣についた血を払い飛ばし、痛みにうずくまった男を見下ろす。腹部から流れる赤い液体が床に広がっていく。

 今、自身はどんな目をしてどんな顔をして見てるんだろう。シロヒは鏡で見たいと思った。

「...殺せ」

「言われなくても」

 ─あぁ、つまらないな。つまらない?違う、違うよ...。

「どうした......さっさとしろ」

 殺せるわけかなかった。シロヒは兄である彼が目標で、その為に色んな事をしてきたのだから。憧れていた人を殺すなんて、出来るわけがなかった。

 フルフルと震える腕が剣を持ち上げる。

「殺、せるわけが」

「っ?」

 ─無理だ。俺にはこの人を殺す事なんて、

「シロヒっ!」

 その時、Kの声が耳に入ってきた。向くと、4人がそこにいた。何故彼らがここにいるのか。...入り口はシロヒが入って来た所だけで、しかしそこは先程シロヒと兄の戦いにより破壊されている。

 ─もしかして天井裏を使って...。

「っ!?シロヒっ!」

「え?」

 血相を変えたKの声。


 衝撃の走るシロヒの下腹部。


 彼が横目で見た時、ニタリと笑う彼の兄の勝ち誇った笑み。


 それを最後にシロヒの視界が黒に染まった。

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