第43話 その碧には毒がある

「Kーっ!Kーっ!」

 ─...朝からうるさいなぁ。シロヒの声じゃないけど、何でこんなに朝っぱらからうるさいのさ。

「っ!!おい、起きろってーのっ!このっ!くそ眼鏡っ!」

「うるっさいよっ!!」

 クロの大声と若干の悪口に、Kはガバッと身体を起こす。

「何なのさ、もー」

「いないの、2人がっ!!」

「.........2人?」

「レオさんとシロヒくんっ!」

 ─......シロヒ?レオさん...?

「...へ?」

「どこ探してもいねぇのっ!ユキが今GPS使って探してる」

 素早くKはベットから起き上がり、眼鏡をかける。もう完全に目が覚めた。

「どういう事?!手紙とか何か」

「何もねぇっ!」

 とにかく部屋に出て、隣のユキの部屋に入る。

「ユキ!」

「あーおはよ、Kくん」

 ユキはいつもののんびりした調子で言うが、目はキーボード入力をする手や画面に向けられている。

 寝起きで身なりを整えていないのか、所々寝癖が跳ねている。

「どう?」

「地区内を細かく見てる。でも今のところ何も無いよ。地区外にいるのかも」

「それって...」

 あまり2人を責められない。K自身も似たようなことをしているからだ。

「どうにか、ならない?」

「...2人が隣地区付近に立ってくれたら、近場のサーチが出来るから、範囲は広がると思うよ。上手く行けば探し当てられる。切られてたら、それまでだけどね」

「俺はやる」

「...僕もやる」

 3人は頷きあった。

「軽く朝ご飯のパンを食べつつ、私の指定する場所に向かって。後からまた追って指示を出す」

「「おうっ!」」


「...よしっ!」

 ユキはあらかたの準備を整え終えて、イヤホンを着ける。

「着いたー?」

『おー』

『うん』

 2人の声を聞いてパソコンのGPSを付ける。

 Kの方を見てみる。近場に目立った反応はない。

「クロくんの方」

 ─大丈夫、見つけられる。

 流れるように文字を打ち込み、マウスで画面を動かしていく。

 そして、見つけた。この黄色い光はレオを示す光。シロヒは切ってるのか、反応は見当たらない。

「...いた」

『本当っ!?』

「Kくん、クロくんの方へ急いで!私もクロくんの所に向かう。商店街から向かってね。その方が近い。クロくんはそこから動かないで」

『分かった』

 ユキはちゃちゃっと身なりを整えて、いつもの赤銅色のパーカーを羽織る。そして、黒いポーチを付け、外へ飛び出した。


 ◆◇◆◇◆◇


「ここか...」

「うん」

 シロヒとレオは朝倉家所有の倉庫近くにやって来ていた。今は様子を確認する為に大木に登って見ている。

「ていうか、本拠地である家自体を攻めんでええんか?」

「いや、ここがあの人達にとって痛手になるはずだ。ここは、ユキの家の研究を引き継いで研究してる場所で、だからレオさんを攫おうとしたんだ。ここで、利用する為に」

「...!」

 この事に気付いたのは、ユキから手紙についての資料を貰って独自に調べた時だった。

 ユキが記さなかったのは、シロヒがここに来てしまうだろう、と思ったからだが。

 ここなら、次期当主である兄がいるはずだ。あの手紙にこびり付いていた匂いは兄が愛用していた香水の匂いだった。多分、兄からの挑戦状だろう。

 ─お前には、仲間を助ける事が出来るのか?と。所詮、お前はその程度の人間だろうと。

 ─売られた喧嘩なんだ。買うしか無いだろ。

「じゃあ行こか」

「そうだね」

 シロヒとレオはこの倉庫をぐるっと回る事にした。そこから手薄なところから侵入して、暴れまわるという極めてシンプルな作戦の元、動いていく。


 ◆◇◆◇◆◇


「ここで間違い無さそうだね」

 ユキは建物の中をズカズカと入る。そうしても襲われないのは、既に人間が倒れているからだ。

「あそこから入らね?」

「まじで...?あれさ、危なくない?腐ってないかな」

 クロが指差す先、赤く錆びた階段がある。確かにあそこならあっさり入れそうで、上から攻めていくのは戦術としてもかなり有効な手だろう。

「...大丈夫かな?」

 とりあえず近づいてみてKが触ってみる。嫌な音は鳴りはしないが、怖い。

「行こーぜ!」

 だが、クロは気にした様子もなくスタスタと上へと上っていく。

「はー、もう」

 ユキは少し足で確認しながら、上っていく。Kもその後ろへ続いた。

「よし、大丈夫!ちょっと見てくるー」

「あーもう、待ちなよー!」

 ─相変わらず自由奔放だな、クロくんは。

 その時、Kの視界が変に動き、轟音が耳に入る。

「Kくんっ?!」

 ユキがKの腕を掴む。がくんと身体が揺れ、何とか落ちずに済む。

「んぐぐぐ......っ!」

「少し待って!」

 急いで足か手が置けそうなパイプか鉄骨を探す。しかし見当たらない。全部崩れて落ちてしまったのか。

 もう片方の手を床へと伸ばしても、手が届かない。

「くそっ!ユキ、引っ張れるっ!?」

「はぁっ!!?無茶だって!!ああああぁあぁっ!」

 そう叫びつつもやってくれようとしてくれているようで、少しだけKの身体が床に近付いた。

 ─ここくらいなら手が届くんじゃあ...。そう思ってぐいと手を伸ばす。

 床に触れた感触が指に伝わる。やった、と思うと同時にがくんとまた身体が落ちる感覚がする。ユキが耐え切れ無くなったのだろう。それでも腕にはユキの手の感触がある。

「ユキ......っ、もう離して」

「...や、だ」

 このままじゃユキとKが落ちて死ぬ。ならまだK自身だけが死ぬべきだ、と思ったからだ。

 その時、ユキに覆いかぶさるように黒い影が見えた。

「クロく「諦めてんじゃねぇよ!!」」

「クロくん...っ」

「いっせーので、だぞ?いっせーの...で!」

 クロとユキが力を合わせて、Kの身体が上がる。素早くもう片方の手を床に付け、身体を床に乗せた。

「あり、がとう」

「んー、いいよ、お礼は...。ね、クロくん!」

「今度美味しいもん奢って!」

「うん、相変わらず」

 そう言って3人で笑い合う。無事を確認するように。

「さて、これからどこへ向かう?」

「レオさんとシロヒくんのとこ、行く!」

「そうだね、レオさんだけなら分かるから。レオさんには会えるよ」

「じゃ、そこ行こう!!」

「もう、本当にクロくんうるさいなぁ」

「レオさんがいないと周りがレオさん化すんの?!」

 クロはぷくぅと頬を膨らませる。それを面白そうにユキはクロの頬をつついて遊ぶ。─...駄目だ。リーダー格がこの年下組には僕以外にいない。

「じゃあ下へ向かおう。そこにいる、きっと」

「おぅ!」

「ん!」

 兎にも角にも、3人はユキの先導の元、歩いていく。


 ◆◇◆◇◆◇


 ドドドドドド

 雨のように銃弾が降り注ぎ、レオとシロヒの身体を撃ち抜こうとする。

 何とか手薄の場所から中へ侵入する事に成功したが、中で人に見つかり、現在の状況としては上からライフル銃で狙われている。とにかく走り回って避け続けるしかない。

「シロヒくん、こっちっ!」

「っわっ!」

 レオがグイッと手を引いて、僅かにある隙間に身体を滑り込ませる。

「ひとまず、銃声が止むまで待機やな」

「だね。ま、でも止んだら止んだらで」

「剣とか拳銃を持った人がわんさかやな」

 レオはポーチからナイフと薬品の入った試験管を一本取り出す。シロヒも鎌の持ち手に手を置く。銃声が、止む。足音が複数聞こえ始める。

「死なないでよ」

「当たり前やん」

 レオはニヤッと笑ってシロヒへ手を差し出してきた。シロヒも少し口角を上げて、その手を掴む。

「シロヒくんは進める道にどんどん行って」

「......うん」

「じゃあな」

「うん!」

 レオは敵の中に突っ込んでいった。

 シロヒは躱したり切りつけたりしつつ、道を探す。そして、見つけた。金網を飛び越え、そこまで行く。

 一瞬、ほんの少し足を止めそうになったが、そのまま振り返らず先に進んだ。

 どれくらい走っただろう。あまり敵とはすれ違わなかった。多分、レオの所に行ってるんだろう。

 ─ごめん、レオさん。俺は、ワガママだ。

 その時だった。

「ここ...」

 いつの間にか目の前にある、扉。これは明らかに他と扉の形状が違う。もしかして...、ここに。

 ゆっくりと扉を押す。そこにいたのは、

「.........」

「シロヒ...か」

「どうも、久しぶりですね、兄さん」

 シロヒは平静を装うようにニッと笑って静かに一礼した。開口一番、

「どうしてお前は扱いにくい武器を使ってる?お前の身体にそれはそぐわないだろう」

「...合うものは困るんですよ。俺は沢山の人間を殺したいわけじゃないので」

「本当にそうか?」

 その言葉にシロヒは何も反論できない。綺麗事だろう。どこまでも汚れたシロヒが思い描いている絵空事みたいなものだ。

 でも、それでいい。

 ─そうじゃないと、俺が困る。

「あの...、兄さんが、俺らの仲間の1人を狙ってるんですよね。...金の為に」

「そうだ。金は絶対に俺達を裏切る事は無いからな」

 ─あぁ、そうか。金...金ばっかり。権力にしか目が向けられないんだ。

「止めてもらえませんか。仲間なんです。...失いたくない」

「なら、力づくでその権利を奪い取れ」

 カランと目の前に長剣が投げられた。シロヒは背に背負っていた大鎌を地面に置いて、剣を拾い上げる。

「そんな武器を使われて勝っても嬉しくないんでね」

「.........」

「お前が勝てた試しは無かったがね」

「いや、勝ちます。勝たないと、いけない」

 数度剣を振るって、切っ先を兄に向ける。兄の瞳が怜俐れいりに戻る。

「言うじゃないか」

「当たり前です。守りたいから」

「手加減しないからな」

「はい」

 ぞわりと、鳥肌が立った。でも負けてしまったら、シロヒは死ぬに決まってる。─なら、やるしかないんだ。

 ふっと息を吐いて、長剣を斜に構える。兄も同じように構えを取る。

 そして、刃が交わった。

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