第42話 静寂を破る碧の影
誰も彼も、俺を見てくれる人はいなかった。
周りは勿論、家族でさえもシロヒを見てくれはしなかった。いつも注目を集めるのは優秀な兄、そして偉大な父だ。
どれだけ頑張ってもシロヒは彼らには追いつけない。ならばと、彼らがしない事で気を引こうとした。
料理を勉強して、メイド達と一緒に家族に料理を振る舞った。...勉強しろと怒られたが。他にも兄が勉強のストレスで虐めていた小動物の手当てもした。...兄に「黙ってろ」と脅されたが。
それでも誰かが自分の事を見てくれていたことが、何よりも良かった。一番怖かったのは、何も言われないことだった。
だから、シロヒは家出したのだ。兄がしたことが無かったし、かつ両親の気を引けると思ったからだ。心配して追ってきてくれて、また皆が来てくれると思ったから。
しかし現実は優しくなく、厳しかった。誰も追ってきてくれはしなかった。
幸いにも父から死にたいと思わせるほど辛い剣術の特訓を受けていた為に、それで何とか生き抜けていた。家の近くで暮らして家の様子を見るが、何の変化もない生活をしていた。そこでシロヒは気付いてしまった。
─この家は"俺"を必要なんてしてなかったということ。そして、この家が世間で言うマフィアの部類に属しているってことだ。
家の中にいる時は父母の配慮か、そんな所を見た事が無かった。だから気付かなかった。父達が売り渡している武器で人々が傷ついているってことに。
そんな家を見たくなくて、シロヒは家のある地区の隣に移動した。そこでのルールを覚えながら仕事をしていた。
簡単な手当てや、大人に混じって子どもの身体だからこそ出来るような細かい作業をして生活に必要な金を稼いだ。"Knight Killers"もシロヒが元いた東地区よりも少なくて動きやすかった。
金が余るくらいになってきた頃、シロヒは髪の毛を少し染めることにした。いくら縁を経ってしまったとしても、そう割り切れるものじゃなかった為、家のラッキーカラーとしていた緑色に染めたのは、あの日からだった。
その帰り道に、シロヒは蹲っているKに出会った。Kの見た目はいい服を着た坊ちゃんという感じだった。しかし目が少し淀んでいて、それが少し心配でシロヒは彼に声をかけた。
彼は自分の呪に関して嫌な思い出を持っているようで、シロヒからKという名前を与えた。
そこからシロヒとKは一緒に仕事をするようになった。
仕事のする内容も余る金も変わらないが、それでも誰かが帰ったらいるっていうのが、シロヒにとっては嬉しかった。
そんな日々を過ごして、年月が経った時だった。その日はシロヒとKは別々の仕事をしていて、シロヒはとある仲のいい老父と少し会話をしていた。
「シロ坊は"Knight Killers"にならんのかい?」
「..."Knight Killers"ですか?でもそれって、人殺し、ですよね」
「そうだな。でも大切な誰かを守る為には自分の手を汚さないといけん時がの、あるんじゃよ」
「...Kのこと、言ってるんですか?」
「ん?女か?」
「違いますよっ!」
「そうじゃったか。いやぁ、また熱心にしておるとは思っておったからの。女じゃなかったか...」
少し残念そうにされた。
"Knight Killers"が沢山金が入るのは知っている。何故ならば下手したら自分が裁かれるかもしれないし、敵討ちと言われて殺されるかもしれない。したがってチームや2人組でやってる人は多く、離れにくい仲になってしまう。
しかしKはイザベラという人を探している。シロヒ自身に縛り付けるなんて、出来るわけが無い。
─いつか、その先生を見つけたら離れていくんだから。
「......でも、金は魅力的なものですね」
─まぁ、一応お世辞は言っておかないと。
「そうじゃろ?というわけでほい」
老父がシロヒに1枚の紙を渡してきた。
「これ」
「帰ってからじっくり見ろ。それが"Knight Killers"の殺しの依頼だ。それを引き受けてくれたらワシが昔住んでおった家を譲ろう」
「...貴方が受けられたものでは?」
「それを受けてもこなせんのだよ。ほれ」
老父がズボンの裾をまくり上げた。
そこで老父の足がほぼ使えないことをシロヒは理解した。右足の大半が抉れていて、半分厚みがないように見える。
シロヒが目を背けたくなった事を悟ったのか、それを元に戻した。
「〈鬼狩り〉の時にやられての、東地区でな」
東地区。シロヒの父たちのいる所。
「そう、ですか」
「....まぁ、やるかやらんかは自分で決めろ」
◆◇◆◇◆◇
決意を固めたのはそれから2週間後。
Kにはいつも通りの仕事だと嘘をついて、シロヒはこの仕事に取り組んだ。人を殺す、という業を背負うことに確かに痛みを覚えたが、しかし生きる為だと割り切って、それを受け入れた。
剣を振るう。シロヒの振るった剣は寸分違わず、相手の急所を抉っていく。確実に確実に。シロヒ自身が恐怖を抱くほどに、あまりにも事が順調に進みすぎていた。
「...はぁ」
周りは赤い血の池。立ってるのは、シロヒともう1人の相手。
「こ、この悪魔がぁっ!!」
─悪魔。悪魔って言われてもさ、しょうがないんだよ。まともに生きる人間が馬鹿を見るこの世界で、誰がまともに生きていく?普通に生きられないんだ。
そういう世界だろう、ここはさ。
─貴方だって、そうだから殺されるんだよ。
「このっ!」
「っ!」
ヒュッと剣が頬を掠めた時だった。
唐突に銃声がシロヒの耳に入ってきて、目の前の男が糸が切れたようにばたりと倒れた。
「え...?」
「シロヒっ!」
Kの声。─何でここを知って...。しかも、今の俺は返り血で。
そんな事を考えてぼんやりとしていると、それを目覚ましてくれるかのようにパシンとKに頬を叩かれた。痛みが駆け抜ける。
「......っ馬鹿っ!1人でなにしてんのさ!」
「K」
「...僕は、君1人に何もかも背負わせないよ。...友達でしょ?」
Kはニコリと笑って辺りを見回す。もう男は起きてこない。
「僕に悩みを聞いてくるのに、自分の心は無視するよね。シロヒ、駄目だよ?」
「...だって初めて信用してくれた人だから」
─ずっとずっと誰も"俺"を見てくれなかったから。興味も関心も抱いてくれなかったから。俺のいない世界が成り立っていて、でもKは見てくれた。
─俺を必要としてくれたから。
それに見合うことをしたいと、思ったのだ。
「K...、でもイザベラさんに...人殺しって」
「未来よりも目先の事だよ。...君が死んだら僕は困るの。だからシロヒと一緒に"Knight Killers"やるよ。一緒に同じだけのものを背負うよ」
「本当にそれでいいのか?」
「うん、君と一緒なら」
その言葉が何処か氷の有った部分を溶かして、シロヒの胸の内が暖かくなってきた。
「ありがとう」
「お礼を言われることしてないよ」
「ううん、したから」
「そっか!」
Kは無邪気に笑ってくれた。
その笑顔は夕闇に照らされて、シロヒの目に輝いて映った。
「うわっ!おっきいねっ!」
Kが家の中を走り回る。大した荷物でもない荷物を玄関に置き、シロヒも見渡す。
確かに2人で過ごすには充分な広さで、部屋数も多い。キッチンも今までのより遥かに広い。
依頼を完遂し、シロヒは老父からこの家を譲り受けた。彼1人が住んでいたとばかり思っていた為、こんなに広い家だとは思っていなかった。どうやら、チームで住んでいたようだ。
そっと机を撫でると、指先にホコリが付いた。流石にホコリが溜まっているが、掃除をすれば大丈夫だろう。
「K、ベットとかはどう?新しく買わないと使えないか?」
「いや、大丈夫っ!使えるよ!ちょっとホコリっぽいけどね」
「分かった」
それなら変に買い直す必要も無さそうだ。お金が浮く。
「じゃ、これからもよろしくねシロヒ」
スッとKが手を差し出してきた。シロヒはこくりと頷いて、その手を握る。
「あぁ」
◆◇◆◇◆◇
結局、俺は臆病なんだ。
仲間に悩みを話して欲しいのは、それからどう自身が見られているのかを感じ取れるから。料理を作るのは、楽しいだけじゃない。皆を自身から離したくないから。
─いつから、いつから俺は狂ってしまったんだろう。
初めて人を殺したあの日から?それとも、生まれた時からおかしかったんだろうか。だから、見捨てられた?
どれだけ問答しても、これに答えが出た事は一度も無い。
─あぁ、辛くて、苦しい。呼吸のできない、空気の無い、まるで水の中に沈められているような感覚が身体をいつも襲ってるんだ。
助けて、誰か。
それとも、もう助けられもしないのかな?
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