第39話 想うことさえ罪になる
「...お前、本当にここに来てたのかよ」
「レオさんの資料を見つけないといけなかったしね」
ユキは〈霧の森〉にあるキリングの研究所にクロと共に来ていた。
彼と一緒なのはクロと行ってくれと、シロヒからお使いを頼まれたからだ。丁度外に出られるいい機会なので、少し遠回りだがここへ来た。
レオの身体の資料になりそうなものを探したい。そこまで考え、ハッと思い出した。
「あ、すっかりクロくんに伝えるの忘れてた!」
「何を?」
「まぁ一応、レオさんの資料にも書いたんだけどね。レオさんにあまり血を与え過ぎないこと!大体3日に1回くらいのペースでいいから。あまりあげすぎると、血に依存しちゃうから」
「分かった。...他は?そういや、どこから血をあげた方がいいとかは?」
「んー、どこでもいいとは思うんだけどね...。こればっかりはレオさんの好みじゃないかな?オーソドックスなのは首筋だったり、手首だったりするけど。あ、動脈は駄目だよ!」
「切ったら死ぬじゃん、しないって...。レオさんの為には俺は死ねないんだからさ」
「...そう、だね」
ユキはそこで言葉を区切った。
「逃げないでね。ずっと背負わなきゃ駄目だよ。君がレオさんを身体を造り変えてまで生かしたんだから。その責任は負って然るべきだよ」
「分かってる。......レオさんってさ、狡いんだよ」
「.........?」
「俺がああいう笑顔に弱いの、知ってるくせにさ。それ使って断りにくくするんだからさ」
クロが乾いた笑い声を漏らした。
「...そうかもね」
ユキは否定せずに頷いておいた。変な言葉をかけて、クロを傷付けたくは無い。
「さて、と」
ユキはペラペラとノートを捲っていく。そこには見た事がある人間だからこそ描けるような、人体の精巧な臓器の図がか描かれている。─...もしかしてキリングはこれを調べる為に、この村の破滅を手伝うような真似をしたのか?
「...はぁ、気持ち悪」
「ユキー」
「!クロくんっ」
振り返ると、数冊の本を持ってクロがヨタヨタとこちらに近付いてきた。いつの間に片付けの手伝いしていたのだろうか。本に夢中で気付かなかった。
「...無理しなくてもいいんだよ?私が好きでここの片付けをして、次いでにレオさんの資料になりそうなものを探してる、みたいなもんだから。クロくんは私のお手伝いしてるだけだよ」
「でも、レオさんの為になるならさ。俺も手伝う意味があるだろ?」
「相変わらずレオさんっ子だこと!ブレないことに感服するよ」
「......かんぷく?」
「あー、うん...、何でもないよ。気にしないで」
ユキは少し笑いながら、クロの手から本を少しずつ取って、本棚へ戻していく。
「で、何見てたんだ?」
「解剖図だよ。キリングが描いたっぽい人体の断面図とか骨の形とか...、変にリアルで気持ち悪くなっちゃった。あいつはアレを描きたくて、この〈霧の森〉の虐殺を受け入れたのかと考えると、どうもなぁ」
「うげぇ...」とクロが不快そうな声を上げる。
この反応が普通なのだろうが、血の舞う様子を"美しい"と表現するクロでも、こういうものはグロテスクだと思うらしい。
「...案外、普通の感覚は持ち合わせてるみたいだね」
「んだよ、馬鹿にしてんのか?」
「否定はしないけれども、そこまでじゃないよ」
ユキはにっと笑って、それらしい本を手に取る。そしてペラペラとページを捲っていく。
レオの身体は、必ずしもそれまで語られてきた吸血鬼や〈鬼神種〉に当てはまるとは限らない。そもそも中途半端だった身体を第三者である4人が覚醒させた。
王宮での書庫で見た覚えのある本には、そんな吸血鬼の事なんて書かれてなかったと、ユキは記憶している。
前例の無いことだとすると、本当にユキの手で負えるものかどうか。
「...どうなんだー、もう!」
「急に声出すな、ビックリする」
「あ、ごめん。心の声が漏れちゃってた」
「...ふうん。なぁ、ここってさキリングっつー人が作ったんだよな」
「ん?...うん、そうだよ。〈霧の森〉の虐殺事件の拠点として、本人の人体研究に関しての場所として、ここを作らせたみたいだよ。でも雪城家や王族研究者でもここの事を知ってる人って、かなり少なかったみたい。私の父さんもこことあそこが繋がってるの、知らなかったし。キリングはやっぱり少し雪城からは嫌われていたんだと思う」
「ここがテロリストにバレたらヤベェんだな」
「流石にナツくんが埋めたり土砂流したりして出口を閉めてると思うけどね。...さてと。そろそろ商店街によって買い物して帰ろっか?また、ここにはいつでも来れるし」
「そうだな。よっ...と」
クロは近場に持っていた本を置いて、グッと背伸びした。
「買う物、何か頼まれてたっけ?それとも適当にでいいのかな?」
「適当でいいしょ!卵とトマトと、あと鶏肉も買おーぜっ!玉ねぎとかはあったよな!」
─随分と勝手に決めてるなぁ。別にいいけどさ。何も決まらないよりは全然ましだね。えーと、その材料で作れる料理は...。
「......もしかして、オムライス?」
「正解っ!」
クロが嬉しそうに笑う。ユキも釣られて少し笑って、
「んじゃあ、買いに行こっか」
「おいー、早く帰ろうぜー」
「んー、ちょっとねぇ。聞きたい人がいるのさ」
買い出しが終わり、帰り道を歩いていると、ユキはエリーの診療所で止まった。
「お!お前ら」
煙草を吸いに出ていたのか、エリーが壁にもたれかかっていた。
「エリーさんっ!」
ユキは小走りでエリーの元へ近付いた。クロも少し遅れて付いていく。
「あの、聞きたい事があるんです」
「ん?」
「吸血鬼の事、エリーさん何か知りませんか?」
その言葉にエリーは目を丸くした。確かにエリーは今までの知り合いの中で一番年上なので、知ってる事は多そうだ。
「吸血鬼...なぁ」
「何でもいいんです」
ユキの言葉にエリーは困ったように眉を寄せ、首筋を掻いた。
「人間の血を吸って生きる、人間の何倍も長生き、怪力だったり足が早かったりする...。これくらいだぞ。というかユキが王宮の奴等に頼んで中に入れてもらって、雪城の図書館で調べたらいいんじゃないか?手っ取り早いだろ、その方が」
「そうなんですけどね。私はもう死んでる扱いなので、少し気が引けますし、ナツくん達に迷惑かけたくないって言うのもちょっと...。とりあえず手紙は送ってみるつもりです」
「そうか」
エリーはふうっと煙を吐き出した。
その様子はどこからどう見ても男前で、絵になるワンシーンだ、とクロは思った。
「....そろそろ帰ったらどうだ?お使いの途中だろ?」
「あ!そうだった」
すっかり忘れかけていた。2人で、お使いで外に出ていたのだった。
─うわ、シロヒくんとかめっちゃ心配してそうだな。怒られる...かな?
「ありがとうございました」
「いや、いいさ。力になれなくてごめんな」
「ンなこと無いです!」
「...ふふ、そうか。そう言われると罪悪感が削がれるな」
エリーはそう言って少し微笑んで、煙草を地面に落とし、足で擦り消した。
「こっちでも探ってみよう。力になれるかどうかは分からないがね」
「っ!ありがとうございますっ!」
「なに、可愛いユキからの頼みだ。喜んで引き受けるよ」
エリーは笑顔のまま、ユキの頭をポンポンと撫でた。
「あの時の借りはきっちり返させてもらおう」
エリーはニヤリと笑った。
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