第37話 その契約はやがて鎖となる


「おらっ!」

「っう」

 カラスに身体を蹴り転がされ、ユキは地面に踞る。彼女は倒れたユキの身体を片腕で起こし、

「がっ!」

 首に手を当てられ、絞める。

 ─苦しい...、痛い。

 ユキの表情は苦悶へ変わっていく。

「あは、あはははっ!!辛そうねぇ?大丈夫ぅ?」

「けほ、がっ...」

 息をしようと懸命に口を動かすが、喉を締められて、それもままならない。目の前が暗くなってきて、頭も正常に働かなくなってくる。

「ユキっ!」

「そこで仲間が死ぬのを見てる事ね」

 ─...こういう時、キリングが...。

「ユキっ!!」

 パンッと銃声が耳に入ってきた。それと同時に首元が楽になり、地面に落ちて臀部を打ち付けてしまう。

「ゲほ...、どーも...」

「こっの!!」

 ふーふー、と息を整えて、カラスとシロヒ、Kの攻防戦を見る。全身に酸素を送りながら、身体を動かす。

 Kの流れ弾がこちらへ飛んできていた。

 その時だった。

「お前らっ!レオさん助けたっ!!」

「助かっ」

「2人共っ!頭下げてっ!!」

 ユキの怒声にクロとレオはビックリする。しかし素早く頭を下げ、飛んできていたライフル弾を奇跡的に避けた。それから2人はユキが隠れていた場所に来た。

「無事で何より」

「何、どういう状況?」

「大変だったんだよー。2人の元へ出来る限り行かないように囮になってたんだからね?」

「っ!?お前、首」

「...あー、絞め殺されかけたからかな?跡付いてるのか。消えるよ、大丈夫」

 ユキは首をさすって顔を歪めた。今思い出しても辛かった。左目が無くなった時よりもキツかったかもしれない。あれはあまりにも壮絶すぎて、しかも気絶することも出来たからだ。しかし絞首は刻一刻と死が這ってくるのが自身番確認してしまう。

 何よりもそれが怖かった。

「...大丈夫か?」

「うん、少し怖かったけど。あ、で2人が今戦ってるのがカラス。私の右腕を前に撃つように言った人で、"Knight Killers"の一チームのリーダーだよ」

「ふうん、ま、すぐ忘れるだろ。で、2人はなんでああやって戦ってんの?殺せば」

「...殺さないって」

「はぁ?」

「必要以上に殺さない、でしょ?だからって」

 クロは眉を寄せて、明らかに困惑した顔。レオも同じような顔をしていた。普通ならばそんな顔して当然だろう。しかし、これが〈黄昏の夢〉のルールなので、しょうがない。あくまでも4人は「レオを助け出す」のが目的で、それ以外の人は極力殺さないってことが、大事なのだ。

「勝てなかったら...どうする?」

「その時はその時なんでしょ」

「相変わらずやなぁ」

 2人がそれぞれの武器を持った。

「さて、と。レオさんを馬鹿にした分、やり返させて貰うよ?」

 クロはニヤリと笑う。


 ─この人、強いよ!チートキャラか何かってぐらい強い。

 シロヒは大鎌を振るいながら、そう考える。

「シロヒっ!頭」

 Kにそう言われ、シロヒは素早く頭を下げる。頭上を弾丸が飛んでいった。カラスは剣でそれをはねとばした。

「なかなかのコンビネーションね」

 その時、シロヒは見逃せなかった。クロの背後、ゆらりと立ち上がった金髪の少女。瞳には憎悪が、その手には、シロヒと同じ武器が握られている。

「クロくんっ!」

「へぇ?っ!?」

 クロも気付く。でも、防げない。

 その時だった。レオが走って、クロを突き飛ばして、ナイフを構えた。

「っらあっ!!」

 そこからはスローモーションだった。


 レオのナイフは、少女に当たった。


 パンッと銃声が耳元で鳴る。1発じゃない、4発だ。


 レオの身体がぐらりと傾ぐ。倒れた。


 その床が赤く、赤く染まっていく。


「え...?」

 その光景に誰もが、頭の中を真っ白にする。当然だ。だって、あまりにも唐突に起こり過ぎている。信じられない。

「っ!レオさんっ!?」

「っ!?確かに潰したのにっ!」

 弾丸が飛んできた方向には、髪の隙間からダラダラと流れる血が目を引く、白髪の美しい女性。ユキの言い方から察するに、どうやらユキがここに来る前に対峙していた相手だったらしい。

 ユキは素早くナイフから拳銃を構えたが、それより早く女は身を翻して去っていった。

 気が付けば、カラスとあの少女もいない。4人がレオに気を取られている間に逃げられたのだろうか。

「くそっ!」

「...ユキ、もういいよ。大丈夫。それよりレオさんっ!」

「...うん!」

 4人はレオの元へ駆け寄った。

「は...っ、は...っ」

「レオさんっ!レオさんっ!」

 ─どうしたら、どうしたらいい?また俺はこの人に何もかもを押し付けて、それでお別れ?そんなの嫌だ。


 ─レオさんの存在しない世界なんて、認められない。許されない。有り得ない。


「クロくんっ!早くレオさんをっ」

 傷が治ると言っても時間を食う。クロはレオを抱き抱えてK達の元へ。

 ─早く、早く治れよっ!それが〈鬼神種〉の力なんだろっ!どうしてこう願ってる時に限っては遅いんだよっ!!

「レオさんっ、レオさんっ!大丈夫っ!?」

「.........さあ、な」

 弱々しい声が耳に入ってくる。それでレオは気絶したのか、瞳を閉じた。クロは後悔の念に苛まれる。どうしてあの時気付けなかったんだ。

 いつもそうだ。クロは後悔しかしていない。

「......レオさん、助けられるよ私」

「っ!?ユキっ!?」

「私はキリングの人体研究の資料に目を通してる。〈鬼神種〉の事、知ってるから」

「どうやったらっ!」

「でも、代償があるんだよ。それにレオさんの身体多分、」

 ユキが言い淀んでいる。この状況下でこの様子なら余程何か重要な事柄なんだろう。

「教えてユキ。俺は、レオさんの為なら何でもやるから、出来るから」

「......分かった。クロくん、死なない程度にどっか切って血を流して。シロヒくんはレオさんの口を開けてもらっていい?Kくん辺りを確認して」

「ちょ、ユキ何するの?!」

「...レオさんの身体は故意に中途半端なんだよね。何が足りてないのか。恐らく、...血を飲むことだと思うんだよね。〈鬼神種〉は昔は吸血鬼と呼ばれる種族だった。...推察してレオさんを完全に吸血鬼にしたら、治りやすくなると思う。...クロくん、レオさんの口の中に血を」

「...レオさん」

 クロはナイフを手の平に滑らせた。つうっと血が滴る。不思議と痛みは無かった。

 それをレオの口の中に落とす。数滴が口の中へ入った瞬間、ビクリとレオの身体が跳ねた。そして、辛そうに痛そうに顔が歪む。喉の奥から捻り出すような、今まで聞いたことのない低い声色で呻く。

「っ!?がっあっ?!」

「ユキっ」

「...痛みが生じるのは当然だよ。身体が造り変わるんだから」

 身体をブルブルと震わせて、苦しむレオの姿が胸に痛かった。

 レオの腕がクロの腕を掴んで、彼の瞳がクロを見上げた。

 その瞳は爬虫類のようにギョロリと裂けていた。瞳孔が裂けて縦長に細くなっていて、あの優しい彼の目ではなかった。

 けれど、その目はすぐに元に戻り、いつもの瞳になったと同時に、クロの方へ倒れ込んできた。

 汗で髪の毛を額や首筋に貼り付けて、スースーと息を吐いている。起こさないように身体を抱き上げて、傷口を診る。

 そこは何事も無かったかのように治っていた。傷があった事を窺わせない。

「...大丈夫そう、だね」

「うん」

「大丈夫、じゃないよ。...クロくんとレオさんは離れられないよもう」

 ユキの顔を見る。その顔は辛そうだった。

「クロくんが死んじゃったら遅かれ早かれ、レオさんは死ぬ可能性がある。今の方法は、レオさんの血に対する味覚をクロくんの血を美味しく感じるようにしたから。私達の血は飲めるよ。でも、美味しいとは思わないのさ。我慢出来れば、レオさんは生き続けられるよ。だけど、大抵は...ね」

 ─だからあんまり言いたくなかったのか。クロとレオが今この瞬間に、離れられないものになってしまったから。

 しかし、だとしてもレオが助かってる。その事実だけでクロは救われる。

 それにクロはこの枷があろうが無かろうが、レオから離れる気は無い。

 ─この人の盾として、この人を守る為に俺は、ずっと生き続けるから。

 ─むしろ心のどこかで良かったと思える自分もいた。この人と一緒に居られる口実が出来たんだからさ。

「...もう帰ろ。これからどうするかさ、考えないとね」

 クロはレオの華奢で小さな身体をお姫様だっこの容量で、抱き上げた。

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