第36話 臆病者のための枷

 レオの目を覚ました。しかし、視界は暗闇に包まれたままだ。どうやら目隠しをされているらしい。床に寝かされているのか、冷たい感覚が身体の右半分を占めている。手首から縛られているらしく、身体の自由は効かない。

 レオは身体を起こす。

「ふふふ♪カラスに褒められるかなっ!」

 少女の声が少し遠い所で楽しそうに弾んでいる。

 その間も後ろ手に縛られた腕を懸命に動かすが、解けるようなことは起こらない。ポーチからナイフを取り出して切らないと無理なほど、それはキツく縛ってあった。あんな女の子のどこにあんな力があるのか。そう疑問を持ってしまう。

「あ、お兄ちゃん起きたんだ!」

 人の気配がレオの傍に近づく。

「...外せや」

「へー、〈鬼神種〉って言葉からツグミと違うんだ?」

 違う。その言葉がレオの心を抉る。

 ─どれだけ街に溶け込んでも、それは受け入れられていなかったりする。どれだけ似せても、似てないと言われ、言葉は歪だから諦めたのだ。それが、自分を縛り付ける血というものだと、理解している。

 納得はしていないが。

「...あのさ、自分がどういうものか分かってる?」

「...分かっとる」

「嘘。分かってないよ。〈鬼神種〉はね、ツグミがもっといい生活ができるように利用されるべきものなんだよ?そうやって生きていくことしか許されていないんだよ?今までがね、異常でおかしかったんだよ。これからの生活が本当の生活、起こるべきお兄ちゃんの生活なんだよ?」

 グイッと顎を掴まれて、上を向かされる。表情は見えないが、レオには分かる。きっとニヤついて下衆な笑みを浮かべているだろう。

「だからこれは普通なの」

 ここまで言われて苛立たない人間はいないだろう。レオは手を噛んでやる。

「っ!?このっ!!この野郎っ!!?」

「っ!」

 少女はパッと手を振り払って、レオの腹部へと鋭い蹴りを入れてきた。痛みがジワリと身体に侵食してくる。バランスを崩してレオは横に倒れる。

 少女の足が休むことは無い。胸や腹、足や腕に鋭い蹴りが飛んでくる。

 ─痛い。でも俺は間違ってない。

「最っ悪っ!もう、ありえないっ!!」

「...俺の、セリフや、で」

「黙れっ!!」

「っあっ!?」

 ─こいつ...キレたら...ヤバ...っ、

「あーもう!殺してもいいなら良かったっ!それならこんな家畜同然の人種なんてすぐに殺せるのにっ!殴ったり蹴ったりしか出来ないなんて、もう...。有り難く思いなよね?」

 うるさい。絶対思わない。

「はーあー。早く来ないかな、カラス」

 声色が段々最初の方に戻ってきた。終いには鼻歌を歌い出す始末だ。どうやら彼女は熱しやすく冷めやすいタイプらしい。

 気配に遠ざかっていく。それに乗じてレオはほんの少しだけ、

「....早よ助けに来いや、馬鹿」

 呟いた。


 ◆◇◆◇◆◇


「ここ?」

 たくさんの建物。所有者は倉庫に記されている文字から、朝倉というらしい。会社かもしれないが、これだけ持っているということは、大きい会社だ。

「うん、ここのどこか。切られてなかったらGPSが使えるからちょっと待ってて」

「早く」

「早くして欲しいのは分かるけど、これも手間暇がかかるの」

 焦るクロを落ち着かせるように、ユキはニヤッと笑った。

「まぁ、見てなさいなっ!」

 ユキは少し腕まくりするように手を動かし、ポーチから小さなパソコンを取り出して、指を動かし始めた。その間、周りから狙撃とかされないように3人は辺りに目を配る。

「.........いた!」

「ホントかっ!」

「うん、第四倉庫...のどっか。でも大丈夫。そこまで広くないみたいだし、4人で四方から攻めていけばレオさんの場所分かるよ」

「じゃあ、一番遠いところは俺が行こう」

 シロヒはそう言って、足早にその場から走っていった。遠いから早めに行こうというところだろう。

「じゃ、僕が西をやろう。クロくんは一番近い南側に行きなよ」

「サンキュ」

「決まったね。それじゃシロヒくんみたいにさっさと行こう。いつレオさんが連れてかれてもおかしくないからね」

 Kとクロは頷きあって、シロヒと同じようにその場から走っていった。


 クロは目的の場所に着いた。ここのどこかにレオがいるのだと思うと、逸る気持ちを抑えられない。

「全くさー、急に呼び出しだなんて...っ!」

 その時扉が開いて、少女が現れた。金髪とフリフリの服装が特徴的だ。彼女の目線がクロへ向く。そして、歯を見せて笑った。

「あはっ!お兄ちゃん、だーあーれー?」

「てめぇが、レオさんを...っ!」

「...あー、『レオ』?知ってる知ってる!〈鬼神種〉のアレでしょ?」

 クスクスと目の前の少女は笑う。その背後にはスーツの男達がいる。クロは両手にナイフを構えた。

「アレは本当に珍しいんだよね?だってお金たくさん貰えるし、それにツグミ達の生活が楽になるんでしょ?ならアレが犠牲にするのっておかしいことじゃないよね。...なんでそんなに怒ってんの?」

「仲間が貶されてんだぞ、当たり前だろうがっ!」

 ─こいつ、マジでふざけてんだろっ!

 ─レオさんの事...、何も知らねぇ人間が語ってんじゃねぇよっ!!

「...なあにい?その顔...その目も...、ムカつくなぁ」

「っ!」

 ブンッと少女が鎌を振るってきた。それを片方のナイフで受け止め、もう片方のナイフを背後から近付いてきた男に刺す。

「へー、やるじゃん!」

 ─相手の言葉なんざ、無視だ無視。こいつら全員、殺してやるよ。

 ─後悔させるんだ。レオさんをそんな風に下に見て売ろうとして、金を稼ごうとしていた事を。レオさんの人格を蔑ろにした事を。

 近くにいた人間を刺す。起き上がってまた襲いかかってきたらもう1回刺す。そうでないなら放っておく。目の前の少女は絶対に殺す。

 ─許さねぇ。

「っ!?きゃっ!!」

 相手の足を掬うようにしてこかし、ナイフを首元に突きつける。つうっとそこから赤い血が流れる。

 ─...綺麗じゃないな。流れる血なんざ俺は好きじゃないんだよ。血飛沫が、桜吹雪のように、雪のように舞う姿が綺麗なんだよ。白くない赤い雪が舞うみたいで、紅に染めた桜の花びらみたいで。

 ─お前のは綺麗じゃない、俺が綺麗にしてやるよっ!

「っカラ」

 少女の震えた声が耳に入ってくる。しかし、クロには興味ない。

 グッとナイフを持ち上げ、一気に振り下ろした。

「ウチの子に手ぇ出さないでね」

 突如、頭上から声がした。睨み上げる。

「誰だ...てめぇ」

「カラスっていうの。宜しくね、〈黄昏の夢〉のクロ」

「っ!?...知ってる人間か」

「ええまぁね」

 カラスと名乗った女はニヤリと笑って、腰からやや長めの剣を抜き出す。クロは少女の首部分を勢いよく殴って気絶させ、彼女から離れて再びナイフを構える。

「なかなか戦闘に置いてカンのいい子みたいね」

 トンッと地面を蹴ったかと思うと、目の前に来ていた。すぐ様ナイフを真横にして切っ先を刃で止める。反動で身体が押されるが、踏みとどまり弾き返す。

「ん!」

「っ!?」

 女なのに男並みの力強く早い剣さばき。でも大丈夫だ。前にやり合ったおっさんの方がずっと難しかったし、大変だったんだ。─これぐらいどうってことねぇっ!

 その時だった。パンッと銃声がして、クロの頬とカラスの右肩に弾丸が飛んできた。その方向へ目を向けると、拳銃を構えたユキがいた。

「何ここでもたついてんの?!レオさん助けに行ってっ!!」

 ユキが必死の形相でクロを睨みつける。

 ─そうだった。早く行かねぇとレオさんが連れていかれるんだった!

「私が引き受けるからっ!」

「悪いっ!」

「いいから!」

「...へぇー。〈蒼月の弓矢〉を滅ぼしたユキちゃんが直々にねぇ」

〈蒼月の弓矢〉。それを聞いてまたクロの足が止まり、口と手が出そうになる。ユキは僅かに瞳を震わせ、唇を噛んでいた。それを見て、またクロのこころはざわめきたつ。

 ─何だってこう、こいつらは馬鹿にしてくるんだ?それを言ったらキリなんてねぇんだろうけど。ムカついてイライラする。

「...それはキリングの意思。飲み込まれた私も私だけどね」

 ユキは引き金を引いて、カラスの剣を撃った。

「今から、貴方の敵は私です」

「みたいだねっ!」

 カラスの意識が完全にユキへと移行したのを確認して、クロは奥へと走っていった。

 大声で、

「っレオさんっ!」

 叫びながら走る。返事は無い。もしかしたら聞こえていないのかもしれない。

 クロはコンコンと扉を叩いた。防犯用に扉が厚い。クロの声を届きにくくしているのだろう。

 クロはそれに気付き、今度は廊下の最初から1つ1つ扉を開けていく。まだ連れて行かれていない、と自身に言い聞かせる。

 ─俺が助けるから。

「レオさんっ!」

 そして、

「......ク、ロ?」

 ─見つけた。俺の神様。

「レオさんっ!」

「クロっ、クロかっ!?」

 聞き慣れた声のする方へ、向かう。そこにレオがいた。アイマスクを付けられ、後ろ手に縛られている。

「大丈夫?」

「ん...大丈夫」

 そっとクロがアイマスクを外すと、綺麗な琥珀の瞳が細められる。外の光が眩しいようだ。次に手首の方に手を伸ばし、手で解けるかやってみる。

「かったあ......っ!」

 キツくそれは縛ってあった。クロは素早くポーチからナイフを取り出し、上下に動かしながら切っていく。

「...クロ。怖かった......っ。もっと早よ助けに来いや」

「え!?レオさん泣いて」

「泣くかど阿呆っ!!」

 震えたような声は一転、いつもの声の調子に戻った。

 ブツブツと文句を止めないレオにクロは苦笑しながら、ナイフで縄を切っていった。解けてからレオは手を握ったり、元に戻したりして異常がないか確かめる。

「何か酷いこととかされてない?」

「...特には何にも」

 レオがそっぽを向いてそう言う。

 ─何となく、長くいるから分かるんだよね。嘘吐いてるっていうこと。

 恐らく何かされたんだろう。しかし、言ったらクロが心配するからと言わないのだ。

「ん、じゃあ下に行こう。皆居るから」

「おぅ」

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