第35話 Birds Party

「えー...と」

 地図を見ながら、シロヒは辺りを見回す。造りが同じ過ぎて何処に自分が立っているのかが、さっぱり分からない。

 今回の任務はここの工場群の何処かにいる工場長を暗殺して欲しい、という全く平和的では無い任務内容だ。今日は全員でその下見に来ている。

 理由は明白だ。こんなに入り組んだ場所ならば、迷ってしまったら作戦に支障をきたす。そんな事にならないように、と下見に来たわけだ。

 だが、心配になる。

「みんな...、迷ってないかな。...クロくん、迷ってそうだな......」

 とりあえず進むしか道は無い。シロヒは地図を折りたたんで、真っ直ぐ進み始めた。


 ◆◇◆◇◆◇


「んんー...」

 ガシガシとユキは頭を掻く。

 ユキは別に方向音痴というやつではない。今まで道に迷った事は、先日のカラスに撃たれた時くらいだ。しかし、ここの場所は酷くどの建物も類似してる。

 のっぺりとした黒い壁に、同じ個数の窓。ベランダがある訳でもなく、人の気配も薄い。ここら辺は、工業団地なのに人の気配がないのは妙に変だ。建物同士はかなり密着して建てられていて、路地も大人2人が並んでギリギリ通れるか、というくらい細い。

「えーと、ここの道は通ったから、あっちかな?」

 適当に目星をつけて、歩き始める。曲がりくねった路地を進んでいた時だった。

「ふむふむ、作戦は上々ってとこかしら?」

「っ!この声...」

 1度だけ、聞いたことのある声。記憶の奥底へ追いやったけれども。しかし、忘れるわけがなかった。そっと顔を覗ける。

 そこには察した通り、カラスがいた。

「...何で」

 ─ここら辺にあの時のあの人が何でいるの?元々この地区の"Knight Killers"?それなら説明がつく。

「あら、久しぶりじゃない。〈黄昏の夢〉のユキ」

 ─あ、バレた。

 ユキはゆっくりとその場から出る。片手にはナイフを携えて。

 カラスは初対面の時と同じように勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。その横には銃を背負った白髪の美女がいた。カラスに負けず劣らずといった具合だ。

「あら、どうしたのその包帯。お洒落?」

「...怪我しまして。だからです」

 ユキは愛想笑いを浮かべつつ、少し2人に近づく。

「カラス...あの子は」

「忘れたのハト。前貴女に撃たせた子よ。ほら、引き入れたかったって言ってたでしょ?」

「......あったね」

「もうまったく...」

 カラスは呆れたように肩をすくめて、ユキの方を向いた。

「で、何しにここへ?今更仕返し?」

「...いや、ここら辺で今度仕事がありましてね。今は仲間と一緒に下調べ中です。それでお二人を見て...って感じです。貴女達のチームはここが拠点何ですか?」

「私達も仕事よ」

 その言葉を聞いてハッとする。随分前にも下調べの際に『依頼が被った』ことが原因で襲われた事をユキは思い出した。─あの時と同じ状況...?だとすると、

「安心して、ユキ"は"殺さないで置くから」

「...どういう」

「〈鬼神種〉が要る」

 ─レオさん......!?

「ど、どういう事...」

「んー、何かね。人体実験で必要らしくてさ。だから頼まれたのよ。...もしかしたら貴方達がここへ来るように仕向けられた依頼は、おびき寄せる為のものかもね」

「なっ......」

「そうするように頼んだから」

「......っ」

「あら?逃がさないわよ」

 左腕を掴まれたようで、反応に遅れてしまった。振り解けないほどにカラスの力は強い。

「離せっ!!」

「いやよー」

「困るから、私達」

 それでも何とかブンブン振るって振りほどいて、ナイフを向けつつ、彼女らと距離を置く。

「追ってこないで、殺すからね」

「その内会うわ」

「...会いませんから」

 それから前へと向いて、走る。撃たれにくくなるように左右に身体を動かしながら、だ。ユキはイヤホンを耳に装着し、モニターを見る。

 ─とにかく急げ。レオさん見つけないとっ!!

「レオさん......っ!」



 一方のレオもまた道草を食っていた。

 ─あかん...、さっぱり分からへん。

「どこ...ここ」

 方向音痴ではないのに迷うとか...、Kやクロに知られたら笑われるだろう。しかしこんなに似た造りの地区は見た事も聞いたこともない。前の十字路の時はまだ生活感があるものが多かったが、ここにはそんな目印じみたものは見当たらない。黒い壁の建物ばかりだ。下見に来といて良かったとホッとする。─本番で迷子は笑えへんし。

「......ユキに訊くか」

 イヤホンを耳にして、ユキへと繋ぐ。ノイズ混じりの音と共に、明らかに金属音が入ってきた。─...戦闘してる?

 その時だった。

「はーい、みーつけた!」

 可愛らしい呑気な声と、

「っ!?」

 シロヒの持っている大鎌と同じくらいの刃を持った鎌が頭上から飛んできた。素早く撤退する。帽子が地面に落ちてしまった。

「向こうにふたーり、ここに1人。......他はどこ行ったか分かる?おにーさん?」

 可愛らしい声に似合わない物騒な内容だった。上から下りてきたのは、ツインテールに金髪を結った少女。ニコニコとレオへ笑いかけてくる。─...雰囲気は百戦錬磨の武人みたいな感じか?

「お前は......」

「ツグミっていうの。...あ、もしかしてお兄ちゃんが『レオ』?」

「っ!!?」

 ─俺んこと...知ってる?

「そかそか、成程ね。じゃあ殺しちゃダメね。あーあ、ツグミってば運無いのー」

 さっきから彼女の言っている意味が分からない。が、

「あっ!?ちょっとっ!!」

 ─逃げた方が良さげやろっ!

 レオは所謂敵前逃亡をした。相手の手練具合ではレオの付け焼き刃みたいなナイフ捌きでは、勝てない。つまりは死だ。それは困る。

 ─大事な事は皆の元へ無事に帰ることやから。

「んもー!逃がさないからねっ!」

 追いかけてくるが、振り払おうとめちゃくちゃに路地を走り抜ける。足は決して早い方でも、体力がある方でもない。それでも相手が諦めるまで走り続ける。

「えいっ!」

 頭上から、彼女がレオの目の前に来た。どうやら跳んだらしい。─何この子、クロ並に運動神経良すぎやろっ!

 すぐに身を反転させ、来た道を戻ろうとしたが、

「ふふふー、敵はツグミだけじゃないもんね!」

 黒いスーツの男達が道を塞いでいる。横に逸れる道も無い。どちらかを倒さないと通れない。

「あはっ!お兄ちゃん、捕まえたっ!」

 頭に強い衝撃が走る。

 その声を最後に、レオは意識を手放してしまった。


 ◆◇◆◇◆◇

「んー...、ここさっき来たのかな?あー!分かんなくなってきた!」

 髪の毛を掻き上げて、Kは路地を見回す。先程来た道は背後。その左右にあるのは新しい道...?それとも違うのだろうか。似ていて目印も無く、迷ってしまう。─方向音痴じゃないのに...。

「お、K」

「シロヒ」

「どう?頭の中で地図作れそう?」

「無理だよ。目印が無いもん」

「良かった。俺だけかと思ってたけど、そうじゃないみたいだな」

 どうやらシロヒも迷子状態になっていたらしい。しっかり者のシロヒでこうなら、クロの一人行動はヤバいかも知れない。一応ユキに連絡しておこうと、Kは思った。

 通信を繋ごうとイヤホンを耳に入れると、ピピと小さく鳴った。

「あ、僕だよ、ユキ?」

『Kくんっ!レオさんの場所に行くか、いる場所分かるっ!?』

 走っているのか、早い足音と荒い息遣いが耳に入ってくる。

「いや分からないけど、どうしたの?」

『レオさんが危ないのっ!この依頼自体が罠だったんだ!本当の目的はレオさんを捕らえることなんだよっ!!』

「本気なの、それ?」

「どうした、K?」

 シロヒの言葉に答えずに、今はユキに訊ねる。ユキに限って嘘の情報に踊らされることはないと思うが、それは確認せずにはいられなかった。

『早くっ!!』

「分かった。シロヒにも伝える」

 Kは通信を切り、シロヒにある程度の話をしながら走り出す。

「レオさんを狙ってるって、〈鬼神種〉だから、だよな」

「多分!ユキの声は、いつもより、かなり焦ってた。かなり危ないのかも!」

 2人はとにかく進む。道しるべも何も無いのだ。めちゃくちゃに走って探すしか方法が無い。

「あれ?2人とも?」

 角を曲がった時、呑気そうな様子のクロがひょこっと顔を出してきた。ユキはまだ伝えてないんだろうか。

「クロくんっ!レオさんはっ?」

「え?別行動だけど?ん、あれ?ユキから?」

 ユキがクロに今送っているらしい。警笛はその手にあるイヤホンを取った。耳にはめる。

「僕から説明するっ!ユキは早く合流するか、探してっ!」

『っ!了解リーダー』

「は?え、何?何が起こってんの?」

 流石の馬鹿なクロでも異変に気付いたらしい。

「レオさんが...危ないの」

 こういう表現を使うとクロがサイコな状態になるかとも考えたが、今回は致し方ない。案の定クロの目が丸くなった。

「は、え、何で?!」

「急ぐよ。僕らもそこら辺は詳しく説明受けてないんだ」

 ─いや、本当は聞いてるけどさ、説明する暇無いし。

 Kとシロヒ、クロで走り出す。


 ◆◇◆◇◆◇


 ─走れ、走れ。レオさんがまだ捕まっていないことを祈るしか無い。

 ─お願い、無事で。

「っ!ここ、さっきも通った...っ!?」

 ─くそ、訳分からない。何だってこう似たような造りをしてんだかっ!

「ふふふ、早くしてよー」

 ...女の子の声が聞こえてきた。声からすると年齢は低めだと分かる。

 一応、拳銃を用意して壁に背をつけ、声の聞こえてきた路地を見る。

「...っ!?」

 そこで、ユキは息を飲んでしまった。

 レオがぐったりとした様子で黒いスーツの男の人に抱き抱えられている。似たような格好の人は他にも数人。そして、目を引くのがその場に似つかわしくない格好をした女の子だ。

 可愛らしいフリフリの服に、ツインテールに結われた金色の髪。そして、その見た目に不釣り合いな黒い鎌。...あの子がカラスの仲間なのだろう。

 とにかく、あそこに近付かないと。そっと近づいて行く。

「...んんー?」

「っ!」

 ─気付かれたっ!?

 女の子の声色はどこか嬉しそうだ。ユキのいるところへ目を向けて、ニヤリと微笑んできた。

「あはっ!渡さないよ?」

 ─バレてる。なら、もう隠れる必要は無いっ!

「っ!待てっ!!」

「やーだーよーっと」

 女の子は鎌をブンっとユキの方へ振るってきた。素早く拳銃のグリップでそれを受け止め、弾く。

「ツグミさんっ!」

「早く彼を連れてってっ!」

「っ!」

 もう片方の手をポーチに入れ、ナイフを取り出して、女の子の腹めがけて突く。が、それは空気を斬った。

「ふふ、じゃあねお姉さんっ」

「待てっ!」

 追いかけようとしたが、ユキの額にピュッと何かが通った。つうっと血が流れた。銃弾が飛んできた方向には、白い髪。

「っ、ハト....っ!」

 ギッと歯噛みして、ハッと女の子の方へ目を向ける。その子は既に逃げていた。その方向には...、倉庫がある。

「ユキっ!」

「っ!!みんなっ」

「っ!?ユキ、額から血が」

 シロヒに指摘され、ユキは額を拭った。銃弾が擦っただけなので出血もすぐ止まる。

「ユキ、レオさんっ!!」

「ごめん、間に合わなかった...。でも、居場所は分かる」

「本当にっ!?」

「向こう。あの倉庫の方に行ったんだ」

 ユキは灰色の壁を持った倉庫群の方へ指差した。

「行こう!早くしないと、レオさんが危ないよっ!」


「「「おぅ」」」

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