第33話 さようなら、愛しい夢

 エリーとイザベラは目を丸くする。

 イザベラは足を抑えて蹲り、エリーもその行動は予想していなかったのか、一番驚いた様子だった。

「僕は貴女を殺しません。大切な人だから、自分で殺せないです。ずっと貴女に会いたいと思って生きてたんです。そんな人を、殺せるわけが、無いじゃないですか」

 イザベラの瞳がハッとする。しかしそれでもまだKの目を見続ける。まるで、『そんな建前などどうでもいい』と言わんばかりだ。

「ど、どんなに僕を恨んでもいいです。呪いに来たって構いません。でも、僕の前では死なないで下さい」

 これが届くかどうかは分からない。それでもイザベラが食い下がるかも分からない。しかし、伝えねばいけないんだ。


 ──これが、僕の選択だ。


「あぁK。私が貴方を選んだのがそもそも過ちだったというの...?神は私をお許しにはならない?」

「まだ目を覚まさないか、ベラ。お前は生き続けることが罪の浄化になるんだ」

「あぁ神よ。神よお許しに。哀れな子羊に救済の死を!」

「チっ!」

 エリーはそう言って、イザベラの首に手刀を入れた。「ぐっ」とイザベラから声のような音が漏れて、動かなくなる。

 どうやら気絶したらしい。

 その時だった。バコンバコンと何かが壊れる音がした。かなり派手な音だ。

「K!」

「エリーさんっ!」

「早く行け、他の奴らが心配してる。こいつの事はあたしに任せな」

「でも、」

「...頼むK。どんなに言ったとしても、こいつはあたしの...友達だから」

 グッとKは言葉に詰まった。彼は、最後にもう一度だけイザベラの顔を見た。

「...さようなら」

「急げ」

「はい」

 Kはコートを着直してから、一気に階段を駆け降りた。

「皆っ!」

「「「「Kっ!」」」」

 Kの声に皆が一斉に反応した。その威圧にKはびくりと身体を震わせる。

 4人はKの声に応じても、攻撃の手を休める事はしない。──しかも、殆ど殺さずに、気絶させている。凄い...。

「お前がいるという事は、イザベラ様をっ!!」

「っわ!」

 正面からきた攻撃をKは拳銃の尻部分で受け止め、壊れない内に弾く。そして距離を取って構えた時だった。


「Kっ!」

 


 


 シロヒがKを呼んで、





「シロヒくんっ!」




 ユキがシロヒを呼んで。



 Kの銃声は響く。


「がっ」

 そして、シロヒのくぐもった声と、ザシュッという音が耳に入ってきた。後ろを振り向くと、

「え...?」

 シロヒが右腹を刺されていて、刺したであろう男の腕にユキがよく使うナイフが突き刺さっていた。

「がはっ!」

 呼気と共に口から鮮血が溢れた。シロヒを刺した男は倒れる。シロヒもふらりと身体を傾げた。素早くKが受け止める。

「シロヒっ!シロヒっ!」

「いて......え」

 口の端から血を垂らしながら、シロヒは笑った。その笑顔はとても辛そうで痛々しくて、Kは目を背けたくなってしまう。──...もしあの時、背後の気配に気付いていればこんな事には...っ!

「...大丈夫、だから。ナイフ、捻られて、無いから、重傷じゃ、ないと、思う。寝たら治る」

「ごめん、シロヒっ!僕のせいでっ」

「Kは悪くないから」

 シロヒは笑みを崩さない。

「...泣くなよ」

「......っうん」

 ──本当は僕が元気づけられる立場じゃないのに。優し過ぎるよ、君は。



 ◆◇◆◇◆◇


「...さてと」

 エリーはゆっくりと立ち上がり、床に転がってるイザベラを肩に抱き上げた。殴って気を失わさせた上に、さらにKの銃弾を足に受けている患者でもある。

 怪我が治るまでは診るつもりだ。しかしそこから先はまた"赤の他人"だ。

 ──そうすればお前はまた死への旅に出て、あたしも同じように死の階段を登る。馬鹿みたいに。

「でもこれがあたしらの選んだ道だ。望む結末だろう」

 ──そう、人生笑ってハッピーエンドなんて望んでねぇ。あたしみたいな人間がハッピーエンドを迎えていいわけがない。だから、ノーマルエンドかバットエンドだ。罪を無くして神の元に行ければそれで。

「う.........っ?」

「ンだよ、目ェ覚ましたか」

「エリー...?どうして私を抱えているの?放っておくか、メスで刺してよ」

「...メスがあるって、よく分かったな」

「金属の匂いがする。鼻はいいのよ、私」

 イザベラはそう言って乾いた笑い声を漏らした。どうやら抵抗する気は無いらしい。抵抗しても無意味だと悟ったからかもしれない。

「これから私をどうするの?」

「...あたしの診療所で治療してやるよ。それだけだ。そこから先はお前が考えて、1人で行動する事だな。あたしは知らねぇ」

「じゃ、違う国に行こっと」

 やはり、エリーの予想通りだった。

「そうだと思った」

「ふふ、また出会えるかなぁ?」

「どっちかが死んでたら無いだろ」

「当たり前の事を言わないでよね」

 ──仕方ないだろ、こういう性格なんだから。さらに、お前の口調を貰っちまったんだからよ。

「...エリー」

「何?」

「ありがとう」

「...ははっ!礼を言われる事はしてねぇよ」

「...そう」

 イザベラはしおらしくそう言う。エリーは少し頭を掻いて、

「だが、まぁいい判断だな」

「っ!ふふ...」

 2人は出会って仲良くなったあの頃の様に、しばらく笑い続けていた。

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